業界

沈黙を流れる風 - 派閥抗争




書:斉嘉 光政

断:この文章はフィクションです。
  実在の組織、出来事とは一切関係有りません。





第17章 疑念

1998年4月5日
国内三番目の規模を誇る、三代目俠仁会は、
直系一門82社を抱え、傘下約1万1000人を預かる。
進出範囲は首都圏を中心に東日本一帯、一部は中部、近畿地方にまで出張り、
本部は東京都中野区の大和町第二ビル5階から7階に構える。
同時に京都市伏見区に本部を構え、傘下約2万9000人を預かる日本最大の代紋、
七代目笹川組主流派との対立を孕む。
若頭、兼崎 増代の強引な盃下ろしに依り、関東地方に本部を構える非指定の代紋、
的屋組織を廻って三代目俠仁会と奪い合いに成った事が、対立の発端で有った。
だが、三代目俠仁会には、七代目笹川組と共存する為の暗黙の指針も存在した。
その経緯から、七代目笹川組の派閥対立で辛酸を舐める反主流派傘下と、
俠仁会直系一門の多くが戦略的な縁組を結ぶに到っていた。
国内二番目の規模を誇る、五代目嶺北会(れいほく)は、
傘下約1万2000人を預かり、千葉県船橋市に総本部を構える。
五代目嶺北会々長、太田 政志は七代目笹川組々長、浪内 斎三の
四分六の舎弟義分に有り、同時に五代目嶺北会々長代行、瀬戸 郷士は、
三代目俠仁会々長、石田 六朗の七分三分の舎弟義分に有った。
そんな背景も有り、1959年に東日本一帯の的屋一門と、
老舗博徒一門が大同団結して結成された歴代嶺北会は、
経済力、戦闘力で勝る歴代俠仁会と、歴代笹川組との間で板挟みと成り、
常に歪んだ立位置に翻弄されて来た歴史を持つ。
そしてこの日、東京都中野区の三代目俠仁会本部では、
月初めの5日に催される定例執行部会が開かれていた。
定例執行部会は三代目俠仁会理事長、梅地 芳雅が提唱する、
「小を大に結し、来たる厄に不動如山の如し」と云う、
直系一門の組織再編に関する議題で有った為、
執行部の要たる執行部本役のみが召集された。
三代目俠仁会の執行部本役は理事長以下、
筆頭理事長補佐、組織対策委員長、渉外委員長の順で序列付けられる。
だが、御多分に漏れず、三代目俠仁会の本役職も
事務局長、渉外委員長、慶弔委員長以外は、その役割に然程の違いは無い。

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この日、三代目俠仁会本部で催された定例執行部会合も、
その解せぬ諸般の事情も相俟り、険悪な空気に包まれていた。
そしてそんな空気に嫌悪を抱きつつ、霞掛かった網ガラスを背に
深々とソファーにもたれる渉外委員長、田川 昌生(しょうせい)が、
苛立ちを滲ませつつも冷静な口調で理事長、梅地 芳雅の腹を探っていた。
    物事には、時として急がば回れと云う例えも有ります。
  親分が引退を表明されて間もない時分、
  何故、(合わせる様に)下の再編を急ぐのか?
  私には解かり兼ねるのです。
  理事長。
理事長で有る、白川一家十二代目、梅地 芳雅は、
冷静沈着な口振りで、田川の腹探りに答えた。
  一家一門が乱立する現状は、会の結束に憂いを残し、
  それが笹川に付け入る隙を与えると云う懸念は、
  親分も常々、口にして来られた事です。
  非指定の代紋の多くが、笹川と親戚に成ったのも、
  我々が無理(高額の守り代)を通し過ぎたからです。
  田川渉外長、、解かりますね?
  私としては組織安泰の功を以って、
  親分引退の花道を飾りたく思っての事です。
  嶺北、御代田の代替わりも有り、
  この時分こそ、最良の時分と想い、判断した結果なのですがね、、
田川は梅地の答えを受け流すと、続け様に梅地を問い質した。
  、、その点は私にも反省する所は有りますが、
  この件で名村対策長、甲村諮問長から、
  何ら意見が無いのは何故でしょうか。
  理事長、巷ではあなたの言う再編とは、
  あなた自身が跡目を狙い、数集めの為に、
  子飼いで足元固める云う話も聴こえとりますが。
  これに付いてはどう思われますか?
組織対策委員長の江角一家十三代目、名村 満が、
語気を強めつつ田川の意見を割った。
    田川渉外長、あんた理事長に向かって、そりゃマズいでっしゃろ?
  今は一本独鈷どころか、内(俠仁)の2、30人の所帯も(笹川に)どんどん食われとる。
  (身を)交わすには、小さい所を200、300の大所帯に纏めな行かん。
  笹川言えば、ワシが大阪で稼業の門叩いた頃から、
  小さい所に難クセ付けては、貪り食っとりましたよ。
  そんでワシの親もハメられて30余年、ワシもここに座っとるんです。
  田川渉外長、理事長の腹とは関係無しに、
    ワシも理事長の提案には賛成せざる負えんのです。
田川は僅かな私恚を抑え、冷静な口調で続けた。
  対策長の言いたい事は解かる。
  ですが、笹川に食われとる所に、
  白川と串ノ屋(、江角)の根っ子(末端)が目立っとりますが、
  これは納め取り過ぎるんが理由と違いますか?梅地理事長。
  串ノ屋(一門、江角一門本部)への月納め半分が、梅地理事長、
  あなたに納められていると云う話も聴こえとります。
  義理で月200、300(万)が飛んで行く時節、
  やはり上(部)に月2、30万、中野(俠仁会本部)に20万、
    そこに(月)60万も乗っけられたら根っ子は火の車でしょう?
  笹川なら上(部)に月10万だけなんて所もザラですからね。
  内も(淀橋一門本部に)月20で十分にやってけますよ。
  まあ、理事長も色々と、金が要る立場で有る事は分かっとりますが、
  跡目取る云うなら、ワシはそれでも構わんのです。
  理事長も俠仁が旗揚げした時分から、俠仁の為に働いて来とったんですから。
  問題は理事長、こんな形で無理に下を纏めても、
  後々に禍根を残すのは、ここにおる誰もが解かっとる事と違いますか?
  結果として、椅子(総長職を)蹴られる者もおれば、
  消える家名も有るんですから。
  私ら、下も下なりに向いとる所も違っとるんですよ?
梅地は僅かな間を置くと、何処か田川を嘲笑う様な面持ちで口開いた。
  田川渉外長の心中は察しておりますよ。
  皆にも想う所、多々有る事は分かりますが、
  ここは高所から現状を鑑み、この問題を乗り切って見せる事で、
  俠仁の結束を業界に示す、好機と考えての事なのです。
組織対策委員長の名村 満が、梅地の意見に相槌を入れた。
  田川渉外長、そう云う事で良いんと違いますか?
  急がば回れ、言ったのは、田川渉外長、あんたでしょう?
三代目俠仁会執行部では最年長の筆頭理事長補佐、
浦和新崎一家六代目、堀口 公信も、
静かな物腰で田川に釘を刺しつつ宥めた。
 田川、結論を急いだら纏まる物も纏まらんぞ。
 、、(跡目なら、)お前か理事長で執行部も動いている。
 お前も承知の事だろう?
 武守を動かした事も、私は評価はしている。
 無駄な言い合いは止め、もう少し皆を信じろ。
この後も20分程度、意見が交わされたが、
結局、梅地らと田川の意見は平行線を辿るだけだった。
三代目俠仁会最大傘下一門、淀橋一家八代目率いる田川 昌生が、
頑なに組織再編に異論を唱えるのも大きな理由が有った。
この頃、理事長の梅地 芳雅は、都内を中心に仕事を打つ、
30人、50人規模の傘下一門総長らと絶えず密会を重ねていた。
そして梅地の顧問弁護士、成谷 悦治が実質管理する
不動産投資顧問会社、市光グローバル・ファンドの役職や、
投資金の貸付けなどで、それらの傘下一門総長を次々と懐柔していたのだ。
組織再編でそれらの傘下一門を吸収すれば、
白川一家十二代目は傘下約1300人を抱えるに到り、
同様に傘下約1300人を抱える淀橋一家八代目と双璧を成す、
俠仁会最大傘下一門の座を得する絵図だった。
その絵図を淀橋一家八代目、田川 昌生も
傘下からの報告で既知していたのだ。
因みに淀橋一門の主立った仕事は、
淀橋一家八代目染井組が締める覚醒剤密輸取引に始まり、
組織化された大規模高利業や芸能娯楽会社の守りなどだった。
一部は政財界や警察官僚を後盾とし、
アメリカや南洋諸国などに進出する日系企業の守りや、
証券業界でも仕事を打ち、一定の成果は上げていた。
片や世田谷区駒沢に本部を構える白川一家十二代目も、
政財界や警察官僚の威光を武器として、
証券業界に始まり、アメリカの日系企業に対する総会屋飛ばしや、
国内外のインフラ開発、投機ビジネスなどで、
不動産業界にも隠然たる力を誇った。
その一方で仕事に喘ぐ末端は、
覚醒剤卸や先物勧誘などの詐欺行為を強いられ、
その格差は歴然としていた。
淀橋一家八代目、田川 昌生は、そんな体質を孕む、
白川一家十二代目が拡大路線を取り始めた事を見越し、
やがて三代目俠仁会全体に白川一家の体質が蔓延する事を懸念したのだ。
既に白川一家十二代目や串ノ屋一家九代目、
そして江角一家十三代目では一門本部への月5、60万の納めに嫌気が差し、
七代目笹川組に移籍する末端が相次いでいた。
当然、それらの末端が知る三代目俠仁会の内部情報も、
七代目笹川組に漏れる事に成る。
それだけに三代目俠仁会の結束を憂う、
田川 昌生の懸念は図り知れない物が有った。
同時に白川一家十二代目を筆頭とする梅地派の勃興が、
理事長、梅地 芳雅に対する発言力に影響を及ぼし兼ねない懸念も、
田川 昌生の心を大きく揺さ振っていた。
代紋の執行部に於ける総長の発言力は、
傘下の求心力、仕事にまで影響を及ぼす物だ。
それが元凶と成り、一門内で内部対立が起こる事も珍しく無い。
だが、田川 昌生は、そんな懸念を一瞬で払拭し得る力を、
淀橋一家八代目に忍ばせていた。




第16章 禍根

三代目俠仁会が孕む派閥対立を他所に、
現場の侠達は、今日も己の性根を我針とし、
三代目俠仁会の為、己が野心の為に体を張っていた。
そんな最中、淀橋一家八代目,守田睦二代目会長、金森 龍嘉を筆頭とする淀橋勢と、
五代目嶺北会屈指の武闘派一門、弥次郎十六代目(やじろう),倉吉会々長、
倉吉 保を筆頭とする弥次郎勢が、
最早、抗争をも辞さない程までに対立していた。
事の発端は弥次郎十六代目倉吉会、倉吉 保が飼う仕手屋、
泉 近道が実質経営する業界向け投資信託会社、双研ファンドを廻る物だった。
其処に淀橋一家八代目組織対策委員長、武守 一力が立てた算段を元に、
守田睦二代目を中心とする淀橋一家八代目傘下が
弥次郎勢に連なる投資家に脅しも辞さない、投資買収を仕掛けたのだ。
淀橋一家八代目、田川 昌生の意を読んだ組織対策委員長、武守 一力には、
関東に七代目笹川組若頭、兼崎 増代を筆頭とする、
笹川組主流派との対抗軸を作る算段が有った。
この頃、既に武守は、同様に笹川組主流派に異を唱える、
日本最大の的屋組織、五代目藤川会岡辺連合会長、
岡辺 貫太郎を筆頭とする藤川会岡辺派や、
東京都町田市に本部を構える2000人規模の代紋、八代目御代田会々長代行、
富成 喬任を筆頭とする御代田会富成派からも賛同を取り付けていた。
だが、国内二番目の規模を誇る五代目嶺北会には、
未だ賛同する勢力を得られず、
その為に弥次郎十六代目に強い経済力を示しつつ、
時期を見て話し合いの場を持ち、弥次郎十六代目を懐柔する算段が武守には有った。
弥次郎十六代目、三崎 誠造は、七代目笹川組主流派に連なった
若頭補佐、緒方 勝二とは古くからの五分兄弟義分に有る。
その一方で緒方 勝二率いる行徳屋宗家八代目には、
1995年の笹川組加名以前まで、博徒稼業からの守りを通じ、
弥次郎十六代目には多大なる借りが有った。
武守 一力に取り、そんな経緯を孕む弥次郎十六代目は又と無い勢力だったのだ。
だが、淀橋一家八代目の動向を睨む三代目俠仁会理事長、梅地 芳雅は、
淀橋一家八代目の独断を許さなかった。
梅地は武守 一力の算段で、関東のヤクザ業界が反笹川組主流派で纏まり、
結果、淀橋一家八代目が代紋の垣根を越えた力を得る可能性を危惧したのだ。
その一方で引退を表明した三代目俠仁会々長、石田 六郎がその行賞を鑑み、
俠仁会四代目を淀橋一家八代目、田川 昌生に預ける憂いも梅地を焦燥させた。
そして梅地はその答えとして、串ノ屋一家九代目、浦和新崎一家六代目を動かしつつ、
双研ファンドの顧客へ、別企業の優良銘柄を餌に投資買収を仕掛けたのだ。
結果的にこの三代目俠仁会の内部対立が元で、弥次郎十六代目は疎か、
双研ファンドの資金管理を熟す五代目嶺北会鉾田初代までもが、
淀橋一家八代目、延いては三代目俠仁会に敵愾心を募らせる結果を招いた。
鉾田初代総長代行、鉾田 常州男(としお)は、
弥次郎十六代目、三崎 誠造の四分六の舎弟でも有る。
そして5月20日、ついにこの対立は表面化した。
この夜、赤坂の韓国クラブにて淀橋一家八代目,守田睦二代目幹事、
芳原 祐樹、村西 修の二人が、コリアン・ホステス達を前に
酔いに任せ、仕事の失敗談を交わしていた。

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だが、二席後には弥次郎十六代目の親戚に当たる、
五代目嶺北会,鉾田初代幹事長補佐、永田 光冶率いる、
永田組の若い者も遊びに来ていた。
そして小声で交わす仕事の失敗談が、順大手ゼネコンが秘めた、
粉飾決算の外秘書類に及んだ時だった。
  俺もあの頃は出入り(関係者)とは言っても、
  (大学の)法学出てるから、ITやってるダチからネタ来てな、
  さっそく本社に乗り込んでやった訳だ。
  したら総務の馬鹿垂れ、サツの尻尾(天下り)でな、
  危うく大焼けどするとこだったんだな。
  5000(万)は抜ける思ってたが結局、
  1万円の小遣い貰って毎度あり!って。
  ありゃ思い出すだけで泣けるで、、
だが、丁度その時、テーブル横を通り掛かった、
永田組の若い者、西岡 元司が通縋り際に吐き捨てて行った。
   淀橋などシャブでも食っとれや。
その瞬間、淀橋一家八代目,守田睦二代目幹事、村西 修が
暗闇を認ためた無表情な顔相に一変し、無言で席を立った。
そして即座に懐に忍ばせた長ドスで、
西岡 元司の腹部を突きしていた。
長ドスは西岡 元司の腹部を、十字を描くかの様に深く捻り回した。
それを目の当たりにしたコリアン・ホステス達は悲鳴を上げ、
ヤクザを知る常連客は、即座に店外へと逃げ出した。
そしてその混乱に紛れる形で組長、永田の意を読んだ、
永田組若頭補佐、佐伯 一馬も、人目を忍びながら店外へと抜け出していた。
だが、若い者の親で有る、鉾田初代永田組々長、
永田 光冶は、村西に飛び掛ろうとする若い者を一喝する。
   そんな奴はほっとけ!
  救急車じゃ、はよ、救急車呼べや!
続け様に永田は、僅かに店内に残る同業を前に、
村西へ諭す様に話し掛けた。
  嶺北、鉾田の永田だ。
  淀橋のモンだな?
  この通り、被害買ったのはこっちだ。
  ケリは話で付けるから、お前らもサツ来る前に消えろ!
そして村西と芳原は、永田の諭しを受け流すかの様に、
無言で店内から足早に去って行った。
同時に永田の実弟、永田組本部長、時田 保は、
席に残る同業のスーツ、ダブル部分に目を尖らせながら、
僅かに頭を下げつつ、侘びを入れて回っていた。
時田は、相手のダブル部分に光る代紋を見逃さなかった。
その内、二派は全員代紋をダブル裏に返していたが、
一派は七代目笹川組の代紋を付け、
残りの二派は同じ五代目嶺北会の代紋を光らせていた。
同時に頭を下げ、侘びを入れる瞬間に、
相手の目のやり場も見逃さなかった。
一方でされた西岡 元司は、幼馴染みの若い者に
付き添われる形で救急搬送されたが、
出血性ショックに依り、約一時間後に死亡した。
永田らも、店内に飛び込んで来た、
組対刑事の任意同行に応じ、店を後にしていた。
そしてこの襲撃は、5分後には店外へ抜け出した、
永田組若頭補佐、佐伯 一馬を介して永田組の上部一門、
鉾田初代執行部に報告される。
同時に鉾田初代執行部は、全傘下に抗争準備で有る、
待機命令を通達した。
そして翌21日午前9時、茨城県鉾田市に本部を構える、
鉾田初代本部にて、秘密裏に緊急執行部会合が招集される。
永田組からは相談役、宮田 宗春が代行で出席する。
だが、二つのテーブルが置かれた応接間は、
黙座する執行部一統が孕む、私利的な算段に依り、
唯、淀んだ空気だけが立ち込めていた。
そしてその空気を睨んだ鉾田初代総長代行、鉾田 常州男が
その細身の体を逸らし返すと、
黙座する執行部一統を前に口火を切った。
  誰も腹割らんのなら俺の腹割るぞ。
  瀧澤の親父は留守(社会不在)、寄合(執行部)2人も持ってかれ、
  先達ての喧しい暴追連中の件も有る。
  船橋(嶺北会総本部)のゴタゴタも纏まらん以上、
  今は淀橋と構えるんは得策だと思えん。
  依って日時を決めて、淀橋と掛け合う。
  永田には俺から言い聞かせる。
  意見は無いな?
  無いんなら、それで行くぞ!
そして僅かな沈黙が流れると、列席する全員が正面に向け、
鉾田に目色を悟られぬ様に頭を下げる。
だがその時、当番責任者の岩倉 武が、足早に応接間へ入って来た。
そして総長代行、鉾田 常州男に耳打ちした。
    (淀橋一家と対立していた)
   弥次郎の三崎総長からです。
   絶対に引くな、引いたら
   (ワシの力で)この世界には居れん様に成るぞ、との事です。
    、、どうなされますか?
岩倉の報告を受けた鉾田は、その顔相に僅かな呆れ笑いを浮かべつつ、
向かい合う、執行部一統に告げた。
   三崎の兄貴からだ。
   お前ら、眠たい目してんじゃねえぞ(淀橋と構えろ)、だそうだ。
   本部のハガキ(破門状)見たくない奴は、家に帰って寝とけ。
   (返しの仕度だけしろ)
   起きてる奴が起きとればええ。
   (当事の永田組以外、絶対に動くな)
   挨拶も要らん、暇なら缶蹴りでもしとれ。
   (人はにせず、淀橋傘下の事務所にブチ込め)
すると応接間に鎮座する執行部一統の殆どが、
厄事に関わりたくないとばかり、正面に向けて勢い良く頭を下げた。
その様を軽く受け流すと、総長代行の鉾田 常州男は、
遠くを見詰める様な眼差しを覗かせつつ、その心中で呟いていた。
  兄貴も相変わらずだな。
  まだ早いが、始まったと想えばええ。
  (破門食らって)、嶺北出るんは、
  前から親父も話とった事だ。
  笹川への手前、デカい真似は出来んが、
  最後にボロい花火上げて、嶺北のド腐れ看板など割ったる。
鉾田の兄貴分で有る、弥次郎十六代目、三崎 誠造は、
五代目嶺北会懲罰委員長の要職に有る。
率いる弥次郎十六代目も傘下約600人を預かる、
東日本有数の武闘派一門で通っていた。
だが、鉾田 常州男には、嶺北会五代目新執行部人事で、
風紀委員長から、常任理事に事実上の格下げを受けたと云う経緯が有った。
五代目嶺北会々長、太田 政志は若い時分から、
建設業界へ進出し、政財界とも繋がりを持つ、
企業家肌の代紋頭だった。
それだけに太田は、三崎や鉾田の様な武闘で通す、
旧来の侠など、自身の算段を揺るがし兼ねない厄介者と見做していた。
当然の様に、侠肌で通す理事長、京本 禎成を筆頭とする執行部本役の中には、
そんな太田の代紋頭としての資質に懐疑心を募らせる者も少なくは無かった。
太田 政志が五代目を取れたのも、
後盾の国土管理省官僚や警察官僚の威光に加え、
三代目俠仁会理事長、梅地 芳雅の口添えも有り、
五代目嶺北会太田派に連なる執行部役付の多数派工作が功を奏した結果でも有った。
そんな経緯も有り、太田 政志に最も敵愾心を漲らせたのが、
天保15年(1831年)に結成された老舗博徒一門、
弥次郎十六代目率いる三崎 誠造だった。
三崎も四代目嶺北会時代は、総本部長の要職に有り、
太田に次ぐ要職、会長代行に推す声も有った。
だが、三崎の行徳屋宗家九代目、緒方 勝二との関係から、
依り一層の笹川組専横を五代目嶺北会が赦す懸念を、
太田派の執行部本役が嫌ったのだ。
同時に太田派には、太田の持つ警察官僚の後盾が、
七代目笹川組を抑える、強大な武器に成ると読んだ者も少なく無かった。
太田の嶺北会五代目に向けた多数派工作は、其処に最大の要因が有った。
三崎は自身が舐めた屈辱とは別に、
そんな侠義を逸れた執行部の様を鑑み、
密かに五代目嶺北会脱会を決意しつつ有った。
同時に鉾田初代を筆頭に、千葉県銚子市に本部を構える蓮沼六代目や、
茨城県水戸市に本部を構える貝ノ内七代目など、
三崎と意を共にする複数の傘下一門も、五代目嶺北会脱会の好機を狙っていた。
当初は五代目嶺北会々長代行、瀬戸 郷士が、
弥次郎先代、土井 博好の四分六の舎弟義分に有った事から、
渡世上の義理を重んじた三崎には、五代目嶺北会脱会を躊躇する部分も有った。
だが、弥次郎一門には、太田 政志が嶺北会五代目に就いた1月に
三代目俠仁会神栖一家四代目,多賀睦会と、
3月には鉾田初代と共に、三代目藤川会四代目水嶋連合,渋谷神農友人会と
中規模抗争を起こしていたと云う経緯が有った。
「如何なる理由有れど、他団体との抗争は厳罰に処す」と云う
訓告下の太田五代目体制の中で、三崎は「次は破門に処す」と
太田から最後通告を受けた身でも有った。
そしてその際、会長代行、瀬戸 郷士が弥次郎先代、土井 博好への義理を顧みず、
この最後通告に賛同した事から、三崎も瀬戸への義理を無き物と見做した。
そんな渦中で起こった淀橋一家八代目との抗争は、
三崎らに、五代目嶺北会脱会への好機を示していた。
同時に嶺北会五代目体制では事実上の降格を受けたとは云え、
未だ懲罰委員長と云う執行部本役に就いていた事も三崎を後押しした。
例え淀橋一家八代目に対する返しを打っても、
執行部本役なら、除籍処分で済むと云う公算が三崎には有った。
除籍処分なら、七代目笹川組若頭補佐兼関東ブロック長、緒方 勝二の助力を得られ、
同時に五代目嶺北会が七代目笹川組主流派と縁組した以上、
主流派に付いた緒方 勝二の五分兄弟に、絶縁は下せぬ事も三崎は確信していた。





だが、事態はそんな嶺北会三崎派の糸口を膠着させる流れに到る。
鉾田初代本部での緊急執行部会合が終わり、
執行部一統が其々の帰路へ付く寸前の事だった。
突如、事務室の固定電話が、ファックスの通知音を鳴り響かせた。
それは五代目嶺北会総本部から、鉾田初代本部と
弥次郎十六代目本部に飛んだ通達で有った。
   笹川組の峰最高顧問と、俠仁会の光永特別相談役が間(仲裁)に入る.
   答えが出るまで、一切動くな.
   尚、の重大さを鑑み、話し合いは総本部で行う.
   以上.
鉾田初代総長代行、鉾田 常州男は、笹川の家名が読み取れた通達に愕然とした。
そして千葉県市原市の弥次郎十六代目本部,総長室で通達を受けた三崎 誠造も、
蒼白な顔相を覗かせつつ、薄い苦笑いを浮かべながら、その胸中で囁いていた。
    峰 孝雄、、
  太田が媚び売りて昵懇だったな、、
  それにしても若衆、一人られたくらいで、
    随分と大層な御仁が出てくるわ。
  大体、なんで(当事では無い)内にまで通達が来る?
    やはりワシらの腹、太田に漏れとったのか?
  漏らしたのは(五代目嶺北会理事長、)京本だな、、
  緒方の兄弟への手前、これじゃ話に成らん。
一方でその頃、を起した淀橋一家八代目,守田睦二代目会長、金森 龍嘉も、
新宿区四谷の淀橋一家八代目本部から呼び出しを受けた。
金森 龍嘉の顔前には、紳士的な気風と、
聡明な面持ちを覗かせる一人の御仁が鎮座していた。
田川 昌生の懐刀、淀橋一家八代目理事長、新條 清忠で有る。
新條 清忠は淀橋一家、延いては次代の俠仁会をも担う新生と、
代紋の内外問わずに黙される程の逸材だった。
そして新條は聡明な面持ちを携えつつ、
何処か相手を冷静にさせる口調で、
守田睦二代目会長、金森 龍嘉の腹を確かめた。
    私らは淀橋にを預けた身、
  私から言える事はそれだけです。
新條が覗かせる、語らずして多くを語る眼差しに、
金森は一瞬の沈黙を保つ。
そして金森も覚悟を滲ませた面持ちで新條に告げた。
     私も淀橋有ってこその私です。
  では、失礼致します。
すると新條は、何かを確信した面持ちで金森を静止した。
  まあ、待ちなさい。
  先ほど嶺北から連絡が入りました。
  今日中にも笹川の峰最高顧問と、
  (俠仁会の)光永相談役が間に入るそうです。
  今回の件で、光永相談役が詰め腹を切る旨、
  金森(組織)強化長、今回は静かにしてなさい。
  若い者も淀橋の為、やる事はやったのですから。
新條の進言を聴き終えると、金森も聡明な面持ちで席を立った。
そして唯、「失礼します」と新條に告げつつ、45度の角度で深々と頭を下げ、
新宿区四谷の淀橋ビルを後にした。

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一方で新條 清忠は、三代目俠仁会副本部長の役付に有り、
淀橋一家八代目最大傘下、淀橋睦会二代目を率いる。
仕事面では大城建設、森田組など、大手ゼネコンの守りを通じて、
証券業界にまで進出し、傘下の派遣業を通じて、東日本電力とも根深い関係を持つ。
海外では国内の石油卸会社を対象とする石油投機銘柄の売り抜けや、
アメリカ西海岸に進出した日系企業の守りなど、潤沢な資金力を堅持していた。
その一方で十数年に渡り、組織対策委員長、武守 一力と共に
淀橋一門の抗争を指揮して来た実績を併せ持つ。
既にその名は七代目笹川組を中心に、西日本のヤクザ社会にまで聴こえ、
淀橋一家の跡目も確実視されていた。





鉾田初代永田組幹事、西岡 元司が刺殺された、
翌4月21日午後5時、七代目笹川組最高顧問、峰 孝雄と、
三代目俠仁会特別相談役、光永 吉郎が、
五代目嶺北会総本部に到着していた。
両者に応対したのは会長、太田 政志と会長代行、瀬戸 郷士に加え、
呼び出しを受けた鉾田初代総長代行、鉾田 常州男の3人で有った。
そして六階建ての川奈商事ビル、3階テナントを貸し切った、
総本部事務所の応接間で、三代目俠仁会特別相談役、光永 吉郎が
物静かに有れど、明白な口調で提言した。
    先ず、俠仁会としまして、淀橋の田川は無期限謹慎、
  守田睦の村西、芳原は破門、
  私はこの責任を取って引退致します。
七代目笹川組最高顧問、峰 孝雄は、
光永の提案を聴き届けると、付け加える様に提言した。
  聴かれての通りです。
  ですが、一つ断っておきます。
  光永さんの引退は、嶺北さんに有無を言わせぬ為の、
  渡世上、浅はかな決意では無い云う事です。
  俠仁会の石田さんが引退を表明された時分、
  光永さんとしては、渡世の親分たる石田さんに、 
  微塵の憂いも残さず、王道を飾らせたく願うのは当然の事でしょう?
その時、峰 孝雄の提言を黙して聴き続けていた鉾田 常州男が、
明白な苛立ちを滾らせて口を挟んだ。
  何か、笹川さんと事構えとる様な話の流れだな。
  これは内ら嶺北と、俠仁の問題なんですから、
  お宅は引っ込んどいて下さい。
すると即座に会長、太田 政志が鉾田を一喝した。
  鉾田!自分の立場、嶺北の立場、分かった上で物を言ってるのか!
  分かるなら、言葉を慎め!
鉾田 常州男は、憤りを滲ませた掠れ声で、
「好きにしろや」と吐き捨てると、再び沈黙を保った。
結局、七代目笹川組最高顧問、峰 孝雄が間に入った事、
そして三代目俠仁会特別相談役、光永 吉郎が
引退と云う詰め腹を切った事で、五代目嶺北会鉾田初代と、
三代目俠仁会淀橋一家八代目の抗争は、一応は回避された形で話が付いた。
これに依り、弥次郎十六代目総長、三崎 誠造と、
鉾田初代総長代行、鉾田 常州男ら、
嶺北会三崎派の算段は膠着状態に到る。
だが、この結果が、三崎らに最後の一手を打つ事を決断させたのだ。




第15章 躍動

7月12日
この日、義理事帰りの鉾田初代総長代行、
鉾田 常州男に、五代目嶺北会弥次郎十六代目、
三崎 誠造から呼び出しが掛かった。
鉾田は急遽、運転手の守り番に、
千葉県市原市の弥次郎十六代目本部へ向かう事を指示する。
そして弥次郎十六代目本部に鉾田 常州男らが到着すると、
応接間には投資信託会社、双研ファンドの件で、
淀橋一家八代目,守田睦二代目会長、金森 龍嘉らと対立していた、
弥次郎十六代目諮問委員長、倉吉 保が、
殺気を漲らせる形相で、応接間に鎮座していた。
そして番席に深々と豪座する弥次郎十六代目、
三崎 誠造を前に、鉾田 常州男がソファーへ座するのを見届けると、
倉吉 保は溢れる怒気を沈めつつ鉾田に口開いた。
   叔父貴、御足労頂き、有難う御座います。
   私には是が非でも、叔父貴に伝えねば成らん事が有るのです。
    先ず、私が割った事を申し上げます。
   先達ての永田さんの若い者ので引退を突き付けた、
   俠仁の光永ですが、笹川、榎木(組)の頭、南澤さんの
  話によれば、光永は去年秋の時点で、
  総本部に来られた(笹川組の)峰最高顧問に、
  今年秋にも引退すると口にしとったとの事です。
  次に無期限謹慎で話の付いていた淀橋の田川ですが、
  存知の通り、僅か1週間で謹慎が解かれた事、
  破門で話付けた筈の守田睦の村西、芳原が、
  淀橋の家紋外し(潜り組員)として、未だに仕事打っとる事です。
  叔父貴、お言葉ですが、結局、俠仁にハメられたんと違いますか?
   永田さんのでは、内にも太田から通達が飛びましたから、
   これは弥次郎の問題でも有るのです。
  新宿じゃ、私らが(淀橋に)逃げ打った言う、
  馬鹿垂れもいるくらいですから。
私恚に駆られつつも、複雑な気概で黙していた総長、三崎 誠造が、
当番の若い者に耳打ちした。
すると弥次郎十六代目幹事、高橋総業率いる高橋 玲人が
応接間に入り、倉吉の隣席に鎮座する。
倉吉は高橋が鎮座した様を見届けると、
更なる怒気を漲らせながら、一同に向けて訴えた。
  それだけでは無いんです。
  淀橋、串ノ屋らと揉めとった双研ファンドの件ですが、
  今度は江角(一家)の鷲田が何の断りも無く、
  私の飼っとる松永不動産の松永にカマシ(脅し)を入れ、
  何時の間にか、松永の保有株26%の内、20パーを15億で落としとった事です。
  内、18パーが(江角一家総長、)名村の持ち分に成っとるとの事。
  タイに隠しとる江角の金庫(口座)からも、
  3回に分け、20億前後が抜かれた事も掴んでいます。
  これで淀橋の金森や、串ノ屋の甲村、
  (浦和)新崎の堀口らの分も合わせると、
  保有率72パーで、私ら、俠仁にファンドくれてやった様なモンです!
  親父!鉾田代行!永田さんの若いモンのも併せて、
  私ら本当にこれで良いんですか!
弥次郎十六代目総長、三崎 誠造は、
慙愧の念を顔相に漲らせながら、唯、沈黙を保つだけだった。
だが、何処と無く、その顔相には芝居染みた傲慢さが滲み出ていた。
そして鉾田は三崎の心中を察すると、
誰に向けるでも無く口を開いた。
  兄貴も俺も(嶺北会)先代の頃から、腹堪えて来た。
  対策法のお陰で喧嘩でもすれば、
  厄ばかり祟る事も分かっとる。
  だがな、淀橋らと揉めとった所に、
  何で(淀橋とは反目の)江角が出て来る?
  妙だと思わんか?喧嘩するのは簡単だが、
    俠仁の内輪事に、ワシらまで踊らされるんはゴメンだぞ。
その時、鉾田の口を遮る様に、三崎が芝居掛かった口調で一同に告げた。
  常州男、もうええ。
  投資やら難しい事は解からんが、(笹川の)南澤さん、ワシらにネタ流した事、
  京都(笹川組総本部)に割れたら終いなんじゃ。
  形だけとは云え、峰も間に入った以上、
  今のワシらには堪える事しかできん。
  だがな、常州男、この悔しさだけは、絶対に忘れんじゃねえぞ!
   ワシも忘れんがな、、
  お前らもいいな?堪えろや。
  耐え忍ぶのもワシらの道だ。
三崎はそう言い残すと、慙愧に耐えぬ芝居掛かった形相で、
僅かに震わせた足で番席を立つ。
そしてそのまま応接間を出て総長室へと戻って行った。
その様を見届けた鉾田も、私恚に任せて両拳を議事台に叩き付けた。
そして無言でソファーを立ち、応接間を出ると、
守り番の若い者共々、弥次郎十六代目本部を後にした。
高橋総業会長、高橋 玲人も、何処か冷徹でいて、
無表情な顔相を覗かせつつ席を立った。
そして運転手の守り番共々、弥次郎十六代目本部を後にした。





7月24日夜
高橋総業会長、高橋 玲人は、
同門の弥次郎十六代目,水谷聨合会長、水谷 了と合流していた。
そして京葉高速、湾岸幕張下りパーキングにて、
混み合う乗用車に紛れ込ませつつ、
賃貸の自家用ワゴンを駐車場西側に止めていた。
後部座席には、高橋総業理事長補佐、笠井 輝秋、小西 仁が、
覚悟を決す面持ちで深々く黙座していた。
そして水谷聨合会長、水谷 了が殺気を漲らせつつ、
押しす様な口調で笹井、小西に指示した。
   いいか?来月の10日に俠仁の寄合が、
   揃って(千葉県)東金に来る。
   は写真のガキだ。
   理由は解かるな、、
   義理場を荒らすのはご法度だが、
    この際、そんな事は気にするな。
    後は考えんのが弥次郎の喧嘩じゃ。
   邪道だ外道だ抜かされてもな、
   所詮はっちまえばこっちのモン云う事だ。
  お前らもいいな?
    それじゃ、しっかりいて来い。
笠井と小西は、僅かに不快な顔相を晒すと、
覚悟の張る面持ちで、力強く頭を下げた。
渡された写真には、双研ファンドの件で、
弥次郎十六代目倉吉会々長、倉吉 保と揉めていた、
三代目俠仁会,江角一家十三代目幹事長補佐、鷲田 大玄が映し出されていた。
続いて高橋総業会長、高橋 玲人が指示する。
    部屋は用意して有る。
  上等な道具に戦闘服もな、、
  後は水谷の兄貴が言った通りだ。
  俺ら高橋が、弥次郎の恐ろしさ、
  俠仁のガキ共に思い知らせたれ。
すると笠井と小西は、水谷と同様、高橋にも無言で力強く頭を下げる。
そして自家用ワゴンを降りると、高橋総業が手配した軽ワゴンに乗り込み、
地図に記されたアパートへと向かった。
このは弥次郎十六代目総長、三崎 誠三は勿論、
鉾田初代総長代行、鉾田 常州男にも伏せられた。
そして約20分を経て、笠井と小西は千葉市若葉区の仕度部屋に入る。
道具と義理服は高橋から告げられた通り、便所の天井裏に忍ばせて有った。
そして小西は天井蓋を開け、30cm横に置かれた二つの鉄製のケースを降ろす。
シルク仕様が施されたケースの中には、コルト・ガバメント45口径の道具二丁
上下逆さに合わせる形で、綺麗に収められていた。
笠井と小西は有り触れた道具を見詰めつつ、
高橋が一応は、逃走の配慮をしている事を感じていた。

コルト

もう一つのケースには、上段ボタンが上前裾に縫い付けられた
二人分の義理服が、折り畳んで収められていた。
上段ボタンをダミーにする事で、ダブル下の下前裾から真横に手を入れ、
即座に腹ポケットの道具を掴むが為の細工で有った。
そして翌25日午前、笠井らは玩具屋で同型のモデルガンを購入する。
同時に帰際に通り掛かった鉄工所から、
小さな鉄材と、残り少ないガムテープを貰い受けた。
笠井らは仕度部屋に戻ると、小さな鉄材を用いて、
実物の重さと、そのバランス感に近い仕様に成る様に、
千切ったガムテープで、モデルガンに鉄材を貼り付けていた。
仕度が整うと笠井、小西は無駄の無い身熟なしで立ち上がった。
そして義理服の腹ポケットから道具を取り出し、
腰を入れて道具の上部を遊手で押さえ付け、
如何に素早くを放てるか?
その時間短縮を図る訓練を初めていた。




第14章 気配

二日後の7月27日午後、笠井 輝秋の携帯に同業で通す実兄、
三代目侠仁会,千川一家二代目常任理事、長岡 祷力から連絡が入る。
「ボロい話(仕事)が入った、例の事務所に来い」との事だった。
笠井は実兄、長岡と共に新潟県見附市の出身で有った。
そんな弟想いの長岡から度々、仕事に噛ませて貰った経緯も有り、
笠井が長岡の誘いを不審がる事は無かった。
笠井は実兄、長岡との関係を小西 仁に話すと、
小西は付近まで同伴すると云う条件で、笠井が都内に向かう事を許した。
そして笠井はスウェット姿のまま、小西は作業服に着替えると、
駐車場に止められた軽ワゴンに乗り込み、豊島区内の税理士事務所へ向かった。
税理士事務所は辺鄙な所に建つ、赤レンガの寂れた雑居ビルに入居していた。
そして笠井は小西に軽く頷き、軽ワゴンを降りると、
何気ない素振りで、寂れた雑居ビルに吸い込まれて行った。
そして年代を感じさせる古呆けたエレベーターに乗り込み、四階で降りる。
四階の左隅には、石渕税理士事務所と云う看板が掲げられていた。
笠井は音を立てずに歩を進め、看板の掛かるドア前で歩を止めた。
そして何時もの様に、ドアを軽く5回ノックする。
すると、ゆっくり開いたドアの背後から長岡 祷力が、何処か深刻な面持ちで姿を現した。
長岡は右向かいのエレベーター、昇降ランプに目をやると、
笠井の腕を掴み、静かに玄関ドアを閉めた。
事務所内には、他に二人の男が座っていた。

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一人は三代目侠仁会,串ノ屋一家九代目若頭、河野 清治で有った。
更に事務席には、警察官僚として権勢を張る、元自由共和党副総裁、
明津 一郎の元秘書、亀岡 常五郎が、河野らに背を向けて座っていた。
笠井は河野 清治の眼光を受けた瞬間、無表情な殺気を帯びた顔相へ一変した。
そして何処か寂しげな薄笑いを浮かべる長岡 祷力は、
実弟、笠井の肩を軽く叩くと、ソファーに座る様に促す。
笠井は背筋を伸ばし、河野に構える姿勢でソファーに黙座した。
その様相を見届けた串ノ屋一家九代目若頭、河野 清治が、
落ち着きの無い口調で笠井に告げた。
    俠仁、串ノ屋の河野だ。
    お前らがやろうとしとる事、止める積もりは無いがな、
  天下に聞こえる弥次郎にしちゃ、が小さ過ぎやしないか?
  そんな覚悟じゃ男は売れんぞ。
  小僧など相手せんで、(写真を二枚出して)どうせなら、
  こいつら持ってけや。
  (俠仁会側の)段取りも付けて有る。
  働くなら生きて帰してやる。
  働かな、生きて帰さんぞ。
笠井は当たりに感気を廻らすと、洗面所の物陰に、
そして書類室のドア向こうに、僅かな殺気を感じた。
だが、笠井には微塵の狼狽えも無かった。
そして笠井は河野、亀岡両氏に向かい、
鋭利な殺気を携え、抜けの座る口調で答えた。
   本当に宜しいんですね?
  では、遠慮なくらせて頂きます。
  他には居ませんね?
  居ないなら仕度させて頂きますよ?
   河野さん、何処ぞの先生方、
  後は考えないのが弥次郎のやり方ですから。
串ノ屋一家九代目理事長、河野 清治は、
笠井の気概を欺瞞極まりない素振りで褒めた。
  さすがは天下に轟く弥次郎だな。
  お前は性根入った本物だ。
  三崎さんの為にも、しっかり働いて来い。
  、、今日はもう予定入っとらんな?
そして河野は暫くの間、笠井に断片的な事情話をすると、
河野らに背を向け、事務席に黙座する亀岡 常五郎に促した。
  では、亀岡先生、本当に宜しいんですね?
河野は亀岡を威圧する口調で、最後の腹返しを飛ばした。
ソファーに深く持たれ掛かる亀岡は、
明津 一郎を真似る様に、天を仰ぎながら目を瞑っていた。
そして亀岡は右手で襟後ろに触れつつ、
重く掠れる声で河野に一言だけ告げた。
  、、宜しく頼む、、
元自由共和党幹事長、明津 一郎の元秘書、亀岡 常五郎は、
警察機関の天下り先で有る、日本綜合警備機構や、
生興パートナーズ、広告会社の創報堂など、
複数の天下り企業に役員席を持つ、警察官僚亀岡派の元締で有った。
そしてそれらの企業を通じ、亀岡は三代目俠仁会理事長、梅地 芳雅、
五代目嶺北会々長、太田 政志とも懇意の間柄に有った。
その一方でこの頃、元警視総監、菅野井 厳三郎を筆頭とする
警察官僚菅野井派も大躍進を遂げていた。
菅野井派も80年代後半より、亀岡派に対抗する為、
複数の三代目俠仁会執行部の者と根深い間柄を堅持して来た。
串ノ屋一家九代目、甲村 嵩牡を筆頭に、
淀橋一家八代目、田川 昌生、武守連合初代、武守 一力、
文権治一家十代目、望月 剛志、
上州寄左衛門一家十二代目、平井 英六らが主だった所で有った。
この経緯を経て侠らは、パチンコ業界の胴元、娯楽産業健全化機構や青少年健全化育成機構、
三越生命、広告会社の日本通信など、菅野井派に連なる機関、企業とも根深い絆を築いていた。
その一方で菅野井派は、90年代前半に大規模に行った
パチンコ業界からのヤクザ業界締め出しの際、
その交換条件として田川 昌生や望月 剛志らに、
関東地方の不良外国人排除や左派勢力監視などを任せていた。
そして菅野井派は、それらの仕事を実行させた際、
逮捕者の多くを証拠・嫌疑不十分で不起訴、
罪状と比例して、通常では例の無い短期刑での服役など、寛大なる減免にも処した。
又、菅野井 厳三郎の兄、菅野井 壮一郎は戦後、日本共和党総務会長を勤める傍ら、
GHQの意を汲んで様々な方面に奔走し、
結果的に1955年の自由共和党樹立に一躍買った人物でも有る。
そんな経緯も有り、菅野井派は自由共和党有力派閥、石川派屈指の支持基盤を誇り、
石川派の違法行為揉み消し機関の役目をも果たしていた。
同時に警察官僚亀岡派を後盾とする自由共和党最大派閥、刈羽派とは、
石川派の中道保守政策を廻り、派閥対立が絶えなかった。





一方で自由共和党刈羽派は、1992年に表面化した巨額脱税疑惑、
東京野上急便事件の煽りを未だに引き摺っていた。
そして警察官僚菅野井派は、来年4月に任期が切れる、
刈羽派擁立の細神田内閣を睨み、新たに着手していた違法証券取引疑惑、
富士住事件で、複数の刈羽派参議員を辞任に追い込んでいた。
同時にこの富士住事件では、笹川組が数々の仲介、口利きに関わった経緯も有った。
そして結果的に笹川組六代目、津川 功次郎が、
当代の浪内 斎三を神輿に立てた六代目笹川組若頭代行、兼崎 増代ら、
複数の若頭補佐に依り、引退に追い込まれる事態をも招いていた。
そんな渦中に有る刈羽派が、来たる来年4月の自由共和党総選挙に於き、
自由共和党石川派に大敗するは必至と見る向きも大勢を占めた。
そしてその可能性を見越した日本経済産業省、国土管理省から、
亀岡派と手を切る官僚も相次いでいた。
亀岡 常五郎に取って、刈羽派敗北は、警察官僚亀岡派の崩壊を意味していた。
だが、亀岡がにした侠らも経済界での守りを通じて、
複数の国土管理省、日本経済産業省官僚との根深い絆を堅持し続けた。
同時に侠らは警察官僚菅野井派の意向に依り、一門から選抜した情報部隊へ、
刈谷派衆参議員を徹底的に洗う様に指示していたのだ。
そしてその秘功に依り、既に3人の刈羽派参議院議員が、
贈賄や金商法で書類送検され、結果的に辞任へと追い込まれていた。
そして亀岡 常五郎は来たる自由共和党総選挙に向け、
これ以上、自由共和党刈羽派に不利益を被らせない為にも、
刈羽派の手切りを赦さない為にも、その第一手とし、
一人の侠をす算段を立てていた。
だが、諸般の経緯を経て、亀岡 常五郎から要談を受けた
串ノ屋一家九代目若頭、河野 清治の提案に依り、当初のは変更される。
そして最終的に河野 清治の口から、高橋総業理事長補佐、笠井 輝秋、小西 仁に、
更にもう一人の侠の始末を持ち掛けるに到ったのだ。
だが、そんな算段など露とも知らず、帰路に着いた笠井 輝秋は、
車中でが変わった事を小西 仁に伝えた。
だが、小西に「誰に頼まれた?」と問われても、
笠井は「はデカい方が良いだろう?」と口走るだけで、口を割らなかった。




第13章 対峙

1998年8月10日午前9時
千葉県東金市の三代目俠仁会,霞乃(かの)一家四代目本部にて、
三代目俠仁会安房宗孝一家初代,霞乃五代目継承式典が挙行される。
霞乃五代目を継承するのは、安房宗孝一家総長代行、井上 信三で有る。
同時にこの継承式典は理事長、梅地 芳雅が提唱する組織再編に則り、
安房宗孝一家初代が、霞乃一家四代目を吸収する形での継承式典で有った。
侠義上、跡目は霞乃一門の執行部本役が継承するのが筋では有る。
だが、3月28日に肝臓癌で病没した霞乃一家四代目、藤岡 太地は、
資産整理を処しても、梅地 芳雅から借受けた14億の詰めを残していた。
それは半ば、宗孝 壮明率いる安房宗孝一家初代に、
霞乃一家を乗っ取らせたに等しい五代目継承で有った。
又、宗孝 壮明が三代目俠仁会風紀委員長を務めていた経緯から、
七代目笹川組や五代目嶺北会を始め、親戚に当たる、
東日本一帯の的屋一門からも、多くの来賓者が駆け付けた。
千葉県東金市と云う土地柄、霞乃一家四代目本部も、
広々とした敷地内に本部事務所を構え、
緑園に彩られた木造の本部事務所は、武家屋敷をも彷彿とさせた。

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だが、来賓者の中に五代目嶺北会,弥次郎十六代目総長、三崎 誠造と、
鉾田初代総長代行、鉾田 常州男らの姿は無かった。
同時に先達ての弥次郎十六代目と淀橋一家八代目のも有り、
広々と開け放たれた正門両脇の門塀には、
組織犯罪対策五課の機動隊、20人程が物々しく張り付いていた。
更に別の20人は、霞乃一家四代目筆頭総長補佐、
唐嶋 平三霊代の許可を得て、敷地内にまで警陣を構えた。
その警陣も、正門から本部事務所の玄関へ到る正道を、
両脇から挟み込む形で、約2mの間を置き、
一人ずつ配置されると云う物だった。
それで有りながら、正門左奥に設けられていた義理の要、お布施場付近には、
1人も機動隊員は配置されぬと云う不自然さが有った。
正門前では四課の刑事班に依り、ボディーチェックも行われていた。
そして高橋総業会長、高橋 玲人、理事長補佐の笠井 輝秋、小西 仁が来賓する。
その際、ボディーチェックを行っていた刑事班へ、刑事班長が指示を飛ばした。
そして指示場への帰り際に、刑事班長が笠井、小西をボディーチェックする。
すると何事も無かったかの様に、両名は霞乃一家本部の敷地内へ入場した。





そして霞乃五代目継承式典が盛大に幕を閉じると、
三代目俠仁会執行部本役の面々も、お布施場付近で歩を止めていた。
その時だった、、
突如、高橋総業会長、高橋 玲人と共に来賓していた小西 仁が、
事前に訓練した射殺術を駆使し、
三代目俠仁会江角一家十三代目、名村 満の下腹部に2発のを発砲する。
発射反動の付いたは、二発とも名村 満の腹部に命中した。
そして笠井 輝秋も、ほぼ同時に道具を構えた。
だが、その瞬間、名村 満の守り番として同行していた黒澤組々長、
黒澤 穣次の筋骨逞しい肉体に体当たりされ、笠井は横に弾き飛ばされる。
しかしその瞬間、既に笠井は一発のを発砲していた。
そしてを逸れたは運悪く、突如の喧騒に振り向いた、
三代目俠仁会事務局長、城崎 玄の右側頭部へ命中してしまう。
城崎は足が折れつつ、正座姿に成ると、
そのまま前倒りに伏せ込んだ。
だがその時、守り番に抱えられた江角一家十三代目、
名村 満の横に一人の侠が立っていた。
侠は笠井の無機質な殺気と銃口が、
一瞬、自身に向いていた事を見逃さなかった。
そして侠は一瞬、伏せ込んだ城崎の前に放心状態で立ち尽くす、
執行部本役の侠を、無表情な眼光で見詰めた。
一方で名村に向けて二発のを放った小西は、
その場で機動隊員に依って身柄確保される。
だが、周囲にいる三代目俠仁会の侠達は、突如の修羅場に怒号を上げつつ、
機動隊員に囲まれた小西に詰め寄ろうとしていた。
そしてほぼ同時に、見届人を務めた三代目俠仁会理事長、
梅地 芳雅が「警察に迷惑掛けるな!堪えろ!」と場に向けて一喝した。
合わせる様に、梅地の隣に立つ五代目嶺北会々長、大田 政志を、
五代目嶺北会々長代行、瀬戸 郷士を筆頭とする6人の守り番が囲い込んだ。
だが、梅地の一喝は、突如の喧騒に我心を失くした侠達には届かなかった。
その一方で三代目俠仁会事務局長、城崎 玄にを打ち込んだ笠井 輝秋は、
追っ手を遮るかの様に、正道を挟み込む機動隊員に依り、不可解な逃亡を遂げる。
更に正門右側には高橋総業会長、高橋 玲人のレクサスLSが止められていた。
そして笠井は勢い良く高橋のレクサスに飛び乗ると、
機動隊員に依って制止される侠達からも逃亡を遂げる。
一方で、腹部に二発のを受けた名村 満は、
意識不明の状態で、東金市民病院に救急搬送された。
だが、右側頭部へを受けた城崎 玄は、ほぼ即死状態で有った。
現場は尚も侠達と機動隊員に依る喧騒が収まらず、
笠井を弾き飛ばした江角一家十三代目,黒澤組々長、黒澤 穣次を初め、
数人が公務執行妨害で逮捕される。
同時に侠達から引き離されていた弥次郎十六代目,高橋総業会長、
高橋 玲人も任意同行される。
その姿を見届けた刑事部長、相馬 正夫は、
で怒鳴り合う侠達に「おのれら、はよ、帰れらんかい!」と一喝した。
そして霞乃一家四代目本部から、機動隊員に先導された七代目笹川組や、
三代目俠仁会の侠達も、次々に帰路へ着いて行った。
そして侠達は、其々の事務所からの報告で、
拝島一家初代、城崎 玄に続き、江角一家十三代目、名村 満が死亡した事を告げられる。
現場は侠達が孕む、猜疑の瘴気だけが残像の様に立ち込めていた。
1998年8月10日、此処に三代目俠仁会組織対策委員長、名村 満と、
三代目俠仁会事務局長、城崎 玄の両者が射殺される。




第12章 波紋

その頃、五代目嶺北会,弥次郎十六代目本部に詰めていた三崎 誠造は、
副理事長、宮坂 定夫らと応接間で雑談していた。
其処へ霞乃五代目継承式典に祝座していた、
五代目嶺北会貝ノ内七代目、鍛冶 末松から携帯が入る。
   三崎総長!鍛冶です!
  高橋のモンが俠仁の名村と城崎をハジきました!
  城崎は頭に食らって、息しとらんかったそうです。
  名村も(心臓)マッサージされとりましたから、もうんどるでしょう。
  ハジいた若いモンも、(身)ガラ押さえられとります。
弥次郎十六代目、三崎 誠造は、鍛冶の一報を聴き届けると、
怒気と猜疑が入り乱れた形相で、携帯越しの鍛冶に声を荒げた。
  、、クソ野郎が!ハメられた!
  ワシは本部におるから、解かった事有ったら何でも知らせろ!
三崎は一方的に携帯を切ると、空かさず溢れる怒気の儘に、
弥次郎十六代目理事長、伊織 房心に携帯を飛ばした。
   ワシだ。
  聴いてると思うが、
  高橋のモンが俠仁の名村と城崎をハジきやがった。
  ハジいた若衆もガラ押さえられとるから、もう知らぬ存ぜぬは通せん。
  誰が高橋走らしたかは知らんが、下(執行部)に召集を飛ばせ!
  (返しが怖くて)ツラ出せん腰抜けは破門だ!
  これだけは釘ささな行かんぞ!
  ああ、(返しが来るから)待機も出しとけや、いいな!
伊織へ指示を飛ばした三崎の心中は、猜疑心で煮えたぎっていた。
  誰が名村をれ言った!
  が違っとるだろう!
  城崎もだと?
  ワシら、ハメる為に、何者ぞが高橋走らせたんに決まっとる。
  太田か?おのれ、、許さんぞ!
三崎は私恚に流されるが儘に唯、敵愾心を募らせる者へ
想いを廻らせるだけだった。
一方でその頃、五代目嶺北会々長、太田 政志を後部座席に乗せたセンチュリーは、
既に京葉高速に入り、嶺北会総本部の有る船橋に向けて走行していた。
そして太田は堪え切れぬ形相で、弥次郎十六代目本部へ携帯を飛ばす。
太田からの携帯を受けた弥次郎十六代目本部長、島崎 栃男は、
冷静さを装いつつ、三崎に太田からの連絡を告げた。
すると三崎も溢れ出す怒気を抑えつつ、洋風装飾が施された内線電話から、
受話器を引き千切る様に手にした。
そして怒気に震える手で受話器を握り絞めつつ、
三崎は太田からの指示を受けた。
  太田だ。
  分かってるな?
  が割れるまで、謹慎していろ。
三崎は太田の指示を聢と受け止めると、
慙愧に耐えぬ口調で太田に答えた。
  、、何を言っても言い訳にしか成らん事は分かっとります。
  ですが、ワシには何がどうなっとんのか解からんのです。
  ワシに非が有る云うなら、どうぞ、絶縁にでも何にでもして下され。
太田は三崎の覚悟の座った気概を読むと、
声を和らげつつ、芝居染みた口調で諭した。
  三崎な、、その辺は私が上手くやる。
  私にも想う所が有ってな、、
  いいな?が割れるまで、お前は寝てろ(勝手に動くな)。
三崎は太田の心中を察すると、三崎も芝居掛かった口調で潔く挨拶した。
  会長に迷惑を掛けてしまい、私も慙愧に耐えぬ想いです。
  では、宜しくお願い致します。
三崎は受話器を内線電話に置くと、安堵とも猜疑とも付かぬ、
複雑な心境の裡で呟いていた。
  太田は絡んどらんか、、
  まあ、洗えば割れるモンは割れるんじゃ。
  何処の馬鹿垂れだが知らんが、待っとれ、その首、必ず血の池に沈めたる。
  どの道、他所の本役、二人もっちまったら、
  どう転んでも絶縁は免れん。
  (笹川組若頭補佐の)緒方の兄弟も頼れんだろう、、
  だがな、が割れるまで、弥次郎は一本(独鈷)に成っても踏ん張ったる。
そして約2時間後、弥次郎十六代目理事長、伊織 房心が飛ばした緊急招集に依り、
既に執行部一統は本部事務所に入っていた。
そして弥次郎一門の今後を睨み、様々な念を心中に秘めつつ、
一統は応接間のソファーに黙座していた。
同時に三代目俠仁会江角一家十三代目、名村 満と、
拝島一家初代、城崎 玄のが伝えられると、場は一層の緊迫感に包まれる。
  
  



一方で現場から逃げ遂せた笠井 輝秋は、右手の中指、薬指に呪縛したかの様に外れぬ、
45口径のガバメントを握り閉めつつ、レクサスで逃走していた。
だが、北陸地方に潜伏する為、既に京葉高速を抜けて首都高速環状線に入り、
混み合う車線を、苛立ちに任せて車線変更を繰す笠井は、
その心中に不可解な痼りを残していた。
   それにしても妙だったな、、
  あれじゃ、スケ張り連中が俺を逃がしてくれた様なモンだ。
  まあ、下っ端の俺達には、お偉いさんの考える事なんぞ、
  知った事じゃねえけどな、、
   的は外しちまったが、あの爺さんはった筈だ。
  弥次郎として答えは出したんだから、後は逃げろ、逃げろだ。
だが、仕事の後に訪れる、冷めゆく高揚感に抗う笠井の感気は、
レクサスを付ける一台の作業用ワゴンを見落としていた。
そして環状線から外環自動車道に抜け、
右手から外れぬ道具を未だに握り締めた笠井のレクサスは、
関越自動車道、三芳パーキングの大駐車場南隅に停車した。
笠井は左手で、硬直した右手の中指、薬指から、
道具を引き裂くかの様に、勢い良く引き離す。
そして経験の無い喉渇きに翻弄された笠井は、
周囲の確認もせずに車外へと降りた。
そしてパーキング休憩所へと足早に歩を進めていた、その時だった。
前方から歩いて来ていた土方姿の侠が、
擦れ違い様に、笠井の下腹部へ2発のパンチを入れた。
更にたじろぐ笠井を、もう一人の屈強な侠が、
左横に停車していたブラインド仕様の作業用ワゴンへ勢い良く押し込む。
そして笠井を連れ込んだ作業用ワゴンは、
何事も無かったかの様に、三好パーキングを後にした。

 



その頃、三代目俠仁会も会長、石田 六郎の激で、
緊急執行部会を召集していた。
本部当番に就いていた若い者は、盗聴カウンターを其々の手に、
緊急執行部会が開かれる六階の大広間から
七階の会長室、応接間、特別当番詰所、
そして五階の当番詰所の隅々まで、盗聴機の有無を確認して回った。
同時に呼び出した東日本電力の作業員に依り、
大通り沿いに立つ大和町第二ビル付近の電柱へ、
傍受機具の有無をも確認させていた。
三代目俠仁会本部は最高度の厳戒態勢を敷いていた。

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そして約1時間半後、岩手県花巻市に本部を構える、
奥州萬寿一家七代目、及川 峡吾を最後に、
大広間にて執行部一統が顔を揃える。
二列に分けられた長大なテーブル群を挟み、
向かい合う形で黙座する執行部一統は、
其々の念を腹に据え、やや俯き加減で半眼の眼差しを守っていた。
そして三代目俠仁会々長、石田 六郎と共に、
舞台下の番座に座する理事長、梅地 芳雅は、出席者から一人一人点呼を取った。
点呼を終えると、梅地は隣に黙座する石田 六郎に顔を向け、僅かに頭を下げる。
そして三代目俠仁会々長、石田 六郎が厳粛な面持ちで沈黙を破った。
    皆はもう知っていると思うが、城崎に続き、名村も息を引き取った。
  城崎は二十余年に渡り、我が俠仁の根幹たる執行部に労を費やし、
  名村も又、俠仁の為、政界、財界を奔走し、
  俠仁の確固たる土台を作り上げた功労者だ。
  此処で俠仁の功労者たる両名へ、一分間の黙祷を捧げる。
  一同、黙祷!
だが、黙祷時に有っても、其々が孕む猜疑心は
その黙眼を僅かに開かせ、横目で各々互いに目を配らせていた。
黙祷が終わると、続いて理事長、梅地 芳雅が
半眼でやや顔を俯かせつつ、畏まった口調で告げた。
  今回の忌々しき諸事は、俠仁の足元を
  ぐら付かせたかも知れません。
  ですが、この慙愧に耐えぬ逆風が、
  必ずや俠仁に、一層の断固たる結束を齎す事を、私は確信しています。
  そこで、、
その時、淀橋一家八代目、田川 昌生が、顔を俯かせた儘、梅地の口上を割った。
    梅地理事長、、私も感じましたが、出席した者からの報告で、
  に妙な動きが有ったと云う報告を受けとります。
  率直に伺いますが、あなたは今回の一件をどう思われますか?
梅地は流麗な口捌きで、田川の疑問を受け流した。
  その件は私も聴いています。
  既に私も下(白川一家)へ、を調べる様にと指示しました。
  ですから答えが出るまで、田川渉外長、今はその時を待つ他無いのです。
梅地に合わせるかの様に親分、名村 満を的取りされた、
江角一家十三代目理事長、都島 光章も口開いた。
  親分が没故され、私も無念に絶えぬ想いです。
  ですが、梅地理事長の仰られる通り、
  この場は俠仁の今後の為、建設的な議事をすべきです。
  私も私成りに下へ、の洗いを指示したのですから、
  田川渉外長、その様な疑念は後日、改めてお願いします。
田川はその瞬間、俯かせた顔を上げ、都島を問い質した。
  ん?都島、お前、おかしな事言うな?
  ワシは疑念など持っとらんぞ。
  唯、理事長の意見を仰いだまでだが、、
  まあいい、ワシに意見したお前の度胸に免じて、
  何も聴かなかった事にしてやる。
田川 昌生は、再び顔を俯かせて沈黙を守った。
その心中を察した執行部役付らも、
東金のに様々な憶測を廻らせていた。
そして立ち込める空気を読んだ会長、石田 六郎が再び口開いた。
  三月の定例会合で告げた通り、ワシは今年中にも引退する積もりだが、
  この様な現状では、引くに引けん。
  皆、割れぬ腹が有るだろうが、
  ここは俠仁の為、堪える部分は堪えて、
  皆が結束出来る道だけを模索して欲しい。
三代目俠仁会々長、石田 六郎の言に依り、
場に立ち込める空気が僅かに鎮静した。
石田 六郎は、昔気質な侠客肌の代紋頭で有り、
侠仁会々長に有りながらも、既に執行部の実権を
理事長、梅地 芳雅を筆頭とする執行部本役に委ねていた。
その気質は、常に潔い姿勢を堅持し、非は黙して受け入れる一方で、
是は有れど、相手を追い込まずに諭しながら場を収めると云う、
繊細な思慮に長けた代紋頭でも有った。
それだけに平成のヤクザ社会が孕む、
弱肉強食主義に毒された一部の執行部役付からは、
その資質を疑問視されていた。
平成元年に、俠仁会三代目を継承した石田 六郎が
引退を表明したのも、そんな時節代わりを遂げた
三代目俠仁会執行部を察しての事だった。
そして議題は、没故した組織対策委員長、名村 満と、
事務局長、城崎 玄の葬儀様式に関する議題へと移行して行った。




同日夜
総長、名村 満を的取りされた江角一家十三代目も、
緊急執行部会を召集した。
だが、江角一家十三代目の緊急執行部会では、
其々が秘める打算に依り、誰もが別々の方向へ心中を廻らせていた。
三代目俠仁会,江角一家十三代目総長代行、澤尻 江之助は、
そんな淀んだ空気を察すると、重々しい口振りで一統の意見を仰いだ。
   みんな着いたな?
   、、皆にも想う所、多々有るだろうが、
   親分が没故された故に唯、親分の為、
  江角の為、高所に立った見地から意見を述べて貰いたい。
すると江角一門では珍しい武闘派、鳳旭(ほうきょく)会二代目率いる、
江角一家十三代目,幹事長補佐、砺波 宍道が口開いた。
  白川(一家)と共に、俠仁の稼ぎ頭たる、内の立場は解かってますが、
  親分取られて、何もしなかったら、
   私ら増々、他所から舐められる事は目に見えとります。
総長代行、澤尻 江之助は、何処か含みを持たせる口調で、砺波の申し出に答えた。
   親分の喪に服す時分、荒事は今は堪えろ。
  今は耐え忍び、唯、明日の江角の為、
  最善の策を打つ事だけに想いを廻らせて欲しい。
  内はこれからも、内成りのやり方で通す事は変わらんのだからな、、
すると運営委員長、修善 正義(しゅぜん まさよし)が、
その眼光に僅かな殺気を認めつつ背筋を伸ばした。
だが、応接間に黙座する執行部役付の殆どは、
名村に代わり、巨額の抜けが約束された
政財界向けの会員制高級売春クラブ、K.S ANGELや
大手ゼネコン、豊島建設の抱き込みを誰が仕切るのか?
誰が政財界や警察機関との総仲介を引き継ぐのか?と云う、
利己的な打算に想い廻らすだけだった。
其処に故人を偲ぶ心境など皆無だった。
だが、そんな堕落しつつ有る執行部役付らを鑑み、
幹事長補佐、砺波 宍道は、亡き名村への清濁語り尽くせぬ、
胸懐の中で、名村 満の没故を偲んでいた。




同日午後8時
三代目俠仁会は、最高幹部たる執行部本役を一度に2人も的取りされると云う
忌々しき事態に到ったが、「没故者の喪に服す」と云う名目で
午後8時、弥次郎十六代目に対する返しを禁ずる通達を飛ばす。
だが、渡世の親を的取りされた拝島一家初代、江角一家十三代目には届かぬ通達で有った。
そして拝島一家初代では八王子貸元、良成 弘三率いる中野山王七代目、
福生事務所、向統会四代目、常永会三代目、
更には江角一家十三代目鳳旭会二代目に依り、
千葉、埼玉、山梨県内の弥次郎十六代目傘下5ヶ所にが打ち込まれた。
その過程で山梨県韮崎市に本部を構える弥次郎十六代目岩窪組九代目若頭、
尾賀 潤が、拝島一家初代甲府貸元,常永会三代目傘下に銃撃され重症を負う。
常永会三代目と弥次郎十六代目岩窪組九代目は、
富士川河川事業の食い込みを廻り、日頃から散発的な抗争が絶えなかった。
その一方で当事では無い、淀橋一家八代目田川組二代目に依り、
千葉県袖ヶ浦市に本部を構える弥次郎十六代目中核傘下、
大倉組六代目本部の駐車場入口に硫酸ピッチ入りのドラム缶二つが投棄される。
これを受けた三代目俠仁会執行部は翌11日午前9時、
「執行部の決定事項に反する者は、その親も含め、厳罰に処す」と云う通達を再度飛ばす。
これに依り、弥次郎十六代目に対する返しは一旦は鎮静化した。





8月17日午前10時
台東区浅草の延宝寺輪廻殿にて、
名村 満と城崎 玄の俠仁会合同会葬が慎やかに執り行われた。
合同会葬には五代目嶺北会々長、太田 政志や
七代目笹川組筆頭若頭補佐、武藤 傑を始め、
東京都墨田区に本部を構える三代目藤川会総師、水嶋 巧蔵ら大御所も多数参列した。

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だが、延宝寺輪廻殿周辺の路上には、
突刃者の襲撃に警戒する、組織犯罪対策五課の機動班が多数張り付いていた。
同時に延宝寺輪廻殿の正門を挟み込む布陣で、約20mの距離を取り、
2台の機動隊車両が通りの片側を塞いでいた。
その警戒振りは警察官僚菅野井派に連なる、警視庁公安部三課に、
三代目俠仁会の右翼団体構成員に関する、
匿名の情報が入っていた事に端を発していた。
そんな中、正門脇で腕を伸ばして警戒する、
三代目俠仁会文権治一家九代目常任理事、嗚潟 克己の元に、
組織犯罪対策四課の刑事班長、谷淵 了が詰め寄りつつ耳打ちした。
   嗚潟、お前らも知ってると思うが、
   何処ぞの憂国崩れが、執行部の者を
 狙いに来る云うネタが入っとる。
 事の流れはお前らの方が詳しい筈だ。
   憂国なら葬儀狙っても、御法度から外れる云う理屈だろうが、
 ワシらが潰したるから、お前らも気入れな行かんぞ。
   他の参列者にも言っとけ、いいな?
そして軽く会釈する文権治一家九代目常任理事、嗚潟 克己を尻目に、
刑事班長、谷淵 了は機動隊車両の方へ足早に去って行った。
だが、この件は事前に義理回状を飛ばした各代紋にも伝えられ、
その上で参列の是非を各代紋に委ねていた。
結局、参列を自粛した代紋は有らず、それ所か義理回状を飛ばさぬ、
岡山県倉敷市に本部を構える五代目極峰會、助浦 吾一、
札幌市に本部を構える札幌藤川会、椎田 真人らも参列した。
そして午前10時、輪廻殿にて合同会葬が催される。
場内では任侠演歌で知られる小島 五郎の「北寒の血潮」が控えめに流れる中、
各来賓者が名村 満と、城崎 玄の遺影が掲げられた大祭壇に焼香した。
そして淀橋一家八代目、田川 昌生の焼香が終わると、
最後に三代目俠仁会理事長、梅地 芳雅が焼香する。
梅地は俯き加減で「今後の我々を見ていて下さい」と小声で囁いた。
来賓者の焼香が終わると、大祭壇前に七代目笹川組筆頭若頭補佐、武藤 傑が立った。
そして関係筋代表として弔辞を述べる。
続いて三代目俠仁会々長、石田 六郎が大祭壇前に立ち、
俠仁会を代表して粛々と弔辞を述べた。
そして石田 六郎の弔辞を締めとして、合同会葬は幕を閉じた。
結局、この日の三代目俠仁会合同会葬に、突刃者が現れる事は無かった。
だが翌17日、七代目笹川組若頭、兼崎 増代の分名に依り、
総本部に無断で合同会葬の場で弔辞を述べた、
七代目笹川組筆頭若頭補佐、武藤 傑に謹慎処分が下される。
傘下約4700人を預かる七代目笹川組最大傘下、武藤組率いる武藤 傑は、
若き時分、大阪市大淀区に本部を構えた三代目梓聨合にて、
名村 満と共に同じ釜の飯を食った仲で有った。
そしてこの事態を鑑みた、淀橋一家八代目、田川 昌生は急遽、
京都市の七代目笹川組総本部に、謹慎に服す、
武藤組々長、武藤 傑との面会を申し入れる。
そして七代目笹川組々長、浪内 斎三と若頭、兼崎 増代は田川の申し出を承諾した。
翌8月18日午後1時、田川 昌生は淀橋一家八代目理事長、新條 清忠と、
江角一家十三代目理事長、都島 光章を同伴し、
大阪市福島区の武藤組本家を訪問する。
そして応接間に招かれた田川 昌生は、
何処か遠くを見詰める様な眼差しで、謹慎に服す武藤 傑を労った。
    今回はこの様な事に成りました事、我々も心外ですが、
  名村も武藤さんの弔辞を喜んどりました。
  私もこの渡世の門を叩いて五十余年に成りますが、
  若き時分、共に修行に励んだ仲間の事は忘れん物です。
  梓聨合の件も名村対策長から聴かせて頂きました。
    名村は梓聨合が(笹川組)飯山会の枝に入った(吸収された)後、
  東京に渡世の道を見出しましたが、
  武藤さんは敢えて飯山会に残り、三十余年を経た今日、
  一家一城の主に昇り詰められた軌跡は、
  筆舌に尽くし難い苦難の道で有った事と思われます。
   これに併せ鑑み、今般、武藤さんの立場をも越える侠の矜持、
  聢と拝見させて頂きました。
  これを以ち、私は俠仁会を代表し、新ためて感謝の意を申し上げる所存です。
田川 昌生の労いには、同時に武藤組を筆頭とする、
笹川組反主流派との連携を武藤組々長、武藤 傑に再確認させる狙いも有った。
だが、武藤 傑は何も語らず、田川の真摯な佇まいを前に、
唯、田川と自身の軌跡に想い廻らせながら、
薄い笑みを携えつつ小さく頷き続けるだけだった。
一方で丁度その頃、三代目俠仁会理事長、梅地 芳雅は、
白川一家十二代目理事長、三枝 朋良を同伴して、
京都市伏見区の七代目笹川組総本部を訪問していた。
そして応接間にて、勝気にソファーに深々ともたれる、
七代目笹川組若頭、兼崎 増代に対し、
武藤 傑の弔辞を三代目俠仁会の至らなさが招いた失態として侘びを入れた。
だが、梅地の侘びを七代目笹川組若頭、兼崎 増代は、
嘲笑う様な口振りで受け流した。
    いや、それ程の大事には有らんのです。
  ワシらとしましては、総本部に何の断りも無く、
    名村さんと城崎さんの葬事で、弔辞を述べた事を問題にしとったのです。
    (俠仁会葬に)要らん水差したのは、ワシらなんですが、、
    (周りの執行部役付らに顔を向けて)
  いや、何でワシら侘び入れられな、行かんのかいのう?
  ほんじゃ、こっちも東京に詫び入れに行かな、あかんがな。
兼崎の受け流しに、居合わせた執行部役付らも失笑を隠さなかった。
企業化に突き進む東京のヤクザ業界とは違い、
西日本の極道社会には、未だ侠義の筋道を重んずる気風が根深く残っていた。
その筋道を踏み外した者は、容赦なく蔑視するのが極道社会の気風でも有った。
そんな気風を計り切れなかった梅地は、苦々しい愛想笑いを浮かべつつ、
白川一家十二代目理事長、三枝 朋良と共に七代目笹川組総本部を後にした。
そして約6時間後、梅地の失態は、
淀橋一家八代目本部に着いた田川 昌生にも伝えらえた。
総長室にて、その報を受けた田川は鋭い恚激を滾らせ、即座に梅地へ携帯を飛ばした。
   梅地理事長、、他所の者が会葬に出て処分されて、
   何で俠仁が侘びな行かんのです?
  、、あんた、ワシを目の上のタンコブみたいに思っとる事は分かっとりますが、
  タンコブ叩きたければ、寄合で叩けば良いんです。
   梅地理事長、あんたは兼崎らの前でワシら所か、
  俠仁の恥を晒した事、、その事だけは忘れんで下さい。
   気に入らんなら、破門でも獄門でも何にでもして下され。
  ワシも淀橋の八代目取って、はや19年、明日にでも跡目譲れる猛者も育ち、
  もう十分に渡世の花道を謳歌しましたからのう。
携帯口の梅地は、飽くまでも平静さを装つつ、
田川に辿々しい弁明を説いたものの、田川は一方的に携帯を切った。
そしてこの三代目俠仁会の外交騒動は、即座に関東のヤクザ社会に伝わり、
多くの侠が「梅地の下手打ち」と梅地 芳雅を揶揄した一方で、
田川 昌生を「石頭は損を買う」と嘲笑う者も少なく無かった。




8月23日
東京都葛飾区内の東西線荒川鉄橋下から、
資材廃棄用の黒ビニールに包まれた射殺体が発見される。
そして8月25日、DNA鑑定からその射殺体が、
霞乃五代目継承式典で三代目俠仁会事務局長、城崎 玄を射殺した、
高橋総業理事長補佐、笠井 輝秋の物と断定される。
同時にビニールに付着していた、汗と思われる体液から、
三代目俠仁会串ノ屋一家九代目,磯原会二代目若頭補佐、
戸坂 充雄のDNAも検出される。
同日夜、警視庁組織犯罪総務課は、戸坂 充雄に
金融商品取引法違反容疑の別件で、全国指名手配を下す。
そして27日午前10時、匿名の情報提供を元に、
警視庁組織犯罪対策総務課、四課は、
詐欺容疑で杉並区阿佐ヶ谷の串ノ屋一家九代目本部を家宅捜索する。
その結果、九代目総長、甲村 嵩牡が締めていた
大規模取り込み詐欺組織の存在が浮上する。
そして同日午後6時、三代目俠仁会執行部は理事長、梅地 芳雅の分名で、
串ノ屋一家九代目、甲村 嵩牡を破門に処すと云う旨を全傘下一門に通達した。
だが、詐欺容疑を理由として下された突如の破門処分に、
多くの傘下は不可解な気配を感じていた。
梅地 芳雅と串ノ屋一家九代目、甲村 嵩牡は、
若き時分、共に渡世入りした盟友で有り、
同時に梅地 芳雅唯一たる五厘下りの舎弟分で有った。
そして僅か四日後の8月31日、三代目俠仁会執行部は、
串ノ屋一家十代目を若頭、河野 清治が継承する旨を通達した。
この一連の流れから、三代目俠仁会の代紋に生きる侠らは、有る憶測を廻らせ始めていた。




9月10日
淀橋一家八代目本部で定例執行部会が催される。
田川は大理石製の議事台を挟み、向かい合う執行部一統を前に
場を支配するかの様な面持ちで、左から右に向けて睨みを利かせた。
だが、議事台を挟んで向かい合う執行部一統も、幾許の動揺すら見せなかった。
そして田川は、議事台左側の筆頭席に理事長、新條 清忠を据え置き、
場の空気を察しつつ口開いた。
  揃ったな?
    今日はお前らに重大な事伝えな成らん。
  東金の件から、この方、妙な流れが出来とってな、、
  この流れを断ずる為、ワシも一つの決断を下した云う事だ。
  ワシは引退する。
  跡目は新條だ。
  今の淀橋に新條を越える者などおらんだろう?
  (場を左から右に睨み付けながら)異論は無いな?
  腹に含む物有るんなら、何でも言って良いんじゃ。
すると、即座に淀橋一家八代目,守田睦二代目会長、
金森 龍嘉が「異議なし!」と抜けの良い声を上げた。
続く様に、淀橋一家八代目,田川組二代目組長、
大胡 行久も「意義なし!」と同様に声を上げる。
そして僅かな沈黙を保ち、武守連合初代、武守 一力の「意義有りません」と云う
抜けの座った声が響くと、忽ち応接間に「意義なし」の声が、重なり合う様に木霊した。
田川 昌生は応接間に立ち込める気概を悟ると、土臭くも柔らかい口調で告げた。
    満場一致で良いんだな?
  武守よ、、お前が鍛え上げた新條だ。
  まだ到らん部分も有るが、新條を支えてやってくれ。
  式典の日取りは来月10日で話を通しとるが、
  ワシの引退後の人事は新條に一任する。
  じゃ、場を新條に譲るぞ。
そして田川 昌生は潔さを滲ませる気概で、
勢い良く番席を立つと、総長付らと共に総長室へ戻って行った。
新條はその田川 昌生の様を、僅かに頭を下げた姿勢で見届けた。
そして席を立つと番席に向け、20度の角度で静かに頭を下げた。
そしてその儘、半眼に定まった厳粛な面持ちを覗かせつつ番席に鎮座した。
その後は新條が執行部本役の意見を聴く形で、
跡目継承式典の媒酌人など、式典の場を盛る人選に議題を進めた。
その一方で三代目侠仁会の武闘派筆頭格と黙される淀橋一門は、
水面下で自らの役割を果たそうとしていた。




第11章 素顔

9月30日
三代目俠仁会江角一家十三代目は、
幕末の一家名乗り以来、140年余りに渡る歴史を持つ。
安政二年(1855年)に発生した安政江戸地震の際、
城下の警備を自ら買った落武者、江角 丹助率いる、
江角警備隊が発展した老舗名門一門で有る。
進出範囲は都内に偏っていたものの、
主に関東地方や中部地方に勢力を張り、傘下約700人を抱えていた。
本部事務所は新宿区早稲田に構える。
仕事では名村 満が締めていた政財界御用達の会員制高級売春クラブ、K.S ANGELを筆頭に、
理事長、都島 光章が締める大手、順大手ゼネコン向けのコンサルタント会社、
共栄コンサルティングの経営、総長代行、澤尻 江之助が締める不動産整理事業、
そして其々の執行部本役、役付らが締める国内外の各種投機、
巨額投資のインサイダーなど、巨額の抜けを堅持した。
下は覚醒剤卸や助成金詐欺、中国人窃盗団への金庫売り、
繁華街からのカスリなど裏をも熟す。
白川一門同様に、上と下の格差が露呈していたものの、
年商700億以上とも囁かれる、三代目俠仁会屈指の金庫番で有る。
だが、名村 満の没後、江角一家十三代目は、
白川一家十二代目預かりの分に有った。
そんな渦中のこの日、千葉県佐原市の大型スーパー立体駐車場に、
一台の作業用ワゴンが停車していた。
車内には江角一家十三代目,神田興行会二代目、修善 正義と、
理事長補佐、犬山 虎児、そして幹事に役付いたばかりの紀野 輝明、
奥山 一生らが待機していた。
そして土方姿で自ら運転席に座る修善 正義は、
同様に土方姿で後部座席に座る3人へ、
渇き切った殺気を滲ませる口調で告げた。
   いいか?お前ら、これから人の消し方教えてやる。
  本当なら弥次郎の者を消すとこだが、
   先ずは鉾田からだ。
  その方が(江角一家理事長の)都島に取引が利くからな、、
  お前らは、ワシがの腹潰したら、
  荷台に詰め込んで、口に眠剤押し込めばいい。
  犬山、(紀野、奥山の)二人を逃がすなよ。
  それじゃ、行くぞ!
そしてブラインドガラスの入った作業用ワゴンが、
立体駐車場から勢い良く県道に降りる。
そして50kmの法定速度を守りながら、茨城県鉾田市へと向かった。
茨城県鉾田市は五代目嶺北会,鉾田初代が本部を構え、
獄中に有る総長、瀧澤 義満と総長代行、鉾田 常州男の出生地でも有る。

鉾田

同時に、鉾田市には鉾田初代幹事長補佐、末永 貴男率いる、
鉾田初代末永組も本部を構えていた。
そして修善らを乗せた作業用ワゴンは、県道沿いの末永組本部から、
約300m離れた賃貸駐車場に停車する。
バックミラーには、通り向かいのコンビニエンス・ストアーが映っていた。
そして修善 正義は、後部座席の犬山 虎児と運転席を代わり、
サイドドア側の後部座席に付いた。
すると、再び乾いた殺気を滲ませた口調で、
一同に最後の指示を飛ばす。
  一度しか言わんぞ。
  毎日、昼前に必ず、
  当番の若いモンが(先輩らの)煙草を溜め買いに来る。
   手順はさっき言った通りだ。
  紀野、お前に持たせたアイス(覚醒剤)のパケの様なブツはな、
  ロシア(陸軍)流れの液体眠剤だ。
  足手纏い(負傷兵)を安楽死させるブツでな、、
  飲ませれば一発で眠ってあの世行きだ。
  (眠剤を包む)オブラートもの唾で解けるから、
  喉へ押し込むだけでいいからな。
  ほんじゃ、お前ら、が来るまで土方に成っとれ。
そして約40分後、県道の側道からシルクグレーのアットリーニを着熟す、
末永組本部責任者、吉野 敏則が1人で姿を見せた。
修善はバックミラー越しの吉野を見詰め、胸躍らせる様に口開いた。
    ありゃ役付だな?
    その方がゴマカシが利くかも知れんな、、
  よし、お前ら、はあのガキだ。
吉野はコンビニ店内に入り、カウンターの店長と僅かな雑談を交わすと、
金は払わずに何かを受け取った。
そして店長に会釈しながら自動ドアを出ると、
再びガードレールの無い側道を、末永組本部の方向へと歩いて行った。
その様を見届けた修善は、無機質な殺気を帯びた口調で、
運転席の犬山に「出せ、、」と告げる。
そして犬山は静かにアクセルを踏み込み、県道へ出ると、
末永組本部へ戻る吉野を追った。
作業用ワゴンは吉野を追い抜いて50m程先の路肩で止まる。
そして筋骨逞しい修善は、3人に冗談めいたスマイルを飛ばすと、
車外へ降り、ワゴンのタイヤを点検し始めた。
そして末永組本部責任者、吉野 敏則がワゴン付近に歩いて来た瞬間、
修善は立ち上がり様に吉野の下腹部へ、
全腕間接を駆使した二発の鋭いパンチを入れた。
そして吉野が倒れ込むのを見計らう様に、神田興行会二代目幹事、
紀野 輝明、奥山 一生の両名が、勢い良くドアをスライドさせ、車外へと飛び出した。
そして紀野は、奥山が羽交い絞めにした吉野の口奥に、
拳に忍ばせたオブラートを、拳ごと捻じり込む。
紀野は吉野が昏倒した事を確認すると、胸ポケットから手拭いを取り出し、
吉野を羽交い絞めにする奥山の右手に掴ませた。
そして奥山は手拭いで吉野の口を塞ぎつつ、
吉野を羽交い絞めにしたまま、共にワゴンの荷台に乗り込む。
奥山は、昏睡した吉野の口を手拭いで塞ぎ続けた。
そして最後に修善もワゴンに飛び乗ると、
作業用ワゴンは、何事も無かったかの様に走り去った。





約2時間後、修善らが乗り込む作業用ワゴンは
資材廃棄様の黒ビニールに包まれた荷物を積み、
北関東方面に向けて県道を走っていた。
そして運転を犬山と交代した修善は、
胸ポケットから携帯を取り出すと、何処かへ連絡を飛ばした。
  社長さん?ワシだ。
  荷物が入ったから、また宜しく頼む。
  、、これで(貸し付けた)1600万チャラにしてやるんだから、
  構わん無いだろう?
   夕方にはそっち着くから、釜の仕度しといてくれ。
  、、ああ、1年365日点けっぱなしだったな、、
  じゃ、人払いも頼んだぞ。
修善は一方的に携帯を切ると、運転する神田興行会二代目,理事長補佐、
犬山 虎児に、群馬県新里村(現桐生市)に向かう事を告げる。
そして約1時間半後、修善らの作業用ワゴンは、
赤城山の裾野に構える、鉄鋼産廃の最終処分場に入った。
当たりは夕暮れが立ち込み、辺鄙な場所の最終処分場に人影は無かった。
犬山は、駐車場に入った作業用ワゴンを僅かに移動させ、
前方に見える事務所に向けてライトを点滅させる。
すると有限会社、あかぎクリーン・リサイクル社長、岩田 常吉が、
痩せ細った姿で事務所から急ぎ足で出て来た。
そして作業用ワゴンに向け、右手の溶鉱炉棟を指差しつつ軽く会釈していた。
その様を受け流すと、修善らは作業用ワゴンから降りた。
修善は荷台のドアをスライドさせると、
側に置いていたゴム手袋に右手を差し、荷物の状態を確認する。
傍らで佇む犬山、紀野ら3人も修善の作業を覗き込んだ。
そして修善は荷物の両手首から腕の付け根、
更には足首から両足の付け根に掛け、その硬さを確認しつつ、
犬山、紀野らに教える様に口開いた。
  秋口だから(気候で)もう乾いとると思ったが、
  まだ思ったより固まっとらんな、、
  昨日の台風で湿気が残っとるんかも知れん。
  もう少し乾かしてから火葬せんと2、3分長く燃さな行かん様になる。
  それだけ煙突に足(DNA)が残り易くなる訳だ。
そして死後硬直の状態を確認した修善は、
更に30分程度、荷物を乾かす事を犬山、紀野、奥山の3人に伝えた。





一方でその頃、鉾田初代末永組々長、末永 貴男は、
若い者を同伴し、土浦港の貸コンテナから戻ったばかりで有った。
そして留守を任せていた本部責任者、吉野 敏則の姿が見えない事に気付いた。
吉野の所在に気を揉んだ組長、末永 貴男は、
不機嫌な顔相に一変し、吉野と共に留守を任せていた
末永組事務局長、霧下 尚樹を問い質した。
  、、吉野は(コンビニチェーンの)地回りか?どこで何しとる?
末永組事務局長、霧下 尚樹は何処か呆気に取られた心境で末永に答えた。
   用事で外に出てますが。
  親父、お言葉ですが、この世界で同輩に(仕事の)用を訊くのは御法度な筈です。
  私は何も訊いてないのです。
末永は更に不機嫌な顔相に変わり、強い口調で霧下を問い質した。
  お前、自分の立場が分かっとらんな、、
  吉野の野郎、俺の(500万の)詰めから逃げとるから、
  (吉野が)飛ばん様にお前を付けとったんじゃぞ!
霧下は軽く弁明したが、末永は吉野に対する猜疑心に飲み込まれつつ、
その苛立ちを当たり散らすかの様に、霧下に絡み始めた。
  馬鹿垂れ!吉野の野郎、飛んだんに決まっとるが!
  出入りの頃と合わせて、これで二度目だぞ!
   大体、てめえが奴の(500万の)詰め待ってやれ、
  言ったから俺は待ったんだ。
  吉野が詰め(返済)蹴って、飛んだ(逃げた)云うんなら、
  お前が500万、詰めろや!
霧下は飽くまでも平常心を保ち、組長、末永 貴男に弁明した。
  親父、まだ飛んだと決まっとりませんが。
  それに私は待ってやれ、とは言ってませんよ。
  親父、自分の言った事、忘れられているのと違いますか?
末永は霧下の弁明を、更に激しい怒気で切り捨てた。
  おのれ、、誰に向かって物言っとるんじゃ!
  大体な、銭の貸し借り、忘れる馬鹿垂れが、
  この三千世界の何処におる!
  下らん事、抜かしとらんで、さっさと吉野連れ戻せや!
  戻せんかったら、お前、500万しょって破門だぞ!
  ボケっとしとらんで、はよ行けや、ほれ!
結局、鉾田初代末永組には、本部責任者、
吉野 敏則がわれた事に気付いた者はいなかった。
組長、末永 貴男も御多分に漏れず、
役付らに金を貸し付けては、役付らを好きな様に使っていた。
末永組では、そんな末永に嫌気が差した若頭、貫井 賢治と、
若頭補佐、島永 庄一が飛んだばかりで有った。
そして約1間後、修善らが吉野 敏則をった現場を目撃した
トラック運転手の通報を元に、鉾田西警察署の組対刑事らが末永組本部を訪れた。
そして三代目俠仁会傘下に依る返しと、末永らに依る逮捕監禁を視野に入れ、
事務所に詰めていた組長、末永 貴男以下4名が任意同行を求められたが、
吉野がわれた時間帯、末永らは土浦港の貸コンテナを覗いていた。
組対刑事から軽く任意同行の経緯を聴かされた末永は、その事に首を傾げた。
だが、貸コンテナで取引用の覚醒剤と道具の状態を確認していただけに、
アリバイ作りに困窮した末永は唯、押し黙るしか出来なかった。
結局、末永らは任意同行に応じ、捜査車両のワゴンで鉾田西警察署に向かう。
一方でその頃、末永から吉野の連れ戻しを念押しされた事務局長、霧下 尚樹は、
吉野を探すフリをしつつ、密かに愛人の経営するスナックで仮眠を取っていた。





その頃、江角一家十三代目神田興行会二代目、修善 正義は、
ワゴンの運転席に犬山 虎児を待機させ、紀野 輝明、奥山 一生と共に、
2m四方のトンネル型口形を開く、鉄材溶鉱炉を見詰めていた。
炉底には2000℃以上の溶解した鉄が溶岩の様に煮えたぎっていた。
そして修善は神田興行会二代目幹事、紀野 輝明、奥山 一生の両名に告げた。
   ほら、ボケっとしとらんで、早く仏さん、火葬したれ。
  ワシら、儒教に生きるモンなんだから、仏さん無碍にしたら行かん。
紀野、奥山の両名は、唖然とした心境で修善に目をやりつつ、軽く頭を下げた。
そして修善に指示された通り、2人は黒ビニールの両端を持ち上げると、
溶鉱炉から3m程の間合いを取る。
そして振り子の様な反動を付けて、勢い良く荷物を溶鉱炉に投げ込んだ。

釜

すると溶鉱炉内から「パシャシャーー」と云う異様な音と共に、
黒々しい煙が溢れ出す様に吹き出した。
修善は「ビニールも燃えとるから、成るべく空気吸うな」と告げつつ、
その空気から鼻を背ける様に、煙に掻き消された溶鉱炉に背を向けた。
そして足ポケットから、茶褐色の数珠を取り出し、
静かに目を瞑り、手を合わた。
そして紀野、奥山らも、修善を真似る様に
溶鉱炉に背を向けて手を合わせた。
約2分後、発火音が鎮まると、修善は目を瞑り、
手を合わせた姿勢の儘、再び紀野、奥山に静かな口調で語り掛けた。
  この(処分場の有る)赤城山ってのはな、
  昔、国定 忠治って云う侠客が身を伏せとった事で知られとる。
  群馬ってのは任侠発祥の地だからな、、
  親分取られて道具でカチ合う(抗争)のもええ。
  だがな、ワシらも任侠で通す稼業モンじゃ。
  ブッ放して街中でカチ合ったら、
  カタギさん巻き込む事も有るんじゃ。
  (関)西でそんなが有ったろう?
  だがな、こうしてを攫ってせば、街には音一つ鳴らん。
  足(証拠)も消せば事件にすら成らんわな。
  カタギさんにも迷惑掛けんで済む。
  お前らもいいか?仁侠ってモンは、
  こうやって通す事、忘れたら行かんぞ。
紀野と奥山は、平成のヤクザ社会に生けながら、
不思議と聴きなれぬ「仁侠」と云う言葉に首を傾げた。
同時に正論とも与太話とも付かぬ修善の教えにも、
酩酊する様な困惑を抱いていた。
溶鉱炉棟に暫しの異様な沈黙が流れる。
そして溶鉱炉に荷物を投げ込んだ約5分後、
修善は音の消えた溶鉱炉に身を返した。
紀野らも修善に習う様に身を返すと、修善が再び口開いた。
   ほれ、荷物、消えとるだろう?
   これで、5日もサツに嗅ぎ付かれなければ、
  煙突から足も消えるわな。
  ワシらが鉾田からケジメ取った事も、
  人の云うんが、勝手に広めてくれる物だ。
  今は、でハジいた殺人で25年は塀の中だが、
  荷物も足も消えりゃ、ワシらこれまで通り、
  酒だ女だ食らって人生楽しめる云う訳だ。
  一度しか無い人生じゃ。
  人生楽しまにゃ、仏も拝めん。
  解かるか?お前ら。
修善の話が鎮まると、紀野と奥山は更なる酩酊で、
昏倒する様な錯覚さえ憶えた。
そして堪らずに紀野が呆気を滲ませた顔相で口開いた。
   親父、私ら親父の言いたい事、解かってます。
  もう、何も言わんで下さい。
紀野の意見に神田興行会二代目、修善 正義は
僅かな苦笑い浮かべると、再び身を溶鉱炉に返し、
その心中で紀野らの佇みに想いを廻らせた。
  こいつら、自分が何をやったのか、まだ実感は湧いとらん。
  だが寝れば、(夢の中で)ワシが見た地獄、こいつらも見るんじゃ。
  3人目の時なんざ、間違って(本妻の)由里子を釜で焼いとった、、
  あの叫び声、死ぬまで忘れんだろうな、、
  お陰で外の女と寝れん様になっちまった。
  (クラブで)少しでもいい女に色気出そうモンなら、その度にあの叫び声だ。
修善もこの2年前、同門の久良岐八代目幹事長、浜邊 博志を
始末するまでは、9人の愛人を飼う程の猛者で通っていた。
同時に執行部会合で場が重く成った際、妙な与太話を吹いては
場を和ませようとする癖も有った。
そしてこの時の経験を絡め、「人をって逃げ通せば刑は食らわんが、
3人目で心は(死刑を)食らう」と吹いた事も有った。





が済んだ修善 正義らは、溶鉱炉棟から事務所の有る駐車場へと出る。
そして修善は運転席に残した犬山と共に、
紀野、奥山にも作業用ワゴンで待つ事を指示する。
修善は「あかぎクリーン・リサイクル」と云う、
錆び掛かった看板が掲げられた事務所へ歩いて行った。
そして事務所のドアに着くと、インターホンを間隔良く4回鳴らす。
すると社長、岩田 常吉が事務所二階、社長室の窓から顔を出した。
そして修善へドアに鍵は掛かっていない事を伝えると、
事務所に入る様にと、ドアを指差しつつ手招きした。
事務所に入った修善は、薄汚れた応接間のソファーに深々と持たれ掛かった。
そして社長の岩田 常吉に、何処か冷徹な口調で指示した。
   社長さんな、領収書頼む。
  いや、俺が持って来た書面に指紋落とせば終いだ。
  それとコイツにも署名してくれ。
修善は足ポケットから四ッ折にした書面を取り出すと、
社長、岩田側に成る様にテーブル上へ置いた。
書面にはこの様な誓約文が刻まれていた。
  乙は甲の作業の一切を頭から消し、
  如何なる理由有れど、一切の他言をせぬ事を誓います。
  万が一、乙が誓約に反した場合、
  甲の白紙委任状に従う事を、ここに誓約致します。
文面を読んだ社長、岩田は何処か慣れた苦笑いを浮かべつつも、
やはり狼狽の顔相は隠せなかった。
そして岩田は赤い朱肉に親指を付け、誓約書に指紋を落とす。
修善はその様を見届けると、宥める様な気風で口開いた。
   これでお宅に貸付けとる1600万はチャラだ。
  今は鉄鋼産廃も(サツに)睨まれとってな、、
  社長さんが誓約を通しさえすれば、これっ切りのお別れって訳だ。
  じゃ、コイツ(白紙委任状)にも署名してくれ。
岩田 常吉は、ボールペンで白紙委任状に署名すると、修善に口先早く釈明した。
   修善さん、私がこの、人に話せる訳ないでしょう?
  これで5回目ですか?(人に言って)警察来たら、
  私まで死刑に成ってしまうじゃないですか?
修善は社長、岩田の面持ちに確信を得ると、
再び諭す様な口調で答えた。
   いや、これはワシらの世界のケジメでしてね、
   社長さんが漏らさない事くらい、ワシも解かっとります。
  漏らしても荷物は消えてんですから、
  せいぜい、聴取受けて、ワシも社長さんも証拠不十分って所でしょう?
   ですが、今は死体なき刑罰ってのも、十分に有り得ますから、
  社長さんも他言無用だけは心掛けて下さい。
  では、色々と世話に成りましたね、、
   お互い冥土の土産だけは大切にしましょうや。
修善は書類を手に持ちつつ、そう言い放つと、
事務所の階段を下りて、ワゴンが待つ駐車場へ戻って行った。
辺りは更なる夕闇に包まれ、ワゴンのヘッドライトだけが蛍の様に、
赤城の裾野を舞い降りて行った。




10月8日
修善らに本部責任者、吉野 敏則をわれた鉾田初代末永組々長、末永 貴男らは、
俠仁会抗争に絡み、任意同行された鉾田西警察署から千葉県警に移送されていた。
調べは昼夜を問わない過酷な辛酸さを極めた。
そしてついに極度の睡魔に屈した末永組幹事、冨野 保志が
司法取引に嵌められた結果、末永組々長、末永 貴男の指示に依り、
土浦港の貸コンテナで覚醒剤と拳銃を管理していた事を供述した。
その供述を元に千葉県警組織犯罪対策五課が
土浦港の貸コンテナを捜索した結果、
10月4日に成り、鉾田初代末永組々長、末永 貴男以下3名が銃刀法違反で逮捕される。
7日には末永組幹事、冨野 保志を含む4人が、
覚醒剤取締法違反容疑で再逮捕された。
これを受けた鉾田初代本部は翌10月8日、
9月27日付けで鉾田初代末永組々長、末永 貴男を破門とした。
一方で同日夜、末永らが任意同行された際、
愛人の経営するスナックで仮眠を取っていた末永組事務局長、霧下 尚樹と
組織委員長、若尾 虎が、鉾田初代総務委員長、楢川 常太郎から呼び出しを受ける。
そして鉾田初代本部にて鉾田 常州男も交え、
末永組事務局長、霧下 尚樹が末永組の地盤を継ぐ方向で話が進められる。
偶然の悪戯とは云え、「急がず間を置け」を信条とする
霧下 尚樹、此処に一本立ちの途に就く。





第10章 継承

10月22日、大安吉日
沈黙を保っていた淀橋一家八代目も躍動を期す。
この日、群馬県伊香保温泉の鈴屋旅館を貸し切る形で、
淀橋一家九代目継承式典が挙行された。
九代目を継承するのは当代、田川 昌生が指名した、
淀橋睦会二代目、新條 清忠で有る。
取持人は三代目俠仁会々長、石田 六朗が、
特別推薦人は三代目俠仁会,文権治一家十代目相談役、姫島 青五郎が務める。
媒酌人は福島県郡山市の老舗的屋一門、
伊勢野屋分家寺岡十代目、愛智 松広が勤め、
特別検分役は寺岡十代目庭貸総代、越 絵之助が勤める。
継承式典には三代目侠仁会の執行部本役を初め、五代目嶺北会や
七代目笹川組からも多くの執行部役付らが来賓した。
同時に静岡市の五代目遠将会や、仙台市の八代目田尻一家など、
三代目俠仁会とは親戚に当たる代紋からも多数の来賓者が訪れる。
式典場には来賓者らが醸し出す、何処か見え透いた義理気風が立ち込めていたものの、
返ってその気風が、淀橋一門の着座する割席に覚悟漲る威圧感を与えていた。
そして媒酌人、愛智 松広に依り、
伊勢野屋分家,寺岡流に則った媒酌祈祷が捧げられる。
その媒酌祈祷を前に、何処か黄昏に満ちた眼差しを覗かせる当代、田川 昌生と、
瞑想するかの面持ちを覗かせる新條 清忠が、対峙しつつ黙座していた。
そして媒酌人、愛智 松広に依る、継承口上が唱題されると、
田川 昌生と新條 清忠の間に特別検分役、越 絵之助が、
媒酌膳を繊細な手作で一度、又一度と小さく置き浮かせつつ、
厳粛な所作で当座に置いた。
だが、特別検分役の越 絵之助は、事前に新條からの申し立てに依り、
盃検分はせずに継承膳を媒酌人、愛智 松広に委ねた。
そして愛智 松五郎が、腹試しの口上を両者に捧げると、
当代、田川 昌生が、媒酌膳から盃を音を立てずに手にした。
そして東北の銘酒、葵草が八分目まで注がれた盃に、
静粛で有れど、何かを託すかの様な面持ちで口を付ける。
そして当代、田川 昌生は再び盃を媒酌膳へと静かに置いた。
すると媒酌人、愛智 松広は、盃が継承盃に相成ったと云う
口上を新條 清忠へ告げる。
そして新條 清忠は、変わらぬ瞑想するかの面持ちで、
口返しはせず、継承盃を一気に飲み干した。
その瞬間、新條 清忠は、愛智 松五郎の口上と共に、
晴れて淀橋一家当代と成る。
新條 清忠、若干53歳での淀橋一家九代目継承で有った。
そして羽織姿で背筋を伸ばす新條 清忠の姿を、
江角一家十三代目,鳳旭会二代目会長、砺波 宍道は聢と見定めつつ、
その心中で一つの決意を誓っていた。




第9章 決別

10月26日
だが、そんな侠道界の祝典を嘲笑うかの如く、
その水面下では、大きな動きが起ころうとしていた。
この日、東京都三鷹市の元自由共和党選対委員長、羽場 俊三の顧問弁護士、
向井 賢治の第二事務所にて、2人のヤメ検弁護士が用談を交わしていた。

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そして事務席に座する向井 賢治を前に、
三代目侠仁会理事長、梅地 芳雅の顧問弁護士、成谷 悦治が提案した。
   まず、梅地さんの意向としましては、亡くなられた名村さんの未返済額分、
  430億2000万の貸借権を破棄する条件として、
  江角(一家)さんを、梅地さんが預かると云う事です。
  名村さんが亡くなり、江角さん資金の流れが止まっているそうですが、
    そこから生じる損失額を埋める為にも、
  一時的では有れ、白川に預かって貰うのが賢明な筈です。
  430億、明日にでも全額決済出来ますか?出来ないでしょう?
  なら、そう云う事です。
憤懣を滾らせた江角一家十三代目総長代行、澤尻 江之助の顧問弁護士、
貝塚 恭司は僅かな間を置くと、堰を切った様に成谷を問い質した。
    、、その負債額の内、220億ですが、
  これは江角が手掛けていた品川の再開発事業に
  梅地さんが横槍を入れたからでしょう?
  既に四割の整理が付いた所にです。
  手掛けていた区画整理で、当初程の見込み益が望めない事を
  梅地さんが見越し、国土管理省の諸柿先生に相談を持ち掛け、
  代換えの区画整理を用意させた事も掴んでいます。
  それを代行の澤尻さんに何の相談も事なく、
  串ノ屋さんの甲村さんに引き継がせた事もです。
  所で貝塚さん、江角が振り出した日本都市開発機構への(贈賄50億の)約束手形、
    池田地所への(仲介代50億の)手形ですが、それを串ノ屋さんの河野さんが
  130億で落としていた(決済した)事は御存知ですか?
  お言葉ですが、河野さんではとても用意出来る金額では有りません。
  元々、品川の再開発事業の話を、
  代行の澤尻さんに持ち掛けたのは梅地さんなんですがね、、
  江角だけで600億余りの(整理)事業でしたから、代行の澤尻さんも話を聞いたのです。
  上が下を食うと云うのは、あの世界の常ですが、これでは余りにも横暴でしょう?
    名村さんも生前、んでも払わん、って言っておられましたよ。
成谷はやや重い口調で、貝塚の問いの流れに話を乗せた。
    ですが名村さん、遺言書は残しておりませんね?
  どちらにせよ、これは梅地さんの厳命なのですから、
  澤尻さんも応じる他無いのです。
  要は強い物が生き残って、弱い者が食われるのは、
  政治もあの世界も同じと云う事です。
貝塚は苦々しい面持ちで、微妙に顔を俯かせつつ、一瞬の沈黙を保った。
そして成谷の眼光を直視すると、貝塚も重々しい口調で確認した。
   、、事情は分かりますが、これは澤尻さんも存じての事ですか?
   江角にも色々な考えの方の人がおりますから。
すると成谷は、何処か妖気すら漂わせる面持ちで、嘲笑うかの様に答えた。
 いえね、澤尻さんにしても、(理事長の)都島さんにしても、
   何か断れぬ事情が有るとか。
 あの社会の座布団も、梅地さんの方が遥かに格上ですし、
   次代の侠仁会を担うとも云われる、お方なのです。
   あなたが想い悩まなくとも、澤尻さんらは応じる他無いのですよ?
その後も両者は、幾つかの要点を確認し合っていた。
そして夕刻の斜陽が、夜の暗闇に堕ちた頃、2人は人目を忍ぶ様に、
会社帰りのサラリーマンを装いつつ、夜の闇に溶け込んで行った。
そして元自由共和党選対委員長、羽場 俊三の顧問弁護士、向井 賢治は、
その様相を見届けると、和風装飾が施された固定電話から何処かへと連絡を入れた。




10月29日午後7時
この日、新宿区早稲田の三代目俠仁会,白川一家十二代目預かり、
江角一家十三代目本部にて臨時執行部会が催される。
議題は江角一門の今後を決す、重大な事柄だった。
応接間には、漆塗りが施された議事台を
番席から見詰め続ける総長代行、澤尻 江之助の姿が有った。
同時に筆頭席に座する理事長、都島 光章の向かいには、
白川一家十二代目理事長、三枝 朋良が、
澤尻と都島の腹を見定めるかの如く、鋭い眼光で鎮座していた。
そして執行部一統を前に江角一家十三代目総長代行、
澤尻 江之助が、憔悴し切った面持ちで告げた。
  皆も知っていると思うが、
   江角は、白川(の傘下)に入る。
  各自、想う所多々有るだろうが、
  江角存続の為、ここは耐え忍んで欲しい。
その瞬間、幹事長補佐、砺波 宍道が列席から立ち上がった。
続け様に運営委員長、修善 正義、
常任顧問、唐津 幸秀も勢い良く立ち上がる。
幹事長補佐、砺波 宍道は執行部一統を前に、
挑戦的な眼光で口火を切った。
  では私、砺波以下三名は、本日を以って、
  江角と袂を分かさせて頂きます。
  もう、私らも、事の顛末を或る程度は読んでるんですよ。
  この侠道を冒涜する薄汚い絵図を受け入れ、
  白川に下ると云う事は、無念なを遂げられた
  名村親分への恩を、仇で返すも同然、
  少なくとも我々は、そこまでは落魄れとらんので。
総長代行、澤尻 江之助は唯、諦め混じりの眼差しで、
砺波らを見詰めるだけだった。
連なる修善 正義の姿に一瞬、震え上がった執行部役付もいたが、
大方の執行部役付は、その心中で欺瞞に満ちた笑みを浮かべていた。
  厄介者が勝手に去るか、、
  時代遅れの仁侠崩れより、問題は名村が残した、
  デカいコネを誰が引き継ぐかだ。
  跡目はともかく、白川の役(付)次第では、、
淀んだ空気が立ち込め始めた応接間に、
総長代行、澤尻 江之助の掠れた声が弱々しく木霊した。
   分かった、、
  だが、代紋を割る事は堪えてくれ、、
   いいな、これ以上、ワシを困らせるな。
通常、執行部役付が一門を割って出る事は破門、絶縁に値する御法度だが、
理事長、都島 光章を筆頭とする執行部一統からも、何ら異論は出なかった。
三代目俠仁会屈指の経済派で通す江角一門の中で、
殺傷事の絶えぬ、砺波 宍道率いる鳳旭会二代目や、
唐津 光喜率いる唐津初代は、仕事の邪魔者として、
多くの執行部役付から忌み嫌われていた。
政財界や警察機関の後盾は有れど、桜田門にも派閥争いが絶えず、
警察対策の為にも両者の家名割りは、
多くの執行部役付に取っても好都合だったのだ。
江角一門有数の始末屋とも囁かれた神田興行会二代目、修善 正義に到っては、
多くの執行部役付から、生ける死刑囚と忌嫌されていた。
だが、そんな執行部役付にも自らの手を汚さず、
仕事絡みの口止めを1億、2億の金で修善 正義らに任せた者も少なく無かった。
そんな経緯も有り、秘密を握る修善 正義の脱退に、
一瞬、恐れ慄いた執行部役付もいたが、
やはり応接間を包み込む、数の意気には抗えなかった。
そしてこの臨時執行部会の場で、白川一家十二代目が突き付けた、
盃直しを受け入れる決定が下される。
同時にその流れから、江角一門の跡目継承に関する議題も浮上した。
そして三代目俠仁会理事長、梅地 芳雅の推挙も有り、
跡目を理事長、都島 光章が継承する方向で、
執行部本役らの条件調整が図られた。
そして約2時間の審議を費やした結果、
江角一家十四代目を理事長、都島 光章が継承する事が内定する。
一方で翌30日、この状況を受け、淀橋一家九代目、新條 清忠の意を受けた
守田睦二代目、金森 龍嘉と淀橋睦会二代目代行、稲葉 滋が、
密かに修善 正義の邸宅を訪れた。




11月2日
当日付けで、砺波 宍道率いる鳳旭会二代目と、
唐津 光喜率いる唐津初代、そして修善 正義率いる
神田興行会二代目の三社が、淀橋一家九代目に移籍した。
砺波、唐津、修善の三者は、既に淀橋一家九代目本部の大広間にて、
未明に淀橋一家九代目、新條 清忠から子の盃を受けていた。
この盃事は、三代目俠仁会理事長、梅地 芳雅には
無断で行われた、正に電光石火の盃事だった。
これに依り、淀橋一家九代目は傘下約1500人を抱える、
三代目俠仁会最大傘下一門の座を確固たる物とする。
新條 清忠は、梅地に何の相談も無く行われた、
この盃事に絶大なる確信を持っていた。
例え梅地が新條を除籍処分に処しても、
新條 清忠、延いては淀橋一家九代目と意を同する、
多くの武闘派一門も、共に三代目俠仁会を割って出る事を見越していたのだ。
この頃、新條 清忠は東金に関する決定的な物証を得ていた。
その好機を逃さぬ新條 清忠の先手必勝の策だった。
そして当日夕方、新宿区四谷の淀橋一家九代目本部に、
理事長、梅地 芳雅から連絡が入る。
そして三代目俠仁会々長、石田 六郎の承認に依り、
梅地 芳雅も、この盃事を承認する旨を新條 清忠に伝えた。
既に率いる白川一家十二代目も、江角一門を吸収した事で、
傘下約1200人を抱えるに到っていた。
その背景から淀橋一門同様に、政財界や警察機関を後盾とする、
梅地 芳雅には、淀橋一門の盃事に然程の脅威は見出さなかった。
この頃の梅地は、自身の立場に傲り高ぶる余り、
後盾の派閥趨勢を見定める術を怠っていた。
そしてこの盃事を境に、三代目俠仁会の主流梅地派と、
淀橋派の対立軸が鮮明に浮かび上がる。
同時にこの転機を好機と見定めた、
淀橋一家九代目武守連合初代、武守 一力が中心と成る形で、
ついに的取りに絞った江角一家先代、名村 満、
拝島一家初代、城崎 玄の返しが算段される。
三代目俠仁会屈指の金庫番たる江角一家十三代目には、
警視庁公安部一、二課や外事二課など、警察機関との互助関係を維持する為、
表立った抗争は避ける体質が有った。

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そしてそんな江角一家十三代目に代わり、淀橋一家九代目が返しを取る事で、
江角一家十三代目に多大なる貸しを作る事も狙いの一つだった。
同時に其処には、江角一家十三代目と梅地 芳雅率いる、
白川一家十二代目を分断する狙いも少なからず潜み、
仕事面では、江角一家十三代目の共栄コンサルティングを介した、
大手ゼネコンや、その下請けの守りに食い込む算段を立てる者も少なく無かった。
だが、淀橋一家九代目を突き動かす衝動は、有る重大な憶測に源を成したのだ。
新條が物証を得たのと呼応する様に、
この頃、俠仁会内部で真偽不明の怪文書が流れていた。
拝島一家初代、城崎 玄の射殺は誤射殺で有り、
真のは淀橋一家先代、田川 昌生で有ったと云う物だった。





淀橋一門に連なった鳳旭会二代目率いる砺波 宍道と、
唐津初代率いる唐津 光喜が、淀橋一家九代目本部を後にすると、
神田興行会二代目、修善 正義の1人が、新條から残る様にと指示された。
新條は総長室から総長室長や総長付らを人払いしつつ、
修善と向かい合う形で、総長室の応接ソファーに鎮座した。
そして新條はスーツの胸ポケットから、
無駄の無い手捌きで皮製の名刺入れを取り出した。
クロコダイル皮革の名刺入れ左襞には、白紙の名刺用紙が数枚入っていた。
そして新條は白紙の名刺用紙をテーブル上に置くと、
滑らかな手並みで名刺用紙に万年筆を落としていた。
新條は名刺用紙を上下逆に直すと、修善の前へテーブル上を滑らせた。
  (東金で襲撃した)弥次郎の笠井を口止めしたのは、
    あなたに間違い有りませんね?
    指示したのは(江角、)澤尻代行ですか?
    都島理事長ですか?
  答えられる範囲内で結構ですよ。
修善が名刺用紙に目を通す間に、新條は名刺用紙三枚を修善側に滑らせた。
そして修善も名刺用紙に何かを書き殴ると、新條側へ滑らせる。
    私に間違い有りません。
    指示したのは澤尻代行、都島理事長の両名です。
  ただ、澤尻代行は都島に動かされていた雰囲気が有りました。
  都島も都島で、妙に落ち着きが有りませんでしたから、
  誰かから持ち込まれた、頼まれただったのではないでしょうか?
  串ノ屋の河野が、江角を逃げられん様にしてやったと、
  吹いていた云う話も有りますが、
  まだ確かな事は良く解からないのです。
新條はその彫り深い顔相に僅かな暗闇を携え、
修善に名刺用紙を滑らせた。
  東金の件ですが、田川先代もにされていた事はご存知ですね?
  あの怪文書、田川先代から相談を受け、私が流した物なのです。
  田川先代の腹は、私にも解かり兼ねますがね。
修善は名刺用紙を一見した瞬間、腹を読ませぬ無表情な顔相に一変した。
そして注意深くボールペンを落とすと、名刺用紙を新條側へ滑らせた。
  存じ上げ難いのですが、私も(怪文書以前から)田川先代だったと睨んでいます。
    串ノ屋の甲村先代だったと云う話も流れてますが、
  少なくとも江角にいた者なら、そう睨むはずです。
新條は名刺用紙に目を通すと、一瞬、修善の眼差しに鋭利な眼光を向け、
その天賦の感気で修善の腹を探った。
そして再び僅かな笑みを携えた眼光に戻ると、万年筆を落とし、修善側に滑らせた。
  最後に一つだけ訊きたい事が有ります。
  名村対策長と城崎事務局長の会葬の際、
    桜田門に情報を流したのは、都島理事長ですね?
修善は読み終えると、素早い手捌きで名刺用紙に書き殴り、
新條側に名刺用紙を滑らせた。
    私が都島理事長の指示で流しました。
  名村の親父は(警視庁)公安部連中にデカいコネが有りましたからね。
  都島も名村の親父とは色々有りましたが、
  結局は良心の呵責が、って所じゃないでしょうか?
    あの人は少し優柔不断な所が有りましたからね。
名刺用紙に目を通した新條は、鋭い笑みを認めつつ頷いた。
そして夕刻の斜陽が差し込む網ガラスを見詰めながら、
遠くを見通す様な眼差しで修善に口開いた。
    一体、今の俠仁に何が起こってるんでしょうね、、
  諸先輩方も、戦後、私らの世界と政治が繋がってから、
  な事ばかり起こると言っておられました。
そして修善もその心中で同感しつつ、新條が見詰める、
夕刻の斜陽を無言で見詰め続けていた。




11月9日
そんな矢先、三代目俠仁会にも大きな転機が訪れる。
この日、召集が掛かった臨時執行部会の場にて、
三代目俠仁会々長、石田 六郎が、
跡目を理事長、梅地 芳雅に譲る旨を執行部一統に告げた。
石田 六郎の突如たる跡目指名に、大広間には一瞬、騒めきが起こった。
だが、この指名を前にして、一番最初に口を開いたのが
三代目俠仁会副本部長、新條 清忠だった。
そして新條 清忠は、確信に満ちた眼光を携え、一言だけ告げた。
   理事長、おめでとうございます。
この意外とも読める新條の祝言に、淀橋派の執行部役付らは、
腹に秘める憶測も手伝い、瞬時に新條の祝言の眞意を悟った。
そして淀橋一家九代目では、新條の先輩格に当たる、
三代目俠仁会常任顧問、戸塚 三津永も、
応接間の執行部一統に向けて口開いた。
   私も現状の俠仁を鑑みれば、理事長が適任かと思います。
  何よりも親分が指名したのですから、
   従うのが私ら、子の勤めでしょう?
淀橋派の反応を見定めた会長、石田 六郎は、
達観とも読める、薄い笑みをその面持ちに認ためていた。
同時に淀橋・梅地派から微妙な距離を置く、
三代目俠仁会会長室長、多野 郁野洲も執行部一統に向けて促す。
   私も概ねでは戸塚顧問の意見に賛同です。
  ですが、腹に含んどる物が有るなら、割るのは今の内では?
だが、大広間は無言の沈黙に包まれるだけだった。
同時に此処に到るまでに理事長、梅地の姓を口にした者は1人も居なかった。
そしてこの事柄も見定め、執行部一統の意に
確信を得た会長、石田 六郎が豪胆な口調で告げた。
  ワシもこの渡世に生きて、じきに60年に成るが、
  こんな纏まりのいい寄合は初めてだ。
  これでワシの渡世は終わった、、
  後はお前ら、時代を担う風雲児が、
   俠仁の歴史を作る、侠漢だと云う事を自覚せんと行かん。
  式典の日取りも小松の助言を仰いで、
  みんなが納得する形で決めて欲しい。
  理事長、ここからが渡世の正念場だぞ。
  頑張れよ。
会長、石田 六郎も理事長、梅地を姓で呼ぶ事は無かった。
同時にこの梅地 芳雅に対する励言にも、有る暗黙の意が込められていた。
そして石田 六郎は会長付と共に会長室へ戻ると、
即座に五代目嶺北会々長、太田 政志に連絡を入れた。
そして石田から弥次郎十六代目、三崎 誠造の処分に対する激が飛んだ。
これ以上、処分を伸ばすなら、石田の分名で太田に義絶状を突き付けると云う、
認否を与えぬ強烈な激で有った。
そして半ば石田 六郎の気迫に圧倒される形で、太田は石田の要件を承諾した。
これを受け、当日付けで太田 政志は弥次郎十六代目、三崎 誠造に、
絶縁・関東所払いの処分を下す。
太田から絶縁の報を受けた三崎 誠造は、覚悟漲る形相で太田に告げた。
  、、承知しました。
   ですがね、弥次郎はが割れるまで、(一本)独鈷で通しますから、
   太田さん、お互い代紋頭として仲良くしましょうや、、
その意気を悟った太田は、宥める様な口調で、三崎に告げた。
   三崎、お前の気持ちは解かっている。
   この件で嶺北は動かさん。
   信じろ、とは言わんが一応、そう云う事だ。
三崎は太田からの返答に僅かな沈黙を保つと、無言で電話を切った。
そして即座に弥次郎十六代目全傘下に待機命令を通達する。
一方で俠仁会四代目継承式典は、淀橋一門の動きを見据える、
会長、石田 六郎の提唱に依り、僅か五日後の11月14日に催された。
式典場は三代目俠仁会の内部対立を睨む、警察機関を交わす為、
群馬県の秘湯、川場温泉の灯郷旅館にて挙行される。
関係各位に義理回状も回らぬ、前例の無い突如の四代目継承式典だった。
だが、突如とは云え、七代目笹川組若頭、兼崎 増代を筆頭とする、
笹川組執行部本役や、太田 政志を筆頭とする嶺北会執行部本役の数人は来賓した。
だが、親戚筋や一本独鈷の代紋からは、執行部役付の欠席者が相次ぐ。
其処には五代目嶺北会々長、太田 政志と同様に、
俠仁会四代目新会長、梅地 芳雅の企業家肌を、何処か安く見る気風も孕んでいた。
そしてこの四代目継承式典の場で、浦和新崎一家六代目、堀口 公信を若者代表とし、
新会長、梅地 芳雅との盃直しも行われる。
そして11月20日には、梅地の侠仁会四代目就任に依り、
空席と成っていた白川一家十三代目を本部長、梅地 匡道が継承した。
梅地 匡道は会長、梅地 芳雅の実弟で有り、
理事長時代の梅地 芳雅に月5億を納めると云う逸話は、
関東の業界でも広く知れ渡っていた。
それだけに梅地 匡道、若干49歳での十三代目継承には、
白川一門に生ける侠からも「金で椅子買った」、「梅地王国」と云う不満が渦巻いた。
特に白川一家十二代目理事長、三枝 朋良は、
梅地 芳雅から跡目の話を振られていただけに、
梅地 匡道の十三代目継承を、梅地の裏切りと見做した。
だが、梅地 匡道が渡世入りした際、率先して叩き直したのも三枝 朋良で有った。
そんな経緯も手伝い、三枝 朋良と梅地 匡道は互いに気心の知れた仲でも有った。
同時に、梅地 匡道には淀橋一門は勿論、七代目笹川組の武闘派傘下とも、
掛け合いで渡り合って来た豪胆さが有り、
三枝 朋良はそんな梅地 匡道を高く買っていた。
そして同輩の梅地 芳雅を見限り、若輩の梅地 匡道を支える道を決す事で、
白川一家十二代目理事長、三枝 朋良の腹は鎮まって行った。
そして時が経つに連れ、執行部人事での的確な人事適配力や、
経済派で有りながら、何処か富を斜に構えて見る姿勢も買われ、
梅地 匡道に対する不満は潜在化した。
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人脅なくして任侠あらず





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済嘉 光政



抜粋書籍:現代ヤクザのシノギ方
著者:夏原 武氏
発行元:宝島社
発刊:200X年9月

この書籍は私がヤクザ社会入り前に参考とした物の一つだ。
そして家紋外しとして現在に至った今、私の実感も兼ねて検証する。
又、内容が一部デッチ上げの可能性も捨て切れないが、その点も断っておく。
何れにしてもそれ成りに実像に近い物を抜粋した。
因みに私に取って一番参考に成ったのは、
ハッキングや“株付けの手口”が記述された書籍だろう。
だが、やはり経験に勝る教訓など何一つ無かったと云うのが私の実感だ。





取材者:夏原 武 

ヤクザは金でされた!!

元関東広域組織幹部:バブルは酷かった。
チンピラが億単位の金を持ち、誰も彼もが頭の中は金儲けだけ。
そりゃ、金の嫌いな人間はいないからそうなってしまうのも、ある程度は仕方がない。
だがな、あんなに簡単に億単位の金が動いちゃいけない。
誰だって狂っちまう。
全てはバブルの頃から変わって来た。
たくさん金を持ってくる若衆がいい若衆となったんだ。
親父(親分)も同じだった。
何かと金を届けて、愛想の一つも言える若衆の方が親父は可愛くなったんだよ。
「親父、金のロレックスです」と渡されると「あいつ、わかってるんだな」
と親父は喜んでたんだから情けない。
ヤクザが金を必要とするのは、食う為だけじゃない。
組織間の抗争ともなれば、シノギ(仕事、抜け)が無くなる。
大きく金が入ればその内の何割かは、
いざという時(抗争、同業からの借り入れ利息分など)に取っておかなきゃならない。
だがな、ああやってアブク銭がドカンと入るとダメなんだ。
その金で更に儲けようとしてしまう。
金儲けの為に金儲けをする様になっちまうんだ。

金

元関東広域組織幹部:だから言うんだよ、そんならカタギになればいいじゃないかってな。
ヤクザである理由も必要性も全くない。
どんな組織でも代替わりが起きるじゃないか?
トップが引退する、その下には数人の跡目候補がいるよな。
誰が、選ばれるかは大きな問題だよ。
小さな組では若頭(次首領)が跡目を継いで終わりかもしれない。
大きくなれば若頭補佐にだって継承権は出て来る。
しかし、そこで選ばれる理由が“金”だったらどうなる?
金を持ってるかどうか?金儲けが上手いかどうかで決められたら、
どうなると思う?かなわんよ。
そんな人間を親として担げるか!!
あいつを親と担ぐくらいなら、俺はカタギになるよってな。

斉嘉 東政:名誉有る侠の穢れが滲み出ている。
私はこの様な侠こそ本物のヤクザだと想える。
良い意味でも悪い意味でもだ。
だが、今のヤクザ社会は“武装”総合企業と言える組織体質に移行しつつ有るだろう。
ヤクザ社会の企業化は今に始まった事では無いが、
今度は企業その物に成ろうとする風潮が有るのだ。
旧態依然の放任的な組織体質では何れ市民社会と連動出来なく成る。
確実的な仕事を堅持する為なら依り企業的な組織体質が要求される。
内の一門など正にその典型だ。
先の様な侠がヤクザ社会から去って行くのも必然的な時代が来ているのだ。
内の一門でも人望や抗争戦勲よりも資金力の有る人材が要求される。
だが、“お布施”で役職を買っても貫目が無くては、
理事長や理事長補佐らにハメられて破門食らうのがオチだろう。
投資や先物でデカ穴開ければその時点で破門食らう。
だが、内の一門は古くからの証券業界進出、そして先生方とのコネも有ってか、
デカい“仕事”が打てる仕度が初めから出来ている。
政財界の経済方針に乗った仕事では、
抜けが少なく成ったと云う実感も特に無い。
地方向けの観光会社が中国人観光客を欲しがるなら、
現地の奴等に手配させる。
代理店から“も”それ成りに抜ける。
原油相場下落が日本経済に影響を与えるなら、
現地の下落すると一時的に上昇する、
保険的な投機銘柄を国内の仲卸や貯蔵屋に売り抜く。
銘柄は様々な取引にも使える。
又、昨今の関東ヤクザ社会に於ける特筆点では、
末端の看板、代紋持ちが執行部の役目を果たしつつ、
仕事を打つ者には敢えて盃を分けない末端が一部で増加している。
元証券屋や動産屋など、飼ってるコネに独自に仕事を打たせ、
カスリを取る所なら昔から有るが、依り組織化された、
一体化させた“仕事部隊”と言えば解かり易いだろう。
そしてその仕事部隊に桜田(警視庁)のマル対、
捜査対象の矛先を向けさせるのだ。

桜田
警視庁、桜田門一家本家

私も実質、仕事部隊を任されている立場だ。
刑法でも私を含めた数人が準構成員、暴力団関係者に認定されている。
他の面々もヤメ検、元税理士、司法書士、IT屋など様々だ。
今は仕事の絵図も全て私が立てる。
仕事も出来る限りの合法的手段で打つ。
だが、実際に仕事で動くのは2、3人の専門職種を持つ者だけだ。
他は連絡役や手配役、そして桜田への“挨拶役”と云う場合が殆どだろう。
仕事の絵図も事前に司法書士に検証して頂いている。
その絵図も耽っている内に一つや二つは閃く物だ。
昔から悪知恵だけは長けていたのだろう。
次は先の侠も見たで有ろう、バブル期に生きた経済ヤクザの片鱗に触れる。





取材者:夏原 武 

借金で「絶縁」・「破門」にされる組長
手口:金融、抵当ハガシ

夏原 武:今から十五年前の1987年、ひとりの男がヤクザになった。
この年は日本人全体にとっても忘れられない出来事が頻発していた。
戦後の日本を支配し続けてきた自由民主党総裁の座に、
「数こそ力なり」を実践し続けてきた田中派の総領・竹下 登が就任した。
竹下は田中 角栄を裏切って天下を取ったのだが、
その手法は田中となんら変わるところはなかった。
そして、バブル経済はその頂点へとまっしぐらに向かっていた。
そんな年にヤクザになったのが、
すでに二十代も半ばになろうとしていた池田次郎氏(著者補足、仮名)だった。
(憶測上、割愛)
(ヤクザに成る前の)池田氏は、新宿で個人的に金を貸すようになる。
池田氏の名前は、風俗嬢の間で知られるようになっていった。
彼女たちの間で「ちょっとした借金をするなら池田さん」となってしまったのだ。
池田氏の存在は、すぐに地元(風俗嬢が働く島の)ヤクザの知るところとなった。

池田 次郎:さらわれたんだよ。
みっちりと脅されてね。
もっとも相手は、俺から金を取ろうとか、
二度とこんなこと(島荒らし)はするなとケジメをつけるとか、
そんなつもりじゃなかった。
抱き込みたかったみたいなんだ、俺を。
大卒で、不動産の世界も経験していて金融にも詳しい。
使えるんじゃないか、と踏んだわけだ。
迷うことは許されなかった。

超歌舞伎
新宿歌舞伎町

一緒にやるか?ケジメをつけるか?という話だからね。
俺はそういう世界への憧れというのは特になかった。
普通の人間だし、どちらかというとナンパだしね。
ただ、サラ金に飽きていたのは事実だったし、
相手も「会社」を持っていると盛んに言っていたしね。

夏原 武:相手とは●●では一番の力を持つともいわれる、
関東広域組織の二次団体の人間だった。
(彼を誘ったのは)経済ヤクザといった方が通りがいい人物だというから、
話も上手かったのだろう。
池田氏は、さっそく次の日から新しい「会社」へと通った。
会社は、見た目は普通で、南●●の駅から
それほど遠くないマンションの一室にあった。
女性事務員もいるし、ヤクザの組事務所のように、
室内に提灯が掲げられているわけでもない。
彼は最初に金融部門を任されることになった。

池田 次郎:やっていることはサラ金と同じだったが、
動いている(貸し付け、利子取り、返済)金が少し大きかったし、
サラ金のように善人ヅラしなくてもいいのが楽だった。
俺を誘ったのは、その組織では幹部といわれる立場の人間だったが、
すぐに(俺は)独立したよ。
金がモノを言ったんだろうね。
俺も感謝された。
いずれはお前も一本立ちだ(組持ち)、とか言われてね。
ヤクザ社会では異例の出世になるんだとも言われたが、
そもそも自分がヤクザになったという認識すら、
ロクになかったんだから、うれしくもない。
月に一回は組事務所に行っていたんだが、
そこでは俺よりもはるかにヤクザ然とした連中がいて、
そいつらに挨拶され、兄貴として扱われるのは、気分よかったな、たしかに。
(金ヅルとしてハメる場合の常套芝居)

夏原 武:不動産と金融とで月十億を超す収益を上げるようになった池田氏は、
自分自身も月収が数千万という御伽話の世界へと入っていく。
そしてヤクザになって五年が経った1992年、池田氏は一家持ちとなった。

池田 次郎:自覚は相変わらずなかったな。
若い者もいたが、みんな俺みたいな奴で、
荒事は苦手で金勘定が得意という人間ばかりだった。
義理(組織間冠婚葬祭)なんか行くと、
どこのカタギが混じってるんだって目で見られたよ。
だけど、包んでいく金額が一番なんだから、笑うよな。
上も、納める金がデカいから俺たち(の資金力)を大事にして、
荒事は任せておけ、なんて言ってたよ。
そういうことに関わらないで、金を儲けろという意味だったんだろう。
儲けさせてやったさ、皆にな(儲けにされた)。
不動産なんてのは、一人で扱うには限度があるから、
いい情報(担保物件、抵当権情報等)は回してやるんだ。
その方が安全だし、儲けも安定する。
独り占めしようなんて考えたら、潰れるし(上の奴に)潰される。

夏原 武:金は笑うほどあったという。
月収数千万というのがどういう世界なのか、
筆者にはわからないが、池田氏は「どうということもない」と笑う。

斉嘉 東政:所でネット上で三次だか四次だか知らないが、
組長の年収が4000万前後と云う説が一人歩きしている。
「ヤクザ1000人に聞いた」と豪語する文屋、
鈴木 智彦氏の“自説”が発端に成っている様だが、
私が知る限りでは、東京で経済に太く食い込む関東系三次組長が
抜け換算で年平均60億前後、個人では上部一門の体質に依って20億から50億前後、
覚醒剤の密輸売買やカスリ、公共事業など昔ながらの仕事を打つ
同三次組長が同様に年平均7億前後、個人も同様に3億から5億前後だろう。
身近な所では年に二度の動産整理をキメて、
その年の抜けが250億を超えた先輩(引退)もいる。
実際、都心一等地の再開発など国の事業で整理をキメれば、
退かせ代を引いても一本50億は確実に抜ける。
だが基本、上部には年6000万程度しか抜けなかった様に振舞う。
そうしないと上部が旧来の上納制で通す場合、
「何だ、証券か!ワシに任せとけ!」で、
デカい抜けの出る仕事を持ってかれる事が多いからだ。
因みに私が直接見た最高額の現ブツは180万、
残り20万は黙秘権行使。
池田氏の取材に戻る。

池田 次郎:出ていく金もでかいんだから。
月給三十万で、出ていく金が二十万だとする。
それと同じだ。
三千万入っても二千万は黙って出ていくんだよ(納め、義理、介入代等)。
そういうもんなんだ。
残ったのが一千万ならでかいと思うかもしれないが、
それだけ毎月入るとわかって、貯金するか?しないだろ。
(私は金庫“にも”入れる)
同じことだよ。
みんな使ってしまうんだ。
家賃が二百万もするマンションに住んで、
しょっちゅう車買い換えて、女にも高級マンションを借りてやる。
一千万なんか、屁みたいなもんだ。

斉嘉 東政:それでも大切な仕度代だ。
一銭も無駄には出来ない。

夏原 武:警察からでさえ、あまり警戒されなかったという。
暴力沙汰とはまったく無縁、縄張りを持っていなければ、持つ気もない。
だから、素人衆からは(利用し易い点で)憎まれない。
不動産業が大きくなってからは、金融の利率も下がって、
サラ金と変わらなくなり、企業に貸す金の金利も法定内に収まっていた。

池田 次郎:企業舎弟みたいだって?
まあ、そうかもしれないが、でも歴としたヤクザだからな、こっちは。
義理事にも行くし、トラブルがあれば、やはり顔を出さなくちゃいけない。
ただ、普通の連中がゲンコツで勝負するところ、
こっちは札束で勝負するっていうくらいの違いでしかないよ。
警察から見れば、まあ、睨み付けなくてもいいが、
何かでミスをすればヤクザなんだから引っ張ってしまえ、そういう対象だ。

斉嘉 東政:金や切手だけでケリ付けると、
モメ事作られて金庫にされるだろう。
“西のお客さん”のお得意技だ。
派閥にも依るが、一番良いのは“仲良く”する事だろう。

池田 次郎:旧大蔵省が土地関連融資の総量(限度額)規制に乗り出し、
不動産バブルもどん詰まりを迎えようとしていた頃、
池田氏は渋谷で地上げに関わっていた。
まとめ上げれば(土地買収・転売交渉成立等で)これまで見たこともない、
百億円単位の利益になるほどの話だった。
ところが、それが見事に失敗、中途半端な土地と
それこそ、これまでに見たこともない十億円単位の借金が残った。
(立場に沿わないデカ話はハメ事で有る場合が多い)
そうなると、ヤクザであることが(穴埋めが難しくなって)枷になる。
銀行に対する返済が滞っただけで(借入れ元を間違えて)、
池田氏は詐欺罪で逮捕されてしまったのだ。
通常の企業取引なら適用されない罪状なのだろうが、
なにしろ、池田氏は立派な経済ヤクザなのだから(桜田に)容赦はない。
警察は「何かでミス」するのを待っていたのだから。

池田 次郎:俺が逮捕されると、仕事の流れがすべて止まってしまったんだ。
あちこちで動かしていた金(の取り立て、繰り越し代等)もみんなね。
若い奴らにいくら言ったって、俺と同じようにはできないし、
逆に警察に狙われるのが関の山だろう。
兄貴分や本家に泣きついた(助けを乞う)って、まったくダメだった。
そりゃそうだ、俺はヤクザとして期待されていた人間じゃなかったんだから。
集金マシンとしてだけ期待されていた訳だからな。
そいつが金を稼げなくなれば、ただのごく潰しにしか過ぎない。
あっという間に破門だよ。
拘置所で破門状を見せられて愕然とした。
なんで破門なんだって。

斉嘉 光政:だが、整理をキメられる様な経済知識の持ち主なら、
東京での即戦力を求める三代目弘道会傘下や
良知組傘下などの六代目山口組東京勢が翌日には拾うだろう。
抜けのデカい逸材は、奪い合いに成るのが常だ。
昔はそれが元で、抗争に成る事も珍しくなかったのだ。

池田 次郎:詐欺罪といったって、まず起訴されることはないし、
そりゃ借金はすごいが、そんなものは会社ならどこだってそうじゃないか。
俺の借金を本家に請求に行く馬鹿なんかいるはずもない(西のお客さんが行く事も有る)。
要は上の保身ということだったんだ。
あいつらの取り引きや、これまでやって来たことを知っているだろう?
それを心配したんじゃないか、検察と(司法取り引き)。
それに破門にしてしまえば、俺が何をしようと、
組織としては関係ないで通る(昔の常套手段)。
破門になれば、もうそこ(著者補足、新宿)にいることもできなくなる、そういうことだ。
破門されて、すべてなくなった。
女たちだって、家賃を払ってもくれない俺には用がないわけだし、
若い者にしたって、ついてくるはずもない。
五年で上り詰めて、あっという間に終わり。
まあ、ヤクザをやっていたという感覚は今でもあまりないんだ。
だから、あの(ヤクザ)業界の慣習みたいなものも、
実はよく知らないんだ、正直いうと。
毎日金のことばかり考えていたからね。

斉嘉 東政:結局、お互い金ヅルでしか無かったと云う事だ。
金に目眩んで自分の立場を計り損ねた一例とも言える。
内の一門でも、元ホスト連中が一家名乗りした事が有ったが、
先物を“西のお客さん”に食われて二、三ヶ月で潰されている。
因みに私がヤクザ社会入りした理由も“金”の為だ。
“男道を精進する”とかそんな女々しい理由では無い。
1998年冬に、義父が他界していたと云う経緯も有った。
義父は若い頃、伯父と共に初代稲川会某名門一門傘下で
若衆修行を積んだ過去が有ったと云う。

稲
稲川会、稲穂の代紋

後述で別の側面からも触れるが、
義父の元には群馬県内に本部を構える稲川会某一門傘下の
看板持ちのヤクザや元ヤクザが良く遊びに来ていた。
義父はそんな元ヤクザ達の職業斡旋も看ていたのだ。
そして私は業界入りする数年前に極めて重大な経験もしている。
それ以来、私は殆どフヌケけに成っていた。
そんな状態から抜け出す為、
義父の残像を追い掛けてヤクザ社会入りしたと言えば“嘘”に成る。
当時、私は有る理由で是が非でも3000万程度の金が必要だった。
それは自他共に生存を懸ける程の切迫性も有ったのだ。
そして叔父より若い頃から面識の有った、
新宿歌舞伎町の某会某一門傘下を紹介されたのだ。
その際のやり取りも良く憶えている。
引退した代行が半眼で微妙に目を逸らしつつ、
さり気無く私の“心”に聞いて来たのだ。

代行:大体は聞いたが、内に来た理由は?

私:金です!

幹事(現会長):良く言った!

代行:(私の目を直視して)分かった、やれるとこまでやってみろ。

冒頭の侠の様な旧来ヤクザに“金です!”なんて抜かせば、
直ぐに首筋へ日本刀を突き付けられただろう。
そして「アンちゃんな、ヤクザ舐めとったら終わるで、、」だ。
だが、代行や今の会長(偽職)は相手の言葉と所作から、
その眞意を探る術が長けていた。
私の真摯な気概を悟って頂けたのだろう。
当時の私は肩に掛かる程の髪を後ろで結わいていたが、
そんな人間でも事務所に入れる程の柔軟さも有った。
特に印象的だったのは代行や後に会長と成る幹事から、
何か不思議と懐かしい雰囲気を感じた事だ。
そして私の目的額など僅か八ヶ月程度で達成させて頂いたのだ。
だが一度、会はあの“下手打ち野郎”の所為で上部ごと解散に追い込まれている。
解散してからの二週間は殆ど寝込む程の喪失感が有った。
だが、数ヶ月後に会長が再び一家名乗りしたのだ。
そして私も誘ってくれた。
そんな理由も有って私も現在に至っている。
あの嬉しさだけはねまで忘れやしない。
今は某国関連の仕事や、某機構との付き合いで
誰に狙われてるか解からない。
“信義に尽くし、恩義に殉ず”と云う意味も解かった積もりだ。
だが、義理で恩を返す積りなど微塵も無い。
義理は文字通り、義の理屈でしか無い。
心の有るが儘に、具体的行動を以って最後まで恩を返すと云う事だ。





取材者:夏原 武    

極道とカタギの“グレーゾーン”に暗躍する人々、
フロント企業ほどおいしい“シノギ”は無い。
手口:債務車転売、証書偽造

夏原 武:北関東でフロント企業(組織関連企業)として活動している、
柏原 義正氏(仮名)は、笑いながら話を始めた。
(略)
東京に頻繁に出かける氏は、フロント企業の典型的な構成員である。
携帯電話には関東有数の広域組織の代紋を象った象牙のストラップがぶらさがっている。
それだけが唯一、氏とヤクザとの関係をうかがわせる。

柏原 義正:地元の警察は相当頭にきてるね。
お前だけはどうにもならん、と良く言われるよ。
(今は容疑がデカければ関係者でも持ってかれる)
俺はもともと東京にいたんだ。
東京で稼業(看板持ち)やってたからね。
関わっていた組織は今の会社のバック(ケツ持ち、背後組織)と同じ所だよ。
そこで、いろいろ教わって、一人前になった。
もう代紋は背負っていないんだけど(元組員)、もしまた背負うとすれば、
そっちに戻るというか、その世話になった人のもとで、という事になるのかな。
代紋を背負わないか?という話は、ずいぶんとあったよ。
断ったというか、今でも逃げてるんだけどな。
(略)
今やってる仕事は、いくつぐらい有るかな。
まず、正業(合法業)っていう事なら飲食業が有るな。
女房にやらしてるんだけどね。
スナックだから、まあ正業だよ。
それ以外には、中古車販売にリサーチ(調査)会社、金融あたりかな。
もっとも、不動産だってなんだって、儲かる事には首突っ込むよ。
“トラブル・イズ・マイ・ビジネス”だからね(ヤクザの基本的な仕事)。
扱ってる中古車は、金融流れ(ローン未決済車)系のやつね。
まっとうに店頭に並べる中古車はオークションなんかで引っ張って来てるけど、
そうじゃないのはどうしても金融物になるよね。
名義変更できない車?もちろん、そうだよ。
だけど乗る分にはそんな事、関係ないだろ?
値段はそうだなあ、ベンツ(車両債務抜きで)で二百(万)ぐらい、
クラウンあたりなら八十(万)ってとこじゃないかな。
バカ安?そりゃそうだが、だから金融物だって事、
しっかりと解かってる人間じゃないと困るんだよ。
だいたいローンがくっついてる訳だから、
ガンと言い返せる人間(ヤクザ、組織関係者)じゃないとね。

斉嘉 光政:相手のヤクザに力が有る場合、未決と伝えなければ、
「未決じゃねぇか!話が違うだろう!」と、
逆に因縁付けられて会社を食われる事も有るだろう。

柏原 義正:もちろん、(債務・担保)書類はちゃんと用意してあるから法的には大丈夫。
車検?あれは関係ないんだよ。
よく車検が切れるまでしか乗れないなんて言うけど、そんな事は無い。
税金は誰が払ったって構わないんだから(今はヤバい)。
車なんてのは、税金さえちゃんと払っておけば、大丈夫って事だよ(看板持ちなら微妙)。

夏原 武:簡単に説明しておくと、
まずローン支払い中の車を担保にカネを貸す金融業者がいる。
債務者は車に乗ったまま借りるのではなく、(金融)業者に預ける形が多い。
もちろん、支払(返済)が出来なくなれば車は取り上げられてしまう(差し押さえ)。
その段階で、車検証の所有者はまだローン会社名義で、
カネを借りた人間は使用者に成っている。
通常の売買は、もちろん出来ない。
しかし、ヤクザ関係者などは、それを承知でこういう車を購入する。
もし、ローン会社が借金の返済に迫って来ても、使用者にカネを貸していて、
そのカタに預かっていると言えばそれまでの事。
(今は金融会社が告発すれば、稀に中止命令が掛かる事も有る)
しかも、金を貸した段階で、白紙委任状ほかの書類は、
すべて確保されているから問題ない(今は微妙)。
もし車検を通してでも乗りたければ、
自動車税を支払うだけのことだ(今は手続きに“ひとクセ”有るらしい)。
自動車税の通知はもちろん使用者のところに届くが、それは転送する約束になっている。
ちなみに漫画などで、こうした車は車検が切れて
乗れないかのように描かれているが、それは間違いだ(手続きを間違えるとヤバい)。

斉嘉 東政:少し古い時代の話だが、90年代前半頃に流行った仕事だろう。
他にも事故を起こして全損扱いと成った高級車を手配する。
前面が激しく損傷した物と後部が激しく損傷した全損扱いの同型車を入手する。
そして組織関連の修理工場にて両車の損傷している前部と後部を切断して貰う。
後は損傷していない両車の前部と後部を接合させる。
そして90年代に流行った二個一車が誕生するのだ。
又、取材者が関係者で居た方が得と謳っているが、
私は会長以下の看板持ちに捜査対象の矛先を向けさせない為の関係者だ。
私の仕事に看板持ちは一切関与していない。
捜査対象も自ずと私に向けられる筈だ。
仕事の絵図も私が立てるのだから、
その首謀者も私に他成らない。
だが一応、桜田に“挨拶”はしている。
裏切れば奴等の首も飛ぶだろう。
実際に桜田から内偵食らった事など一度も無い。
看板持ちの話も他所の一門傘下から二度来ている。
だが、私が看板持ちに成るのは会長の元以外に有り得ない。
他所ならあの“下手打ち野郎”の舎弟でも御断りだ。
又、仕事部隊の中には元他所看板の人も居る。
地域に依る侠道上の作法の違い、延いては義理の作法も指南して頂いた。
既に会長や理事長補佐(偽職)と共に何度か義理にも出ている。
●●会●代目●●一家●●初代、●●●総長“八十七回忌”法要式典とかだ。
掛け合いも私と元他所看板の人で片付けて来た。
相手が関係者では不服なら、一門傘下の信用出来る奴に回す事に成る。
だが、信用出来る奴は本当に僅かだ。
看板は重荷だからと逃げ回っている積りなど微塵も無い。
柏原 義正の取材に戻す。

夏原 武:柏原氏はパソコンにも堪能だ。
近年、ヤクザ業界でもパソコンは重要アイテムになって来ているが、
氏の年代で詳しい人物は珍しい。
パソコンの習熟は、やはり仕事から始まったと云う。

柏原 義正:パソコンは、便利でいいね。
ネットは遊びで、商売にはなってないけれど。
パソコンの何が楽しいって、やっぱり偽造だろ。
いや、偽造して何か売ってるとかそういう事じゃないよ。
もともと、偽造は好きなんだよな。
そっくりに作ってみるのが。
今はプリンターの性能もいいから、
免許証だってなんだって、さっくりとできちゃうからね。
免許証はやり方さえ工夫すれば、ほぼ完璧なものができるんだよ。
ポイントとしては、台紙が大切なんだよ。
写真のある表なんて重要じゃないんだ。
裏側があるだろ?点線が入ってる。
あそこが大事なんだ。
あれは偽造できないんだよ。
偽造しても手触りでわかってしまう。
その台氏さえ利用できれば、あとは簡単なんだよ。
剥がすのが難しいんだが、これもやり方があるんだ。

夏原 武:柏原氏はパソコンで書類も作る。
その書類は、一部改変される事もある。

柏原 武:どこをどうとは、言わないし言えないが、
素人じゃ、まずわからない。
重要な書類でも本物そっくりに作れるんだから、すばらしいよな、パソコンは。
契約書だって何だってそうだ。

斉嘉 東政:私がパソコンを購入して、
一番最初に憶えようとしたのは“ハッキング”だ。
有る意味で私がヤクザ社会入りしてからの約1年半は、
“サイバーヤクザ”とも言える活動だった。
基本的にはソフト頼みだったが、
その腕が買われて今に至っている様な物だ。
今でも定期的に桜田と情報交換はしている。
捜査協力で“挨拶”もする。
証拠も握った上で保険も掛けて有る。
“記憶に御座いません”とは言わせない。
又、仕事部隊への連絡もパソコンを使用する場合が殆どだ。
だが、唯のパソコンでは無い。
詳事は話せないが、所持していても事実上合法のデスク・パソコンだ。
金庫の管理、株付けとその動向、その使い道も様々だ。
時間が有る時は音楽を聴いたり、動画を見たりもする。
過去に私はバンドもやっていた人間だ。
稀に“洗い事”で一日中デスク・パソコンと睨めっ子の日も有る。
某機構に“挨拶”するのは最後の手段だ。
会の事務所にも数台のデスク・パソコンが置いて有るのだ。
状況に依ってはパソコンで連絡を付けた方が良い時も有る。
当時は事務所への挨拶も稀だった。
新宿へ出向く際も、殆どがバンドマン風の普段着だ。
後に桜田へバレてしまったが、
当時は会と無関係を装った方が都合が良い理由も有ったのだ。
今は“ユニクロ”やサルトの“仕立て”などそれ成りの物を着て、掛ける物も掛けている。
私の年代では平均的なクラスだが当然、髪も流している。
だが、基本的には相手に合わせて服装や髪型も変える。
経済ヤクザ風、若手実業家風、リーマン風など様々だ。
スーツは着熟し次第で品位はおろか、身分まで違って見せられる。
車もレンタカーだが、センチュリーやレクサスLS、エルグランド2500など、
此方も相手や状況に依って使い分ける。
若いモン連れて“ハイキング”に行くなら、エルグランドが一番だ。
近隣に他所看板の賃貸業者が有り、
恰も自車の様な、状況に合わせた使用感を施してくれる。
当然、盗聴対策の為にケースの中には某国製の携帯カウンターが入っている。
因みに私の愛車は70万で一括購入したトヨタの軽だ。
やはりあれが乗ってて一番落ち着く。
私も庶民気質なのだろう。
だが、今は“押さえさせて貰った”クラウンで移動する事が多い。
適度に改造が施され、マジェスタ以上の高級感も有る。
柏原 義正の取材に戻す。

夏原 武:柏原氏はパソコンで書類も作る。
その書類は、一部改変されることもある。

柏原 義正:どこをどうとは言わないし言えないが、
素人じゃ、まずわからない。
重要な書類でも本物そっくりに作れるんだから、
すばらしいよな、パソコンは。
契約書だって何だってそうだ。
(今は偽造鑑定が進歩しているからヤバい)
よかったときは年間一億数千万は軽かったな。
今?今はそんなにないよ。
数千万?まあ、そうしといてくれ。
やっぱり景気が悪いから、
そんなにデカイ山(抜けのデカい仕事)もなくなってるんだ。
自分は事件屋みたいなものだから、収入は安定してないんだよ。
(此処で云う事件屋とは、絵図書いて民事紛争を起こし、
弁護資格の無い者達で話を付け、謝礼を取る連中)
ああ、スナックは安定してるけど、
あんな物は取るに足りない金だよ。
今はちょっと不動産関係で、
食い込めるところがありそうなんで、そちらで動いてる。
あるアパートがあって、そこの持ち主が倒産しそうなんだ。
(抵当ハガシなどで)倒産する前に入って、
整理(担保物品確保)かけちゃおうかと思ってるんだよ。
倒産して弁護士が入った後だと、おいしくないだろう?
(デカい物件の場合、一番抵当以下もハガさないと
二番、三番の弁護士も物品を押さえに来る)
その前ならナンボでもやりようが有るんだよ。
資産を隠したり、土地の抵当権(順位制動産担保権)を書き換えたりとかね。
倒産前なら不動産を売ろうが、(どっちにしろ倒産するから)金を借りようが関係ないだろう?
そういう法的事実を固めておけばいいんだよ(今は公証法や電公法で難しい)。
一般債権者は泣くだろうけど。
法律は自分の趣味だから、好きで勉強したんだ(極めて重要)。
(略)
収入は、関係している組織に完全に吸い取られるなんていうことはない。
自分みたいな立場だと儲かったときに、
それなりに(組織に)納めるっていうところだよ。
あとは、若い連中に仕事を回してやるくらいかな。
もちろん、別の組織の人間と(仕事を廻って)鉢合わせして、
こっちも代紋を出さなきゃならないような時は、
お礼はしなくちゃいけないけどね。

斉嘉 東政:私の場合は仕事の抜けも、
一旦は電子マネーで金庫にドカンだ。
其処から自分の生活費が月5、60万前後、
支度代“他”が月500万前後だろう。
当然、金庫は中国以外の中央アジア国に複数開設して有る。
欧米国は出来るだけ避けている。
クレディーなど今では紙捨て場だ。
金庫の金も誰が使うか解かりやしない。
元桜田の天下りパチンコ役員“も”使うかも知れない。
内偵を潰す見返りに仕事部隊から“カスリ”を取る。
あれは間違い無く“桜田門一家のシノギ”だ。
某機構は桜田の“仕事部隊”だろう。
そのシノギが奴等の“金庫”に行く事は語るまでも無い。
もう一度言うが「記憶に御座いません」とは言わせない。





取材者:夏原 武
エセ右翼!月に二百万も稼げれば優秀
手口:タカリ

夏原 武:ある民族派右翼団体の幹部は、
シノギとしての右翼行為について次のように言う。

某右翼団体幹部:一時流行していたのが、
ゼネコンのトレーラーを狙ったもの。
コンテナなどを運ぶ、逆三角形のマークがついたロングのトレーラーがあるよな。
あれに、小さなダンプでも運べるようなものを乗せるのは違反なんだよ。
例えば、あのトレーラーの真ん中にポツンと、
ブルドーザーなどを一台だけ乗せるというのは違反なわけだ。
かえって危険だからという理由で。
それを、例えば工場に荷物を搬入した帰りに、
「ちょっと悪いけど、どうせ(会社に)帰るんだろう。
お前のところの機械だから、その中にブル、積んで帰ってくれよ」
と言われると、違反を承知で乗せてしまう。
その後をつけて行って、写真を撮って、
「どうなってんだ!お前のところでラチがあかなければ、
行政に行くぞ!」と、ゼネコンにたいして言うわけだな。
高速道路のスピード違反みたいなもので、
みんなやってるけども突き詰められれば、
違反になるようなことをネタ(証拠、情報)にするんだよ。
あとはお決まりの、ゼネコンの工事に対する嫌がらせというんかな?
(工事)現場に街宣車をほっぽって帰ってしまうとかな。
道路工事の現場で、ガードマンがいないところで、
わざと(工事で掘った)穴に落ちて、怪我をしたと騒ぐというやり方もあったな(昔話)。

夏原 武:(不動産)競売妨害が盛んだったころ、
シノギの一環として、競売予定の建物の横に
右翼団体名の入った街宣車を放置する、という手法があった。
その物件の落札を狙っている業者に、
金を出させやすい口実(状況)を作るのが目的である。
業者側に「このままでは(競売が)スムーズにいかないから、
あそこ(の右翼団体)にいくばくかの金を払ってしまいましょう」
という理屈をつけてやるわけだ。
こうして得られる金品の相場だが、
工事現場などでのユスリ、タカリの場合は五千円から二十万程度。
(今の関東でこのやり方では恐喝で持ってかれる場合が殆どだ)
大手建設会社が関わったマンション建設などでは、
十万円台の解決金が支払われる。

皇民党

エセ右翼のシノギとしては、ほかにも商店街へのユスリ、タカリが有る。
(島のヤクザにバレたらタダでは済まない)
客の自転車が通行の妨げになる、
料理の匂いが悪臭となって漂っている、
道路にはみ出して商品が置かれている
(著者補足、厳密に言うと道交法違反)といった
些事をあげつらい、抗議する(騒ぐ)。
商店街として、数万から十数万程度の解決金を包んで解決する事も多い(かった)。
相手がホテルとなると、相場も上がる。
ホテルロビーでの嫌がらせ、戦闘服の団体が(ロビーを)闊歩する、
(ホテル内の)喫茶店を(特攻服の右翼)多人数で占領するなどして、
百万円単位の金を要求することもある(ホテルは迷惑条例で即通報される)。
いずれのケースも、断れば街宣車が押しかけて、
大音量で、街宣活動という名の嫌がらせを行ない続けるのである(地方の話)。
しかし、今はパッとしない話しかないようだ。

斉嘉 東政:優秀な見識で議員の一人でもコネが有れば話は別だが、
今は憂国も建設会社等からの協賛金だけで活動するのは殆ど不可能だと云う。
其処で多くの憂国が活動資金の為にヤクザの看板も付ける、或いは関係者と成る。
憂国と言えば足洗った人らと云うのが多かったが、今では逆も多い。
内の仕事部隊にも優れた見識を持する某憂国組織の人も居る。
街宣など一切せず、思想家肌も有ってか人間性や器でも遥かに格上だ。
その人からも多大なる指南を頂いている。
昔はその人の頼みにデッチ上げて、
司法書士を背任企業に飛ばした事も有ったが、
今は某省絡みでそれ成りのネタ代を払っている。
サシで話す時は互いに敬語で話すが、
看板持ちの先輩らの前では上位口調で話さなくては成らないのが辛い所だ。
だが、それでも不満の欠片も無い、見せない程の器がデカい人だ。
私も自身の立場に重責を感じて止まない。





取材者:夏原 武
開けてびっくりフロント企業!大学生をリクルートするフロント企業
手口:クラブ経営

夏原 武:手元に流出資料がある。
流出元は某大学の就職課。
学生の就職活動を支援する部署である。
資料には企業名が記され、所在地・情報源・内容が記入されている。
その中に「暴力団系企業」といった記述も有る。
つまりこの資料は、フロント企業や企業舎弟が
大学生の求人を行っていることを示しており、
大学側がなんらかの手段によりその事実を把握し、
学生を保護するために作られたものなのだ。
(略)
このクラブ、その筋では有名なところなのだが、
新卒の大学生を採用している事実は(店員)に知らされていなかった。
狙いは何だろうか。
元幹部に話を聞く事が出来た。

元関東広域組織幹部:あそこはな、いい拠点だったんだよ。
もう今はないよ。
学生を雇うことにしたのは、上の(役付き、上部の)考えだろう。
これからは頭のいい奴が必要だし、大学生もバカが多いが、
それでも一応は受験勉強してるくらいだから、そこそこの頭はあるだろ。
そういう連中を雇うとはいっても、まさか組にどうぞって正直に言って、
入ってくるバカはいないよ。
だったら正業のほうで雇って、雰囲気に慣れさせて、
いずれ取り込めばいいってことだろうな。

斉嘉 東政:だが、今では金さえ良ければ簡単にヤクザ社会入りする学生が多い。
一門でもそんな若い人材が特に必要視されている。
内の仕事部隊にも、芸能向け“ダンス教室”を立てた元学生企業家が居る。

元関東広域組織幹部:別にヤクザにするわけじゃないんだ。
フロント企業の一員としてだよ。
でも、ヤクザにアレルギーのある奴じゃダメだろ?
だから、徐々に慣れさせるんだよ。
ドラッグ?外人(イラン、パキスタン人等)が勝手にやってる分には知らないけど、
S(覚醒剤)は扱ってたからな。
ああいう場所なら(人混みで)発覚しにくいし、
警察も入りにくいんだよ(今は定期的に覆面が来る)。
外人も多いしな。
組事務所として開いていてもな、
外からは見えにくいんじゃないか。
多いんだよ。
(事務所が)店の奥っていうのが。
そういうの風俗ビルなんかでもあるよ。
最上階が事務所になってるところが。
(略)
警察のフロント企業リストのことは知ってるが、
あれはけっこう不正確なところもあるんじゃないか?
俺が知ってる会社でも載ってないところがけっこうあるもの。
フロントもな、繋がりを上手に隠すから。
まずわからないと思うよ。

斉嘉 東政:内の場合は仕事部隊の概要も桜田に挨拶して有る。
別に違法な仕事を打つ奴など、誰も居ないのだから問題は無い筈だ。
妙な隠し事をするから余計な事まで嗅ぎ付けられる。
逆に美味しい銘柄でも餌にすれば其方に食らい付いて行く。
“鬼ごっこ”の時間だって稼ぐ事が出来る。
挨拶さえ欠かさなければ桜田も、
仕事部隊の良き協力者に成ってくれると云う事だ。
だが、余り桜田に挨拶し過ぎると持ってかれた時に弁当食らう。
証拠は握っているが、やはり挨拶も程々にする事も心掛けている。

元関東広域組織幹部:サラ金なんかでもな、
完全にバックがヤクザってところもあるんだよ
(90年代の一部のアイフル支店等)。
だけど知られていないからね。
従業員は普通の奴で、店長クラスが(組織)関係者ってパターンだな。
そういう企業が少しずつ増えてるよな。
バブル以降は勝ち組、負け組が、
ヤクザの社会でもはっきりしてきちゃったからな。
勝ち組は金があるから、それを運用したいんだ。
昔なら証券だろうけど、今は難しい。
(関東の看板なら今の方が旬)
だったら、正業がいいってことなんだよ。
正業とは言ってもヤクザだから、
正業を(表向き)看板にして、裏(違法)もやることにはなるよ。
若い奴が集まるクラブを経営すれば、
(クラブの中で売人に売らせる)クスリの客も同時に作れるし、
売春もできるじゃないか!
有名人が来るようになれば、
(素行を押さえて)芸能関係にも食い込めるようになる。

早稲田
経済ヤクザの金筋、早稲田大学

大学生を雇うのはな、長い目で見てるわけじゃなくて、
とりあえずの体面作りに役立つんだよ。
いかにも(ヤクザ)って感じの顔ぶれが並ぶより、ずっといいだろ。
金融にしても水商売にしてもそう。
だから、あんたが取材した奴みたいに、
それが(ヤクザが)嫌だって逃げるのもいるんだろうけど、
なかにはどっぷりハマってしまうのもいる。
水が合うってヤツな。

斉嘉 東政:逆に今ではヤクザの方が、
リーマン風情やホスト風情だったりする事が多い。
寧ろ組対各課の親父さん連中の方が、
映画に出てくるヤクザの様に見える。
ヤクザを油断させる為に同じ穴のムジナを装う部分も有るが、
“厄座”と腐れ縁を持つ間に祟られた部分も有るだろう。
定年後にヤクザの指南フロントと成る奴も居る。
“水が合う”のかも知れない。
クラブの方は歌舞伎町もヤクザの実質経営が少なくない。
渋谷なんか更に多いだろう。
又、クラブ内の人混みで覚醒剤が撒かれていると云うのも良く聴く話しだ。
中には他所看板の売人を入れてカスリ取ってる奴も居る。
だが、殆どはイラン、パキスタン、アフリカ系に売らせる場合が多い様だ。
当然、カスリを取るのは語るまでも無い。





取材者:夏原 武  

企業恐喝、商取引を装った“総会屋的”手口
手口:ユスリ、タカリ

企業恐喝は大きな範疇では総会屋(株主総会荒らし、守り)の得意とする物だが、
ユスリ、タカリの類と考えていいだろう。
総会屋でさえ難しい時代にあって、
ヤクザにユスリ、タカリが出来るのかと思うかもしれないが、
それが出来るのが世の中の不思議な所である。
(今は代理を飛ばさないと塀の中)

某中堅組織組員:以前は総会屋の看板出してたよ。
(特定機関の)経済研究所系のな。
今はまったく駄目だ。
ベンチャー(企業)が出来た頃には株付け(投資)して、
これから儲けようなんて思ってたが、
総会屋は社会の敵だという論調でバンバン叩かれちゃ、もたないよ。
だけど、ずっとそれでシノ(稼)いでただろう?
他の事なんてできやしないから。
それでしょうがないから頭ひねってな。

夏原 武:それで彼は研究所の看板を下ろし、サービス会社を作った。

某中堅組織組員:サービスって、別に何する訳じゃないんだが、
企業が領収書を切りやすい名前にしたんだよ。
何屋(職種)だか解からん方がやりやすいだろう?
要するに企業は内部に問題抱えてるところが多いんだよ(中堅以上で九割五分)。
なに、大きな話じゃないんだ。
つまりな、中(規模)ぐらいの食品会社なら、
パートのおばちゃん達の不衛生な作業実態なんてのがあるだろ?
だけど、それをマトモに改め(設備補充し)ようとすると、金がかかる訳だ。
そういう実態を表に出したくない。
だから、それを飲み込んで(秘密にして)やって、代わりに下請けさせてもらうんだよ。
もちろん、おばちゃんと一緒になって工場で働く訳じゃないからな。
例えば、製パン工場だったら、そこから出る廃棄物を運ぶんだ。
これを知り合いの(産廃運搬)会社にやらせて、
リベート(見返り料)取ればいいって事だよ。
普通、一万で運べる物が一万一千になったからって困るか?
マズい部分を表沙汰にされるよりはいいだろ?
企業恐喝なんてのは、そうやってやる訳だ。
今、内が食い込んでるのは十社だ。
製パン工場だろ、信用金庫に鉄工場、レストランに小さなホテル、洋服屋もあるな。
昔だったらわざわざタカる事なんかない様な、小さな規模だよな。
だけどな、今はそれをやらないとシノギきれないんだよ。
信用金庫は理事が背任やっていやがって、
その情報を別の理事から仕入れたんだよ。

勧業第一

チクッて来た理事にしても別に正義感からじゃないんだよな。
金が欲しいだけだ。
それで、こっちが介入して備品、消耗品(事務用品)、
清掃(業者介入)を一括して請け負った。
もちろん、同業他社の三割増しぐらいの料金でだ。
一気にでかい金掴むなら、昔みたいに当座預金口座開かせて、
三億ぐらいガジる(経営不振に陥らない範囲で金を抜く)んだが、
今そんな事したら即逮捕だ。
あくまでも商取引でいかなくちゃダメって事なんだよ。
一つ一つの儲けはたいした事はないんだが、
それでもまとまると(何社も有れば)大きい。
月に二千万は行くだろうな。
脱税?それは大丈夫。
内が直接受け取るんじゃないからな。
あくまでも第三者(下請け等)だ。
こっちは(その)請け負った業者からもらうんだよ。
そっちの(同請負)業者は多少税金払ってでも、
仕事が欲しいんだから何も言わんよ。
(税金を払わせなくては脱税で連鎖逮捕も有り得る)

夏原 武:こうなって来ると恐喝かどうかも不明な巧妙さで有る(当時)。
もちろん、恐喝をするだけのネタを仕込む(秘密を作る)のが大変なのだろうが。

某中堅組織組員:そこはヤクザだからな。
いろいろネタは引っ張れるし、それにな、
えばった話じゃないが、ネタがなけりゃ仕込んでもいいんだよ。
そこがエグいわな。
女問題でもあればな、と思ったら女問題作ればいいんだよ。
いつだったかな、レストランチェーンのバカ社長がいて、
こいつがチェーンだけじゃなくて、いい土地だのビル持ってたんだよ。
それを取る事はしないが、一等地のビルならテナント出したっていい訳だし、
ワンフロア回してもらえれば、それを又貸ししたって儲かるだろ。
所がこのバカ、バカのくせに(馬鹿は馬鹿の産物)、けっこう身持ちが堅いんだよ。
でも、女遊びが嫌いって訳じゃない。
昔、人妻に手を出して痛い目にあって、懲りてるだけなんだよ。
そこでいい女あてがって、引っ掛けたよ。
まあ、結局は泣きが入ってな(許しを乞う)。
小さなビルもらって、それで手を売ってやったんだよ。
でも、食材を入れる会社だけは、
こっちの付き合いのある所(産廃下請け業者)を使わせてる。
どっちにしても、でかくゆするつもりはないよ。
細く長くやるのが、企業との付き合いのコツだよ。
(何時かは役員会の派閥対立で問題にされる)
言い忘れたが、総会屋対策関連はやってるんだよ。
ただし、金品の授受などはない。
商取引で付き合った企業を守るのは仕事だからな(信用は大切)。
やっぱり景気悪いから、企業にタカリが来るんだよ。
いや、俺が言うのもおかしいけどな、そういう連中を追っ払うのも仕事だ。
ただな、これも裏があってな。
つまりな、いいネタ(不正証拠等)を持ってタカリに来るだろう?
だけど、そこは俺のシノギだから譲る事は出来ない。
出来ないが、そのネタを買ってやる事は出来るよ。
わかるか?で、そのネタを持っていけば、
こっちはまた新たな仕事で食い込むことも出来る。
そこの(食い込んでる)会社が数割増しの下請け仕事を回すだけで手一杯、
こっちと新しい取引が出来ないって言うんなら、
代わりに別の(取引、子)会社を紹介してもらえばいいんだよ。
(紹介された会社のバックを洗わないとヤバい)
ただ紹介させるだけじゃないぞ。
弱みを握られてる訳だから、
何とか仕事を出してくれと懇願した上での紹介になるんだよ。
だから、こっちは楽なんだ。
なに、条件なんかあんまりよくない仕事でもいいんだよ。
何より、新しい会社との付き合いが出来るんだから(其処から新しい会社も抱き込める)、
それだけでも、持ち込んだ(まれた)ネタを買った意味があるじゃないか。
やってる事は総会屋時代と変わらないんだが、一度にでかい金が入って来ないこと、
まともな商売付き合いをしてる事が、変わった事なのかもな。
良かったか悪かったか、それは何とも言えないが、
根気よくやる必要が有るのは事実だから、
面倒だと思ってる連中も多いんじゃないか?

斉嘉 東政:私がヤクザ社会入りして一番最初に打った、
“本格的”な仕事に通ずる部分も有る。
狙いは全て不正背任企業だ。
資金流動記録の入手法も離れ技を使う。
そして直ぐにコピーした上で資金流動記録を書類化する。
当然、資金流動記録のコピーも印刷した。
同時に狙った企業の投資家も洗う。
投資の為“だけ”の投資家なら、簡単にボロい話に乗せれば簡単に落とせる物だ。
そして投資家、信託を抱き込んだらその印鑑が押された質疑状を書かせる。
投資家から企業に背任の事情説明を求めさせるのだ。
そして投資家や信託名義の質疑状を持たせて、
東証にコネの有る元税理士や司法書士等を狙った企業に飛ばす。
書類化させたコピー画像と資金流動書類も持たせる事は当然の事だ。
だが、企業側が東証一部に上場していなければ難しいだろう。

東証

二部やマザーズでは心許ない。
更に企業側のバックを洗う事も極めて重要だ。
もし企業側のケツ持ちに経団連が居る場合、
資金流動記録等の証拠がその権威で相殺される事が有るのだ。
当然、企業側収益状況の確認も怠っては成らない。
以上の対策を施せば仕事一案件に付き、
億単位で資金流動記録を企業側が買収したのだ。
企業側の不正実態が信託や大株主から
東証へ告発されれば確実に上場廃止だ。
当然、特別背任や贈賄等で持ってかれる奴も出る。
それに比べれば安上がりだったのだろう。
だが、改正法で今はこの仕事も難しい。
重要なのは一度抜いた企業からは二度と抜かない事だ。
そして今度は企業側の専門職種に対応した別の取引先を仲介してやる。
企業側の損失補填を図る為だ。
何度も同じ仕事を打てば抱き込んだ企業も増える。
同時に代理で飛ばした者に企業コンサルタント等の名刺も置いて行かせる。
更にボロい銘柄を紹介すれば逆に企業側に利益を与える事も出来たのだ。
当然、これは企業側の抱き込みを視野に入れた算段に他成らない。
そして今は取引企業仲介や企業買収仲介が私の主たる仕事と成っている。
今では各企業も有益なる取引関係が維持出来るグループ企業に成りつつ有るのだ。
そして此処でも一門関連の経営コンサルタント等に
グループ企業を代行で管理させている。
だが、この仕事は桜田に敵対姿勢を取る看板では殆ど無理だ。
因みに私の学生時代の数学は通知表平均1。
中学時代の偏差値は28~41だ。
学歴は高校二年中退。
私が仕事で最大の武器に定めるのは直感だ。
頭捻っても解からない物は解からない。
頭を捻って論理だ法則だ、では他人の真似しか出来ないだろう。
似た様な仕事でも中身は確実に別物だ。
だが、この仕事もいよいよ潮時が来ている。
グループ企業化への話が本格的に浮上している。
引き際を見誤れば子を産んだ雌蜘蛛の栄養分にされ兼ねないと云う例えだ。
既に次の仕事の絵図も念密に練って有る。
事実上某二課の下請け仕事に成るが、贅沢も言ってられない。
有る意味ではお国の手助けにも成るだろう。
依り桜田や某二課との“絆”も深まる筈だ。





取材者:夏原 武  
保険金詐欺
手口:生命保険、旅行盗難保険金詐欺。

関東的屋系幹部:関東ヤクザの世界で障害保険は、
その昔は指狩族という名前がついたくらい流行った。
(傷害保険掛けさせて)親指切断で三百万ぐらいになるから、
借金かかえた相手には生命保険よりもこちらの方がいい。
生命保険でまでとってパクられれば、無期は行くからな。
二人で死刑だぞ?
生命保険では障害特約付を利用することも多かった。
だいたいは親指切断だ。
さすがにみんなでやるから、保険会社側の調査が厳しくなったな。
今ではあまり聞かなくなっただろう?
それに比べて旅行盗難保険はいい。
こいつは金に困った連中(や債務者)を使う。
集団でな、十人から場合によっては二十人くらい行かせることもある。
(旅行)代理店にも話を通しておいて、まず東南アジアに行かせる。
そこで品物を失くしたと届けを出させる。
それだけのことだ。
現地の警察にはちゃんと袖の下(賄賂)を渡してあるから大丈夫だ。
国名まで言うとまずいかも知れないが、フィリピンだのシンガポールだの、
あの手の国は金さえ払えば警察はどうにでもなる。
盗難の証明書を出して貰えば、保険会社も文句は言わない(今は微妙)。
貴金属なんかだと、出国する時に証明書がいるが、
ビデオカメラあたりなら問題ないし、
現地で買った事にすれば貴金属も大丈夫だ。
まとまった金がいる時には、この方法を使うのが手っ取り早い。
十五人のツアーで一人二百万も保険で取れば御の字だな。
一千万は手元に残る計算になる。
残りは行った奴にも一応いくらか渡すし、現地の警察、
それと代理店、うま味があるよ、これはな。
最近じゃ旧東ヨーロッパとか旧ソ連関係(ルーマニア)がいいね。
東南アジアは有名になりすぎて、保険会社の調査も厳しいからな。

夏原 武:シノギツアーと呼んでいる構成員もいた程だ。
今後も定着・拡大していく最右翼の一つである事は間違いない。
旅行盗難詐欺御一統様と呼びたくもなる。

斉嘉 東政:指詰めで債務を返済させる手口は昭和時代の話だろう。
有るとしたら唯のチンピラ集団の手口だ。
数年前にはの身内に話を通し、
生命保険を掛けて資産家を始末した他所看板の奴も居る。
旅行盗難詐欺も今世紀初頭の話だろう。
手数が多過ぎるが、債務者を必要以上に追い込まない点は良い。
発想も興味深い。
だが、ヤクザ組織のフロント旅行代理店なら今でも存在する。
格安料金を謳うが、宿泊先は工場の倉庫等だ。
今では債務者を福島第一原発や除染作業に派遣するヤクザ組織も多い。

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通称、福島旅行と呼ぶ奴も居る。
派遣債務者が受け取る日当2万5000円の内、1万5000円はハネる様だ。
債務返済分はその内の半分程度から、無茶な所では僅か2割程度と聴いている。
更に介入させた派遣屋が3000円はハネる事に成る。
あれでは返済完了前に被爆死するだろう。
当然、派遣された債務者には看板持ちやその関係者の見張りが付く。
中には初めから福島旅行を視野に入れた無担保と云う物まで有る。
一概には言えないが、ヤクザ社会で無担保とはを担保にすると云う意味だ。
         




取材者:夏原 武   
儲かるといっただろ!で一千万。
手口:マルチ食い

夏原 武:マルチ商法(ネズミ講的勧誘商法)にもヤクザは目を付けている。
といっても自分がやる訳ではない。

新宿某組織組員:簡単だ。
女房でも愛人でもいいんだが、マルチをやらせんだよ。
やりたいと言えば。
親になりたい奴(上部勧誘人)が大喜びで来るだろう。
それで普通は、一番下(一般会員)から入ることになるよな。
(マルチ傘下の)小売店とか販売店とか。
だけど、そんなのじゃ儲かるわけないから、
(勧誘会社側は或る程度の約束額を提示するが、それ自体が誇大評価額)、
それを十人(の一般会員)分とか払って、もう一つ二つ上(の勧誘)からやるんだ。
これなら儲かるだろう。
それで説明に来たら、こっそり会話を録音しておくんだよ。
相手に「儲かります」と言わせれば、しめたモンだ。
儲かるわけないんだから。
真面目にやるわけでもないしな(女にワザと遊ばせる?)。
そしたらこっちの出番だ。
その会社の本部に行って「お前、絶対に儲かるって、言っただろ!」とやるんだ。
マルチはいいぞ、(勧誘会社側が)警察にも行かないし、厄介事なしだ(抜け額にも依る)。
(今は相手も西の御客さんを立てたりする)
(詫び代、ケジメ代で)一千万ぐらいすぐに包んでくるからな。
問題は、そんなにしょっちゅう出来ないって事と、
最近じゃ、けっこう警戒されてるってことかな。
(今は相手もヤクザを立てて来る場合が殆ど)
それでも、録音さえ上手くいけばどうってことない。

斉嘉 東政:マルチとは言え、昔は経営陣も市民だった。
そしてヤクザに食われた教訓としてマルチに関わらず、
今では詐欺紛いの殆どがヤクザのケツ持ち、バックを付けたのだ。
初めからヤクザが人を集めて大規模詐欺グループを編成する場合も多い。
先物勧誘、投機勧誘、銘柄勧誘等、その内実も様々だ。
市民の違法営業に対するヤクザの嗅覚は圧倒的だろう。
市民の被害者が桜田に被害届を出しても、勧誘会社に警告が行くだけで損するが、
ヤクザに“被害届”を出せば、ヤクザがその経緯と情報を買い取る事も有る。
そして情報を仕入れたヤクザがヤメ検弁護士等をその勧誘会社に飛ばす。
取引としてヤメ検を飛ばしたヤクザがその勧誘会社のバックに付く事に成る。
そして仕事の秘密を飲む条件として、
強力な“経歴”の役員を入れさせて勧誘会社ごと乗っ取る事も出来る。
今では詐欺会社もバックにヤクザがいる所が殆どだ。
関東ならイケイケな“お隣さん”の一門が強い。
結果的に詐欺会社の力はバックに控えるヤクザの力と比例する事に成る。
反面、法で裁くのが困難な詐欺会社なら内の一門の様な経済派一門が食い込む。
何れにしても乗っ取る事には変わりない。
あれはマルチでは無かったが、
私は“乗っ取らせても”詐欺紛いは止めさせている。
そして真っ当な先物会社に体質を改善させる、株付けもする。
同時に一門と繋がりの有る人物を此処でも役員として送り込んでいる。
その分野に精通した人材ごと会社が手に入るのだからデカい話だった。
そして最終的に面倒看てる企業に買収させている。





取材者:夏原 武  
不正受給、中小企業助成金のパクリ方!
手口:助成金詐欺。

関東広域組織組員:関東でもやってるよ。
福祉の連中も脅しに弱いからな(当時はマニュアルでそう成っていた)。
生活保護の申請に行ったときから仕事は始まってるんだよ。
まず申請書類に書くだろ?
役所だから横柄に言うよな、「これに書いて」ってな。
普通の奴なら恐縮して一生懸命書くだろうが、
そんなことはしないんだよ。
「お前が書け!」で終わりだ。
そうすると、相手は狐につままれたみたいな顔をするんだよ。
それでも「俺は字が書けないんだからお前が書け、サービスしろ!」で終わりだ。
(今は通報される事も多いらしい)
福祉課に役人が何人いようが、
どいつも自分は関わりたくないと思ってるから、文句言ってこない。
言われた役人も考えるんだろうな、どうせ自分の金じゃないんだってな。
(今は役所への監査も厳しく成っている)
それで、生活環境とか親類はどうかとか、
いろいろ聞いてくるよな。
それも同じだ。
「どうやったらさっさと金が出るか、お前が考えて書け。
どんな内容なら申請がすぐに通るかぐらい、
お前らが一番よく知ってるんだろうが、早くしろ!」、これでいいんだよ。
ロクなもんじゃない?当たり前だろ。
俺はヤクザだ。
窓口行って、ケンツク(ゴネ)食らわせて金くれるならなんぼでもやるわい。
取材に来る連中は、生活保護の不正受給だなんだと騒ぐが、
だいたい生活保護の支給基準だってロクに知りもしないんだからな。
あれには七つの扶助があるんだぞ、七つの。

夏原 武:彼がいう七つの扶助(法的援助)とは、
一,生活扶助、二,教育扶助、三,住宅扶助、四,医療補助、五,出産扶助、
六,生業扶助、七,葬祭扶助のことをいう。

関東広域組織組員:その七つの中から、
いかに(扶助金を)絞り取るかってのが大事なんだよ。
ただ騒いでるだけじゃないんだよ。
福祉課の連中なら、どれが(申請が)通りやすいかよく知ってるから、
あいつらに書かせる、それだけのことだ。
それにな、向こうで書いてくれれば、
こっちが強制したなんて証拠もなくなるだろうが(微妙)。
お優しい役人のおかげです、とやれるわけだよ。

斉嘉 東政:実は密かに記録されている事も多いらしい。
そして後に強要罪で持ってかれる事も有るだろう。
役人社会にも派閥対立が有るからだ。
敵対派閥を弱体化する為なら、
情報を売り飛ばす事も厭わないと云う事だ。

関東広域組織組員:金額?だから、それはやり方ひとつだって言ってるだろう。
俺がもらってるのは(一申請)十四万ぐらいかな。
上等だろうがよ、これなら。
別に何かする必要もないんだからな。
知り合いでもらってる奴?
ああ、同じ(行政)地区でってことなら十人はいるかな。
でもな、あんまり多いと、(怪しまれて)監査が入ったりするから、
そんなに増やさないように気をつけてんだよ。
(監査から不正受給が発覚する事も多い様だ)
自分の名義でやってトラブル(著者補足:監査など役所側のチェック)が起きたら、
次は女名義でやるのがいいな(女に売られる事も有る)。
年寄りがいるんだって言えば支給額が増えるんだ。
なに、そんなのどこの年寄りだって構いやしないんだ、書類が整ってれば。
シノギって言うか、まあ、生きるための手段なんだろうな。
あの手(の仕事)は、やろうと思えばいくらでも出来るだろう(当時)。
だいたい、公共料金さえまともに払ってない奴も(払えないヤクザも)多いし、
集金なんかきやしないしな。

斉嘉 東政:ヤクザが受給をカスる仕事は昔から有る。
だが、今は改正法で仕事に困窮する若いモンが生活費の為にやってる場合が多い。
親が組員集めやその納め狙いで、碌な仕事も打てない若いモンに
水(打算盃)を分かった結果でも有るだろう。
有る意味で飼い殺しなのだから、若いモンも堪らない。
中には十人前後の若いモンに扶助を取らせて、
半分以上を納めさせる親も居る。
これも改正法が招いた一つの結果と言えるだろう。
持ってかれる奴も後を絶たない。
其処に桜田の狙いが潜んでいるが、それも後述する。

夏原 武:更に悪質なケースの一つが、
中小企業向けの融資制度の悪用である。

関東広域組織関係者:中小企業助成金にはな、たくさんの種類があるんだよ。
公害防止施設設置事業助成金、産業廃棄物処理施設設置事業助成金、
厚生施設設置事業助成金、技術向上促進事業助成金、
人材育成事業助成金、技術開発・起業・創業活動事業助成金。
知らなかったろ?
これだけあるんだ。
宝の山じゃないか!
でっち上げの会社じゃダメだが、
金に困ってる企業のおっちゃん(社長)と組めば即効だろ!
こんな物、もらうだけもらって、後は会社を潰せばいいんだよ。
法的なことなんていっても、今は倒産が珍しくないから、どうってことない。
一時的な金をもらうのには一番いいんだよ。
従業員もいないような、事実上潰れてるような会社さえ見つければ、
それでオッケーってやつだ。
たとえば東京だったら、保証協会の融資もあるだろ?これがいいんだよ。
「技術・事業革新等支援資金融資」(当時)ってやつだ。
一億まで貸してくれるんだが、
まあ、そこまで欲張らなくても、五千万ぐらいでいい。
保証人が必要だが、それだってどうにでもなる。
利率は年、一・五%で運転資金として九年借りてられるんだから。
目先の金が欲しい中小企業のオヤジ(社長)なら、即乗ってくるよ。
どうせ返す予定なんかありゃしないんだ。
オヤジに二千万、こっちが三千万で(お互い)ドロンだよ。
裁判だ何だってやったって、オヤジはドロン(逃げ)決めこんでるし、
そのころには連帯保証人だってドロン決めこんでんだから。
こっちはそういう保証人になるような人間を押さえて、
後は休眠法人でも用意すればいいじゃないか!
ああ、これは(申請に向けた)保証人用だよ。
借りるのは一応、真面目にやって来た会社の方がいいんだ。
休眠でも本店所在地動かして、役員取り替えて名前変えてやれば、
出来ない事もないが(社名変更から間が無ければ怪しまれる)、
そこまで苦労しなくても、普通のおっちゃん連中が乗ってくるから。
太い奴になると、これで五億ぐらい作ったのがいるよ。
東京じゃないけどな(纏めて?)。
これはほら、全国(のヤクザ)でやってることだから。
(中小企業の社長さんに?)顔の効きそうな土地でやればいいんだよ。
やり方?だから、それは借りる人間を見つける仕事だって。
審査そのほかは、ほんといい加減なんだから。
(先の通り、関東は厳しく成っている)
だから、おいしいシステムなんだが、
そうはいっても(申請に向けた)形式は整える必要があるからな。
その(申請人の)おっちゃんを別の会社の取締役に仕立てて、
そっちでそれなりの収入がありますとやる必要もある。
それとな、いい加減な審査でもポイント(申請受理の傾向)はあるだろ?
それを審査する側から入手できるってのは、
ヤクザならではということだよ。
脅す?いや、別に脅さんでも仲良くなる方法はいくらでもあるし、
そうなれば弱みはナンボでも見つかるから。

斉嘉 東政:事前に推定助成額の二割程度で担当さんに“挨拶”する。
すると、簡単に申請が受理される役所も有ったらしい。

関東広域組織関係者:銀行から借りるほうがよっぽど大変だよ。
さくっといけるよ、さくっと。
人を見つけるのは苦労するけどな。
誰でもいいわけじゃない。
まとまった金があれば夜逃げしてもいい、
そういう奴じゃなくちゃいけないだろ。
いちばん楽に見つけるなら、やっぱり金融絡みだな。
こっち(ヤクザ)と繋がりのある街金あたりから、
ガッチリ借りて苦しくなってる奴を見つけるのが手っ取り早い。
一億も借りさせて、助成も受けさせて、(助成から)金融の借金詰めさせて、
一千万も持たせりゃ喜んで逃げてくよ。

斉嘉 東政:人の事を言えた義理では無いが、
これではヤクザと云う依りも“厄座”だ。
確かにヤクザは社会の汚れ役に必要視されて“は”居る。
私でもヤメ検を飛ばして法で解決の困難な、
役員人事紛争を治める事が出来たのだ。
最初は市民の欲望を叶える事は出来る。
だが、余り利用し過ぎると逆にヤクザの方から「何か無いか?」と来る。
断れば「俺もを懸けて、お宅らの為に動いたんだよ。
お前、まさか!俺のを安く売ろういう腹か!」
そしてデタラメな詭弁文句を立てては、
企業から無茶な仕事を引き出そうとする。
当然、ヤクザは調停時に敢えて企業側も免れない
重大な違法手段を打っている場合が多い。
既に企業側も“共犯者”なのだ。
そしてヤクザは企業側に苦渋の判断を強いた上で役員名義の借り入れを行う。
製造業なら下請けに倒産屋を送り込まれる事も有るだろう。
結果的に企業側が食い潰される事に繋がり兼ねないのだ。
最初は巧みな話で人の欲望を煽り立てる。
最後は厄で祟って人を食っちまう。
欲望は破滅の入り口とは良く言った物だ。
だが、私の場合はその逆を行くのが常套技だろう。
初めに企業側の存続に関わる重大な“背任証拠”を押さえる。
だが、飽くまでも仕事は企業側“にも”有益な形で打つ。
有益な下請けを仲介して収益を伸ばしてやる。
一門と繋がりの有る大企業の子会社を取引先として仲介する。
後は黙ってても見込み益等から企業側の“謝礼金”が、
“コンサル名目”で専用口座に振り込まれる。
企業社会、特に建設業界にはそんな柵が有るのだ。
当然、掛け合いも私の場合は金を取らない。
別の奴を噛ませる場合も半額は口座の金で補う。
信用さえ付ければ或る程度は通常の企業コンサルタントとして扱って貰えるのだ。
初めに原爆を落とせば、後に手掛ける仕込みの自由度も増す。
日本はアメリカに敗戦した歴史を持つ。
企業役員には戦後を知る世代も多い。
この国は米国従属日本だ。
だが、アメリカに立つ自由の女神は何時でも微笑んでいる。
要するにデカい仕事を打つなら風習や柵を利用するのが一番だと云う事だ。





取材者:夏原 武
マフィア化、犯罪集団化するヤクザたちの言い分
「窃盗?強盗?食うためには仕方ないだろ!」
手口:窃盗、強盗

夏原 武:中国人と組んで強盗をしその後、
その事実が組織の知るところとなり、破門された人間はこう証言する。

元関東広域組織組員:あいつらと組んだのは、
今考えるとマズかったかもしれないな。
俺が手引きしたのは普通の家が二軒、
それからひとけのない場所にあるATM、あとはスーパーだな。
どれもこれもいい金になったよ。
俺がもらったのも数千万だ。
そんな金は、もうどこにも無いけどな。
なぜそんな事したかって聞かれても、
金が欲しかったからとしか言えないよ。
シノギもないし、女もいないし、金稼ぐって言ったら、
強盗がいちばん手っ取り早いじゃないか。

夏原 武:結局のところ、博徒が博打を打てず、
露天商が祭札に出られなくなっていけば、
最後はマフィアのようになるしかない(上は企業化する)。
代紋を掲げた商売は禁止、
正業であっても組関係者が多く関わっていればヤクザ組織と見なす。
(桜田へ定期的に“挨拶”すれば、御目こぼしも有る)
当局は一時、徹底した取り締まりによってヤクザ組織の弱体化に成功した、
と狂喜していたが、現実は違っていた。
ヤクザは地下組織化を進め、さらには追い詰められた若い組員が、
こうした単純で粗暴な犯罪者へと変貌したのだ。

斉嘉 東政:看板に依っては、納めが高過ぎる部分も理由に挙げられる。
末端に取って仕事に喘いでれば納めも苦しくなる。
納めが上部だけの20万程度なら良いが、
中には上部に30万、親に50万、看板本家に65万と云う末端も有った程だ。
更に義理で月300万以上は飛んでくだろう。
これでは組員が借金取りに追われるに等しい。
上部や親が「捕まらなければ見逃してやる、
アイス撒いてでも納めるモン納めろ!」と暗に促してる様な物だ。
それで若いモンにアイス撒かせて置きながら、
自分は任侠気取りの親も居るのだから話に成らない。
内の一門も国内有数の経済派一門だが、納めの額は特に決まっていない。
月30万納める所も有れば、月1000万以上納める末端も有る。
末端は立ち上げ時の種金が後の組織体質にまで確実に影響する。
だが、私もヤクザ社会入りする以前は決して盗みとは無縁で有った訳では無い。
その話も後述で触れる。
参考までに役付きのヤクザが残した証言にも触れる。

関東広域組織幹部:情けない話だよ。
なんでヤクザになったのかも忘れてしまったんだろう。
綺麗事は言わんよ。
悪いことするな、なんて事も言わん。
だけどなあ、強盗やら窃盗やらは、
いくらなんでも恥ずかしいと思わなきゃいかんだろ。
(アイスなら良いのか?)
うちの若いのでも窃盗で捕まったのがいる。
夜中にバールでドアこじ開けて、盗みに入ったんだ。
たかが十数万盗んで逮捕された。
そんな者、絶縁だよ。
苦しいのはわかるけど、窃盗や強盗は話にならんよ。
金がなければ日雇いでも何でもやればいい。
なんであれ、稼ぐことは恥ずかしくもなんともないんだから。
ヤクザなら楽して金になるっていう考えがそもそも間違ってんだよ(同感)。

夏原 武:しかし、現実に金が無く、
周りには金回りのいい同輩や先輩(ヤクザ)がいれば、
そうも言っていられない。

元関東広域組織組員:親分や兄貴分の言うことは理屈としてわかるが、
じゃあ、俺らはいったいどうやって食えばいんだよ。
女でもいればヒモをやってもいいだろうけど、
そんな奴ばっかりじゃないんだ。
日雇いやればいいって?
そんな事するくらいならヤクザになんかならねえよ。
ビデオ屋でバイトしてんのとかいるよ。
俺の周囲にも。
でもなあ、だったらカタギのほうがいいよ。
オヤジたちも、もう少しシノギを回してくれればいいんだよ。
自分たちでガメ(独占)っちゃってさ、こっちは食うだけでもつらいんだから。
俺は強盗はやらないけど、盗みはやるよ。
車も盗むし、金も盗む。
相手が中国人だって何だってかまわない。
格好のいいシノギなんかないんだから。
高級車いっぱつキメれば五十万ぐらいにはなるんだよ。

GZ


月に三台もやれば、上にも金を納められるし、俺も楽できるから。
犯罪者だって?そりゃそうだけど、どうせヤクザなんだから同じだろう。
(この理屈を唱えれば、何やっても許される様な気分に成る事が有る)
あんた、綺麗事言ってるけどな、警察から見れば一緒だって。
シノギかけても、物盗んでも。
違うのは、俺たちヤクザは刑罰が重い(三割増)ってことぐらいだろうがよ。
これから?これからもやるだろうな。
ただ、強盗はやらないよ。
もし、そこで人(家主)に会ったら殺すことになるかも知れないだろ。
それはダメだ。
死刑になるだろう。
クルマ盗むとか、宝石盗むとかなら大したことはないよ。
人がいる所ではやらないし。
(組に発覚して)絶縁?まあ、しょうがないよなあ。

夏原 武:二十代半ばのヤクザの話だ。
納得はできないが、彼なりの理屈はわかる。
ヤクザである自分と、ヤクザらしく生きられない自分との間で苦しんでいる。
(略)
事務所にいても金にならないし、
おいしいシノギはすでに誰かが抱えている。

元関東広域組織組員:しかもさ、その誰かを倒してシノギを奪うこともできないんだよ。
なんでって、同じ代紋なんだから。

夏原 武:ここに寡占化の悲劇が有る。
戦国時代ならば、誰かを倒すことで領地が増えるから、皆戦う。
だが、国が統一されてしまった後では、新しい領地はどこにもない。
(代わりに看板の傘下一門がバラバラの新国家と成り、
島荒らしや内部抗争が絶えなく成った)
かつて豊臣 秀吉が朝鮮半島にまで領地を求めたように、
新しい「敵」を見つけなくてはならないが、
倒すべき「敵」がすべて仲間では、どうしようもない(同じ看板でも敵は大勢いる)。
(略)
元広域組織二次団体で幹部にまでなった三十歳の男が言う。
上(上部組織、先輩等)が下を(傘下組織、後輩等)を
食うのが当たり前になってしまえば、
下は犯罪に走るしかない、ということなのか?

元広域組織二次団体幹部:誰もやってないシノギを思いついたとするよね。
それでいい収入が入ったとする。
すると、兄貴から聞かれるんだ。
何やってんだって。
嘘はつけないから、正直に言うだろ?
そうすると俺もかませろ、となる。
断れないよね。
あっというまに、そのシノギは兄貴のものになっちゃう。
もっとも、そういう兄貴もオヤジ(親分)に取られたりするんだけどね。
ヤクザ社会じゃ、人の茶碗とるな、なんて言うけど、
上が下の茶碗取るのは、今じゃ普通なんじゃないの。
俺はそういうのに嫌気がさしてね、カタギになったんだけど。

斉嘉 東政:上部への納め以外に親や兄貴にも
金を納めるのは昔からの柵では有る。
兄貴に仕事を持ってかれたと云うのも良く聴く話だ。
納めが足りないと抜かして若いモンをした奴もいやがる。
私も家紋外しだが、会から若いモン6人任されている。
だが、基本的に若いモンに仕事は無い。
カスリ、みかじめも禁止している。
今時、島から摂れるカスリなど高が知れている。
若いモンにはそんな小事に囚われて欲しく無いのだ。
会長から任された大切な若いモンだ。
その代わり仕事の際には関係先への挨拶、連絡役“他”の役目は与えている。
要するに一つの仕事を組織仕事で行うと云う事だ。
若いモンの資質を見極めた上で的確な仕事を与える。
そして若いモンに秘めた其々の資質を伸ばしてやる。
結果的に私の人事適材力の修行にも成る。
口先でガタガタ抜かさずに敢えて失敗から学ばせる事も重要だ。
その検証はそれ以上に重要だろう。
だが、これは飽くまでも会長の受け売りに過ぎない。
私も同じ様に伸ばして頂いたのだ。
“市民に手を出すな”や“市民に迷惑を掛けるな”と云う、
当て付けがましい事も一切言わない。
余り良い言い方では無いが、
私の場合は“金に成らない市民など相手にするな”が常套句だ。
今の若いモンに綺麗事言った所で大した意味など伝わりはしない。
其処で敢えてドライな表現で教えてやる。
時節柄、若いモンに闇金やカスリなど独自の仕事を打たせれば、
直ぐに桜田に持ってかれるだろう。
結果的に私の下手打ちに成る。
その結果を避ける為に仕事の際は若いモン全員を介入させた組織仕事で行くのだ。
当然、仕事の結果も私を中心とした若いモン全員で検証する。
そして自ずと経済の性質や現行企業の体質も学ばせる。
同時に仮想仕事の絵図も書かせる。
これは特に重要だろう。
いざと云う時の為に私の“分身”も育てておく云う事だ。
そして其処からも奴等の資質が垣間見れる。
他所からは“若いモンに甘い”と一蹴りだろうが、
若いモンを飼い殺しにして衣食住も儘成らなければ何をするか解からない。
しかも口先だけでガタガタ抜かせば今の若いモンは確実に捻くれる。
基本的に私“も”口先では怒らない。
何気なく曖昧に指摘する様な感じだろう。
これも会長の受け売りだが、無言のプレッシャーも与える。
度胸を鍛えるより、暗に自主的な責任感を与えた方が、
遥かに思い切った行動力を発揮する奴が育つ。
強い相手に度胸だけでは限界が有るのだ。
市民も一人なら大人しいが、企業組織に責任を尽くせば
平気でヤクザ社会に経理担当の始末を頼んで来る。
組織に於ける人の責任感は、確実に度胸で成せる技を凌駕するだろう。
その性質は会長から嫌と云う程学んでいる。
責任感が与える行動力に限界は無いのだ。
私はそう確信している。
そして先日、若いモン二人が会長の元で看板持ちに成っている。
残った6人は私の若いモンに成りそうだ。

夏原 武:上が下を食うのが当たり前になってしまえば、
下は犯罪に走るしかない、という事なのか?

関西系組織三次団体幹部:強盗なんかで金をドンと作ろうと思う
連中がいる一方で、羽振りのいい兄貴分見つけて、
その下で仕事して小遣いもらえばいいと、
考える連中が増えてるんだな。
そんなもの、サラリーマンと一緒だよ。
「てめえの器量でシノギかけていこう」じゃないんだから。
ガチガチに固まってるとこ(競争相手の多い仕事)に
手突っ込むなんてのは出来ないだろ。
だったら、誰も手を入れてないところを探すしかない(作った方が早い)。
それがシノギってもんだからな。
頭使って一生懸命そういうのを探すのが筋だが、
面倒だと思えば、持ってる奴から奪うのが早いわな。
それが強盗であって泥棒だってことだよな。
自動車の窃盗なんてのは、大掛かりにやってるけど(組仕事で行く所も有る)、
あれがヤクザのシノギでございますって胸張れるかい?
張れないよな。
なんだ、あの野郎、泥棒かよ、で終わりだ。
金融モノのクルマ撒いたりな、
事故モノごまかす(事故車を中古車に誤魔化して売る)のとは違うんだ。
そりゃヤクザも色々で、詐欺まがいのことやったりするのもいるよ(今は大勢居る)。
地面師(登記飛ばし、動産詐欺師)みたいなのもいるしな。
だけど、基本的にそういうのは犯罪だろ。
みっともないよ。
博打で食えりゃ一番いいんだが、そうもいかんしな。
景気が悪いから土建仕事もない。
(今は東日本大震災復興事業に幾らでも介入出来る)
金融やってる兄貴探して、店で働いたり、裏ビデオ屋で働いたり、
なんだか、自分がヤクザだってこと忘れそうになってんじゃないか?
毎月決まった金もらってさ。
でも懲役に行くリスクは高くてな。
ああいうサラリーマンみたいなのも気の毒だよなあ。

斉嘉 東政:何だか内の会の事を言われてる気がして来たが、
本質的に内の会はヤクザ組織ではない。
負の総合企業と言えば解かり易いだろう。
実際に法令順守を心掛けているのだからそう云う事にも成る筈だ。
島も無ければカスリも取らない。
会長以下も常にダブルの高級スーツを着用している。
疲れた服装のヤーサン風情の様に、
街中を偉そうに歩いたりもしない。
会長や理事長補佐達は決して強面ヅラでは無いが、
平穏時でも常に鋭利な圧迫感を放つ人達だ。
過去は有るが、私だって優しい顔をしているだろう。
実際にクラブの女からそう言われた事が有る。
又、ヤクザ社会で使われる用語の殆ども隠語で話す。
ヤクザは業界モン、これだと観光業界だか食品業界だか良く解からない。
これは東京なら割と使われる隠語だろう。
稼業モンと云うのも今と成っては胡散臭い物だ。
更に警視庁は桜田、所轄署やお巡りさんは桜と言う。
抗争はカチ合い、本抗争や大抗争は本カチと云った具合だ。
回転モノだと引く度にカチャカチャ鳴る。
だが、私も基本的“には”道具は持たない。
其処で格闘技を若いモンにも叩き込んでいる。

ガサ

亡き義父から無理やり叩き込まれたボクシングと空手、
そして私の実戦で編み出した物だ。
要点だけ教えるから簡単に習得してくれる。
私情を抑える術に長けた若いモンなら、
ロシアの首折りも教える。
これは私の独学だ。
あれは素手で人をれる。
ヤメ検の助力も得れば12年程度で出て来れるだろう。
更に“かわし”の為にケースの中には常に鉄板を入れさせている。
厚さ3cmだと45口径でも通さない。
この“かわし”を有効に生かす為にも実戦的な格闘術が必要なのだ。
同時に掛け合い際は実際に場に連れて行き、
其々の場に適した逃亡手段も教えている。
当然、その逆もだ。
目の前の者、姿の見えない者の殺気を読み取る術も一応は教えているが、
流石にあれだけは実戦を踏ませなければ駄目だ。
喧騒に紛れる妙な足音、ドア向こうの妙な静けさ、
掛け合い相手が不自然に冷静に成った瞬間など、
その一旦を口で語る事は容易いが、やはり経験しなければ何も解からないからだ。
この項目の締めとして、ヤクザと組んだ中国人窃盗団の証言も載せる。

中国人窃盗団員:地方で強盗に入るときは、
(その地方の)地元のヤクザに助けて貰った。
土地勘のない我々だけで動けるはずもないし、
どこに金が有るのかもわからない。
(ヤクザが抱き込んだ金融会社等から金の移動先を中国人に漏らす。
そして強盗収益の二、三割程度がヤクザの取り分と成る)
皆そうだよ。
どのくらい前からだろう、五年ぐらいだろうか。
行き当たりばったりでやってたね。
デパートや貴金属店なら、金も物もあるのは分かってるから、
最初はそういう所をずいぶんと狙った。
楽だったし儲かったけど、警備は厳しくなっていったね。
ヤクザとは、盗んだものを捌こうとしている時に知り合いに成った。
神奈川のある場所でそういう人(ヤクザ)に会ったんだ。
大きな組織の人だよ。
(略)
そこは、土建屋の社長さんの家。
なんで現金があったのかはよく分からないけど、
ヤクザが絶対に億単位であるからって。
(土建屋がヤクザと手を切ると、こんな仕返しに利用される事も有る)
彼には一割やるという約束ね。
少ない?だって、何もしないんだよ、(ヤクザが)場所教えるだけだよ。
やるのは全部こっちだからね。
そうやって付き合いが出来て、それがあちこちに広がっていった。
我々だけじゃなくて、他の(大陸マフィア)組織もそうやって、
ヤクザの知り合いが出来たんだよ。

斉嘉 東政:この手の盗み仕事は東日本なら関東以北が多いだろう。
数年前に北関東の同じ看板の島も“西のお客さん”にやられている。
此処で先述した通り、私が過去に手を染めた盗み仕事に触れる。
時期はヤクザ社会入り前の1995年夏から2003年以前の話だ。
今は解散したが、北陸地方に本部を構え、
歌舞伎町に出張っていた、名門老舗的屋組織傘下が
トルエンを撒く仕事を打っていた。
新宿駅東口付近に売人を出している通常のヤクザ組織は、
コネの建設会社経由でトルエンを卸している所が殆どらしい。
だが、その名門老舗的屋組織傘下は湾岸のコンビナートなどから、
トルエンを盗み出して売人に撒かせていたのだ。
その盗み役の一人が私だった。
盗みに手を染めた理由は単純に金が無かったからだ。
仕事は嫌いだったから、女も生活費の為にソープランド行きだった。
バンド時代の私は覚醒剤やトルエンにも触れていた。
そんな付き合いも有って老舗的屋組織傘下の売人から誘われたのだ。
事前に都内某所で化学工場の所在地とトルエンの保管場所が印された紙を貰う。
そして二人組でトラックを借りて化学工場へ侵入したのだ。
いざと云う時の為にオモチャの道具も渡されていた。
当然、服装も若いモン風に衣変えだ。
そして保管場所に侵入すると一斗缶10個前後を盗み出す。
約束された都内某所へ戻ると盗み出したトルエンの一斗缶、
10個前後を7、8万で向こうが買い取る事に成る。
だが、早くも1995年冬に桜田の内偵が掛かった事を亡き義父から伝えられたのだ。
先述の通り、義父は若い頃に初代稲川会某一門で若衆修行した過去が有った。
そして若き日の兄貴から桜田の内偵情報が義父に齎されたのだ。
桜田が私と相方を強盗で立件する寸前だったと云う。
先に私と相方を押さえて後述する別件を吐かせる腹だったのだろう。
戦後以来、歴代稲川会や住吉会等は桜田と大規模に癒着している。
結局、私は東京から地元に帰る事に成ったが、
盗み仕事はその後も続けていた。
最後はその盗み場所も埼玉県東松山や群馬県大泉など、
関東地方一帯にまで拡大していた。
結局、2003年以前に私は群馬県警に押さえらたが、
罪状は何故か窃盗罪だった。
オモチャの道具を向けたのも一度や二度では無かった。
実際に“動いたら撃つぞ!”とやった事も何度か有ったのだ。
其処までやられたら、工場側も被害届を出した筈だ。
本来なら事後強盗罪が成立し得たのだ。
私は裏で義父の挨拶が巧を奏したからだと想っている。
だが、東京時代の足付きが元で押さえられた訳では無い。
あの名門老舗的屋組織の傘下は薬局、覚醒剤密売組織でも有ったのだ。
そしてその覚醒剤密売組織が摘発されて私も連鎖的に押さえられている。
判決は確か懲役2年4ヶ月で5年の猶予だった筈だ。
有る意味ではヤクザ社会入りに向けたチンピラ修行には成ったろう。
又、この過去を理事長補佐(偽職)に話した際に興味深い言葉を頂いている。

理事長補佐:それは駄目だ、持って来んなら、
ちゃんと断って持って来なくちゃな。
隠れてコソコソした時点で負けだぞ。

斉嘉 東政:一見、強盗を示唆する言葉に思えるかも知れないが、
理事長補佐はそんな破廉恥な仕事を打つ人では無い。
仕事を打つのは私が任された仕事部隊だ。
あれは「キッチリ掛け合って貰って来い」と云う意味だろう。
ヤクザの言葉には常に暗黙の意味が有ると云う事だ。
若いモン全員にも私の過去を話して有る。
何処かで情けない奴だと想ってくれないと困る事情が有るのだ。
若いモンに出来ない事が私には出来るからなのだろう。
何処か無垢な所すら有る奴等だ。
口に出さずとも、何処かで私を尊敬してるフシが有るのだ。
会長の元で看板持ちにさせるのだから、
尊敬すべきは会長だけだ。
私の元で看板持ちに成っても、私共々会長の元で役付きに成る奴も居る筈だ。
だが、奴等も直に会長に接すれば驚愕するだろう。
行動から実力を見せる人だから至って解かり易い。
そして奴等もあの無言のプレッシャーで確実に鍛えられるだろう。
事務所の床に小さな埃でも有れば自分で掃除してしまう人だ。
その場に居合わせた先輩は会長の顔も見れなかったと云う。





取材者:夏原 武
ダミーの社長を立て、手形乱発。
手口:大規模取り込み詐欺。

関西広域組織幹部:だいたい三社ぐらい並行してやっとるわな。
というのもな、仲間内の会社でも取引させとくやろ?
信用作るの楽やし、被害者面して警察の動きも睨めるんや。
この時、一番注意せなあかんのはな、
みんなカタギのちゃんとした会社だという体面を作っておく事や。
最初から、極道が関わっていると成ったら、警察に睨まれるのはもちろん、
取引が出来なくなるやろ?せやけどな、取引先が極道に泣き付いたり、
右翼や何やらに頼んで揉める事があるやろ?
その時はワシらの出番になる訳やから、
ただの詐欺師がやっとる取り込みとは訳が違うんやな。
取り込みはな、短期間でちゃっと稼いで終わるやろ?
こんなキッチリとした仕込みはせんわな。
せやけどな、うちらは極道や。
組仕事にしてじっくり出けるから、警察も解らんのとちゃうか?
奴らが調べても「詐欺を狙ってやりました」
何ちゅう馬鹿がこの三千世界におる訳ないやろ?
誰かが謳わん(供述)限り、まず大丈夫や。

斉嘉 東政:実際に倒産屋のヤクザが持ってかれたと云うのは余り聴いた事が無い。
数年前に六代目山口組の傘下組長が持ってかれた位だろう。

関東広域組織幹部:社長役の奴も詐欺師みたいなモンやし、
一億もやれば御の字やろが。
(略)
テレビ家が来たりして、鬱陶しいこっちゃで。
あれはな、うま味のあるシノギやさかい、うかつな事は誰も言わんよ。
ワシらの所まで来る事もあらへん。
あんたも見たやろ?テレビ屋の連中もダミー(架空社長)に取材して、
さぞ満足げなツラして帰っとったわ。
取り込みの話やったな。
まずはな、万が一に取り込みと認定されて、
ムショ行っても構わん言う人間探すんや。
(塀の中には“代りを飛ばすから大丈夫”と騙す奴も居る)
せやけどな、誰でもええいう訳にもいかんゆう事や。
会社経営の経験があってな、細い事、頭の切れる奴や。
そういう連中は仲間もおるさかい、会社簡単にこさえよる。
休眠法人なんてカッタルイ話は無しや。
キッチリ会社作りまんがな、一千万つこうてな。
(過去に休眠で有った事が取引先に知れると警戒される事も有る)
会社がでけたら取引先探しや。
なに、不況やから誰でもフキコメ(騙せ)ば、ひょいひょい飛んで来るがな。
そないな連中に信用付けなあかんから、最初は現金取引や。
半年くらいやる事もあるで。
現金取引なんて儲からん事は承知の上やから、どっかから借り入れになるわな。
ああ、資金力が無いとでけんで(最低2億前後の支度が必要らしい)。
Y貿易の件はな、あれでどのくらいやろ?
七億ぐらいは儲かったんちゃうか?

夏原 武:幽霊会社(架空会社)を設立し、ダミー従業員も雇いれて取引を開始する。
初期は現金で品物を入れる。
まっとうな商売などしないので、購入商品も次々と横流しで叩き売ってしまう。
有る程度の信用が出来た所で約束手形で取引を開始する。
最初の一回や二回は約束手形を決済する。
仕事はここからが本番になる。

夏原 武:結果的にどの程度の収益になるんですか?

関西系広域組織幹部:さあ、やっとるとこがどの程度あるんかいなあ?
それでも、年に三社も扱かせば(計画倒産)二十億か?もうちいと有るやろな。
最終的には一千億にはなっとるで、(グループ分けされた倒産屋)全部でな。
ほんま、解りにくいのや。
ワシも自分の関係しとる所しか解らんのや。
知り合いがやっとるのも、みんな年に十億、二十億ちうとこやろな。

夏原 武:換金しやすい商品を手に入れるのがポイントだそうで、
オフィス用品などは狙い目だという。
(単価の高い)ノート・パソコンがその筆頭となるのは言うまでも無いだろう。
最終的に幽霊会社が背負う十五憶円の負債のうち、
ダミー社長の取り分が一億円、その他の人件費で一億円。
最初に使った資金が、取引やビルの保証費などで五億円程度。
残りの八億円近くが一つの幽霊会社の収入になる。
その八億円近くが暴力団側の犯行収入になるという。
そしてこのグループによって年間一千五百億円程度の金が
闇に消えるのだろう。

斉嘉 東政:東京ヤクザ社会ではこの仕事を打つ連中を“倒産屋、潰し屋”と言う。
だが、関東では少なく成っている様だ。
幽霊会社として利用され易い会社は、
経済倫理に乏しい若手実業家が経営する事実上倒産状態の会社が多いだろう。
狙われ易い製造会社は物品単価の高い商品を製造する会社だ。
高級建設資材などを製造する会社も狙われ易い。
親会社がこの仕事にハメられれば、子会社も連鎖倒産する事に成る。
そして倒産した子会社の社長家族が
一家心中を遂げたと云う話も聴いた事が有る。
だが、倒産屋にハメられた会社なら子会社ごと、有る“絡め手”に利用出来る。
特殊技術を持する子会社を、下請けに欲しがる所など幾らでも有るからだ。
仕事は長い目で打つ。
先ず、倒産手続した親会社の情報を洗ったり、場合に依っては買う。
それ成りの額を低利子で貸し付ける。
そして別の関連企業に紹介するのだ。
当然、紹介する企業に不利益が生じる場合は補償額も提示する。
倒産屋にハメられる様な親会社は有限が多いだろう。
後は面倒看ている企業群の下請けとして、こちらも保障仲介する。
豪華な建設資材の販売代理店も、下請けとして欲しがる所は多いだろう。
会社再興の為に出資する奴も確実に集められる。
短期で計れば仕事には成らないが、
長期で計れば倒産会社再興に向けた出資を差し引いても、
仲介料や見込み額で倒産屋二案件程度の抜けには成る。
これは倒産手続き二年後を視野に入れた長期だ。
親会社役員の待遇を保障すれば謝礼金も入って来る。
時期を見て親会社も別名の新会社として登記させるのだから、“特に”問題も無いだろう。
此方の関連人物を役員として送り込む事も出来る。
更に二つの重要な仕込みが必要だが、
余り細事を語ると幇助に成り兼ねないので止めて於く。
所で人の仕事の話だったが、企業関連の話だと嫌でも私の方が企んでしまう。
だが、倒産屋は人件費も飛べば、更に複雑な“絡め手”も必要に成る。
やはり今の私の“立場”では効率が悪い。





取材者:夏原 武
覚醒剤取引。
手口:覚醒剤卸し、覚醒剤密売。

夏原 武:覚醒剤の末端価格は一回分(著者補足、0.1g)で一万円程度。
覚醒剤の売買は、仕入れ値の数百倍から千倍(著者補足、混合物等で変化する)にもなる。
とてつもなく儲かるシノギである。
数百倍から千倍とはずいぶん開きがあるように思えるが、
それは覚醒剤の流通ルートが複雑怪奇だからだ(時期に依って変わっても来る)。

元関東広域組織幹部:最初に買い付けた時に三千万払ったとするな?
これで三十キロのシャブが手に入る(買い付け元が北朝鮮の場合)。
買った人間がそのまま捌く(密売する)ことが無い訳じゃないが、普通はやらない。
次に卸しみたいな奴がいる。
これが十人として、一人三キロずつ、九百万ぐらいで売りさばく。
(組仕事なら12人程度で小分けして、初めから4人は押さえられる事を想定する)
最初の奴(買い付け元)は六千万儲かるわけだよ。
実際には混ぜ物をして増やすから一億にはなるかな?
その十人がまた下の二十人ぐらいに分けて、
さらにそいつらが、といった具合に流れて行って、最後の最後が売人になるんだ。
こいつらにはグラム五万円ぐらいじゃないかな?
それが十万になるんだから悪い話じゃないだろう。
末端(価格)から元値を考えると、
最初のやつが莫大な金を手にした様に思えるかもし知れないが、
そういう計算じゃ無いんだよ。
普通の商品流通と一緒で、中間マージン(差額)やコストが掛かるという事だ。

夏原 武:それにしても覚醒剤の売買の様に、ただ右から左に物を動かすだけで
億単位の金が入るシノギは少ない。
月一回でも十分なシノギになってしまう。

元関東広域組織幹部:そこがシャブの怖いところでな。
混ぜ物だって増やせば増やすほど儲かるだろう。
だから、他のこと(仕事)を考えなくなっていかんのだよ。
どうしても金がいるんだとなると、すぐにシャブが頭に浮かぶんだな。
シャブはな、売る方もハマっちまうんだよ(中毒に成る)。
関東のある組なんかは、オヤジがシャブ好きだから、どうしようもない。
(内の看板では直系一門の総長、執行部本役がハマっている所が有る)。
上部組織が注意したって聞くもんか!
自分が打つ分を下(若衆、傘下)に用意させてる訳だから、
下がシャブ捌いたって文句いえるか!
でもって儲かれば、それを上部組織に納めるから、
今度は上部組織のほうでも、まあいいか、になっちゃうんだな。

夏原 武:最終的に覚醒剤の利益総額はどの位になるんですか?

元関東広域組織幹部:シャブで得ている利益総額だって?
そんなもの誰にもわからんだろう。
そうだなあ?小さな組でもシャブやってる所なら、月一億にはなるだろうな。
買い付けから売人まで、全部自分の所でやれば
十億以上になるだろうが、それじゃあ、いずれ摘発されてしまう。
だから二段階だな。

斉嘉 東政:抗争で金庫が苦しく成った場合、
組織の金庫を立て直す為に、敢えて大規模な覚醒剤取引をやる場合が有る。
当然、指揮役は持ってかれるのを覚悟で大仕事を打つ事に成る。

元関東広域組織幹部:買い付けと卸しまで自分でやって、
その先はよその組織を使ったり、アンちゃん達を使うんだよ。
池袋あたりでギャング(カラーギャング、当時)がクスリ扱ってたなんて有名な話だろう。
(イラン人に卸す場合も多い)
ただ、これはトータルの金の話だから、誤解しないでな。
いっぺんに何キロも捌ける訳じゃないんだよ。
(金が)必要になったら、その時に金と交換するという形だから。
10キロのシャブが入りました、じゃあすぐに全部売っちまえ、という事じゃないんだ。
小分けして、必要な分だけ(金や道具と交換する為に)出していくんだよ。

斉嘉 東政:私の実感や聴いた話を総合すれば、
東京に於ける広域指定傘下の六割はアイス、覚醒剤に触れている。
売人は限られるが、卸しを含めてもそれ位だろう。
当然、内の会は覚醒剤など一切触れていない。
そんな物に触れなくても、確実に謝礼金名目でその月平均額3倍以上は集まる。
又、覚醒剤の仕事には常に厄介事が付き纏うのだ。
何処の一門でも派閥対立の一つや二つは有る物だ。
敵対派閥の奴等から桜田へその取引実態が売り飛ばされる事が有るのだ。
又、一門執行部が覚醒剤で抜きん出た傘下を売り飛ばす事も良く有る話だ。
内の看板でもあの下手打ち野郎が売ったお陰で解散に追い込まれた老舗名門一門が有る。
組織再編を視野に入れた算段だったらしいが、
結果的にお隣さんの一門がデカく成った。

アイス

此処で覚醒剤取引に於ける一昔前の仕事手段を挙げる。
先ず、役付きが中国の仲介屋に話を通した上で、
若いモン六人前後を現地に送る。
そして北朝鮮工作員と繋がりの有る中国人を仲介して貰う。
だが、覚醒剤取り引きで中国に飛ばされた若いモンは殆ど死駒扱いだろう。
若いモンが覚醒剤取引で中国当局に押さえられれば、
確実に死刑判決が下されるのだ。
今は中国に若いモンを飛ばす所までは変わらないが、
大体は中国国内で密造された覚醒剤を買い付ける所が多いと聴いている。
品質も混合の多い劣悪な物らしい。
路上での密売価格はやや値崩れを起こしてるらしいが、
それでも10年前の北朝鮮産に近い値段だろう。
北朝鮮の軍部機関が密造した高純度覚醒剤では、
その二倍から三倍まで高騰している様だ。
今では卸値の安いメキシコ産やコロンビア産を買い付ける所も増えている。
又、覚醒剤の仕事には日本に持ち込んでからも厄介な事が有る。
小分けした覚醒剤を日本国内に持ち込む間に、
勝手に少量をクスねる奴が居るのだ。
当然、クスねた分を混ぜ物で補うのだから純度も落ちる。
そんな物を売れば客離れが起こるだろう。
要するに持ち込んだ覚醒剤を誰かが味見しなくては成らないと云う事だ。
ヤクザ社会には“賢い者は人に売り、愚か者は自分に打つ”と云う言葉も有る。
上客に味見させる所も有るが、基本的に客は信用しないそうだ。
其処で売り手のヤクザが味見する事に成る。
初めは若いモンが味見する。
次第に役付きも味見する様に成る。
そして最後は親までハマっちまう。
そんな事も決して珍しい事では無いだろう。
東京では覚醒剤取引も組仕事が基本だが、
あれでは組仕事なのか、アイス・パーティーなのか良く解からない。
そして何時かは上部や執行部に売られて絶縁だ。
当然、絶縁なのだから覚醒剤で得た金庫も持ってかれる場合が殆どだ。
他所の一門の知人が弁明していたを憶えている。

知人:本当は誰だって好きであんなモン撒いてる訳じゃないだろう?
新しい仕事キメても(改正法)ですぐに睨まれるからな。
だから、アイスでも撒かせて(桜田が)待ってましたってな(逮捕)。
今はあれやらないと若いモンも(金銭的に)持たないし、
それで何人も飛んだ奴いるしな。
納めも親父と兄貴だから(改竄)、
要するにアイス撒いてでも納めるモン、納めろ言うんだろう?
お宅はタネがデカかったから良いけど、そうじゃなければ同じだよ。

斉嘉 東政:先にも触れたが、末端は立ち上げ時の種金次第で組織体質まで変わって来る。
それで金庫に余裕が無ければ短絡的に覚醒剤と云う所が多い。
例え親が覚醒剤取引など外道の仕業と一蹴りでも、
若いモンや仕事の無い役付きは納めに苦しんでいるのだ。
其処で親も嫌々ながら黙認する末端も多い。
暴力団対策法と云う物は一見、ヤクザから市民を守る為に有る様に見えるのだろう。
だが、実際は別の狙いが有るのだ。
年々、対策法から逃れる為に看板上げての本抗争が減って来ている。
銃刀法や抗争時の殺人罪は桜田に取ってもデカい手柄に成る。
だが、抗争が無くては桜田もシノギ、、いや、手柄に苦しむ事に成るだろう。
ヤクザが居てこそ組対各課も存続出来るのだ。
私は暴力団対策法を意図的に改正する事で、
ヤクザが無茶な仕事を打たざる負えない状況を桜田が作っていると睨んでいる。
ヤクザの金庫を苦しくして、手柄のデカい覚醒剤を扱う所を意図的に増やす。
全ては安定した手柄を確保する為だろう。
振り込めや架空もそうだが、結果的にヤクザの市民食いを招く事にも成る。
混ぜ物の覚醒剤に因る事故も後を絶たない。
暴力団対策法も正確には“桜田門一家保護法”と言った方が的を得ているだろう。
市民保護法では無く警察保護法だと云う事だ。
私はこの傾向を桜田天下りの某機構役員に聞いたが、
見事に私の睨みを示唆したのだ。

某機構役員:そりゃそうでしょうよ?
暴力団ほど逮捕者が出る団体はないんですから。
組対は“成績”を気にしますからね。

斉嘉 東政:一応、そう云う事らしい。
奴等に取ってヤクザ社会とは世間の害悪では無く、
手柄のユートピアに過ぎないと云う事だ。
だが、“合法的”な企業買収仲介で更に“運用金”を増やしていても、
桜田への挨拶さえ欠かさなければ“合法的”な仕事でも通ってしまう。
常日頃から真面目に“挨拶”しているからだ。
やはり「記憶に御座いません」とは言わせない。
すっトボけるなら何度でも言ってやる。
次はヤクザ社会が何故無くらならいのか?
その事実核心に触れる。
ヤクザ社会は確実にお国から必要視されているのだ。





取材者:某取材者
請負殺人。
手口:請負殺人、脅迫殺人

某取材者:外国映画で殺し屋稼業というのがありますよね。
あんなシノギをしている人って本当にいるんですか?

関東広域組織幹部:専門でやってるって話は聞いた事ないな。
来た事あるよ、内にもな。
大企業にも派閥があるだろ?目の上のタンコブのような奴が。
そんな奴の始末を頼まれた事もあったな。
大抵は断るが、金をタンマリ持ってそうな企業なら話に乗る。
なんせ一生カス(恐喝)れるんだからな。
こっちは証拠を握ってるんだから。
相場は一人、五千万(平均七千万)だ。
場合によっては億を超える事もある。
東京の業界(東京ヤクザ社会)ではそんな物だ。
大事なのはな、荷物を確実に消すという事だ。
俺たち業界の者(東京ヤクザ)はな、日頃から埋めてもいい場所をチェックしてるんだよ。
(東京では、荷物を証拠として残す場合は首都圏近郊の山林、
荷物を完全に消す場合は山梨、長野の中央山脈等に埋める場合が多い“らしい”)
不思議な物でな、穴掘らせるだろ?
何も言わずに掘るんだよな。
言う事を聞けば助けて貰えると思ってるんだろう。
どっちにしろるんだから関係ないからな。
コネがあれば食肉業者に頼んでな、
そのまま豚の(捨て)肉と一緒に(焼却処分して)捨てて貰うんだよ。
ミンチにして混ぜるんだからまず解らない。
組の稼業(組仕事)で食肉会社を経営している奴もいるくらいだからな。
他にも宅地開発の時に産廃と一緒に埋め立てて貰ったこともあったな。
鉄の棺桶に入れてな。
鉄鋼業社の連中に金貸してるだろ?
後は連中に作って貰えばいいんだよ。
お互い理由は聞かないのが鉄則だ。
一番いいのは陶芸家だな。
(ヤクザから)足を洗った業界の者で陶芸家になった奴って多いだろう?
あれは完全に骨までせるからな(炉内で長時間焼く)。
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一刻一決





書:斉嘉 光政





2003年4月18日。
当時、私は有る重大な経験に因り、
唯、悲嘆に明け暮れるだけの日々を過ごしていた。
そんな気の抜けた私は何故か、不思議とヤクザ社会の流れが気に成っていた。
義父は初代稲川会某名門一門傘下で若衆修行した過去が有る。
その義父もこの数年前に亡くなっていた。
義父が存命の頃は群馬県内に本部を構える三代目稲川会某一門の
代紋持ちヤクザ、そして代紋を外した男達が頻繁に遊びに来ていた。
そんな環境で私も育ったのだ。
今に想えばヤクザ社会の流れに触れる事で、
亡き義父の残像をヤクザ社会に見出していたのかも知れない。
同時にその残像に私の有様を問う様な感覚が常に有ったのも憶えている。
だが、街で接するヤクザと云うのは余り好きでは無かった。
あの偉そうに振る舞う穢れた姿に、吐き気を催す様な嫌悪感を抱いていたからだ。
そんな最中の有る晩、私は代紋同士の抗争を扱う報道番組に触れていた。
報道では群馬県大泉町に本部を構える住吉会傘下事務所に
10tダンプカーが突撃したとの事だった。
更に前日に一家名乗りした傘下組長もその場にて射殺されていた。
だが、私はヤクザ社会を扱う書籍から、
直ぐに相手の代紋が五代目山口組で有る事を確信したのだ。
相手代紋の傘下事務所にダンプを突撃させる手口は、
日本最大のヤクザ組織、歴代山口組の御家芸と雑誌で謳われていたからだ。
後日、この抗争の記事を週刊誌で見たが、既に抗争は激化の渦中に有った。
一方の代紋は五代目山口組初代弘道会(以下、初代弘道会)で有り、
もう一方は栃木県栃木市に本部を構える、
住吉会六代目住吉一家二代目親和会(当時)だった。
又、80年代後半から首都圏に進出した五代目山口組勢力と、
関東の代紋に依る本抗争は史上初の出来事だった。
そして今は私も看板外し、代紋外しとして、
某看板直系の有力一門傘下で仕事を打つに至っている。
複数の知人がこの本抗争を“栃木戦争”と呼んでいたのも印象的だった。
今は引退した代行からも、この本抗争の“実像”を聴かせて頂いた。
そして此処で“北関東抗争”と呼ばれる本抗争の“表向き”概要に触れる。

2003年4月16日、栃木県宇都宮駅東側に於ける
運転代行業の島(縄張り)を廻り、
初代弘道会東海興業、大栗 章舎弟頭が率いる大栗組と、
二代目親和会田野七代目が和解交渉の場を持つも、
双方共に譲る事なく交渉決裂に至る。
住吉会で二代目親和会と云えば、
当時の十二代目幸平一家に匹敵する程の部闘派一門で通っていた。

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住吉会常任相談役                      
十二代目幸平一家  築地 久松総長            

二代目親和会側が和解交渉を蹴ったのも重大な理由が有った。
この数日前、初代弘道会傘下組員数人が宇都宮繁華街で傍若無人を振い、
意図的に二代目親和会勢力を挑発していたのだ。
当然、その宇都宮繁華街も二代目親和会の島だ。
相手代紋の島を荒らして、相手から仕掛けさせる手口も
歴代山口組の御家芸だ。
そしてその事実を抗争に打って出る為の“大義名分”とする。
要するに初代弘道会側には初めから
抗争を回避する意図など無かったのだ。
有る意味でこの北関東抗争は初代弘道会の
算段に因って起こされた本抗争とも言える。
同時に90年代初頭より本格的に成った歴代山口組の首都圏進出も、
既に首都圏を埋め尽くす程の成果を上げていた。
その結果、進出範囲が北関東にまで拡大して行った時期とも重なる。
迎え討つ二代目親和会も初代弘道会との本抗争を覚悟した以上、
関東の代紋に対してその戦闘力を知らしめる格好の機会だった筈だ。
だが、住吉会執行部にもこの本抗争を利用した
算段が有ったと云われている。
歴史的な本抗争と云うのは表向きには
語られない側面が沢山有る物だ。
中にはその背後に政治経済事件が絡んだ物まで有る。
山口組分裂の件も、此処に到るまでに入ったネタを総合すれば、
最早、業界の範疇で納まる話では無い。
三代目弘道会と強い繋がりを持つ某大企業、
数年前に山口組から引退した超大物組長の強大なコネと云う二点から、
ネタも整理されて来ているが、既に或る程度は巷でも聴こえている。
六代目山口組と神戸山口組と云う構図など大した意味は無い。
警察機関のOB、某生保役員の親父さんも、
抗争が起きないと「何時かは“起こされる”」と溢しやがった。
同時に有る経緯に対して「潰さんと、組対が潰される」とも溢していた。
内外問わず、抗争も長引けばその状況から新たな算段が加わるのも常だ。
そして和解交渉を蹴った双方の行動は直ぐに表面化する。

4月18日午前3時頃、初代弘道会東海興業大栗組本部事務所に対し、
田野七代目傘下組員が2t保冷車を突撃させる。
此処に事実上、北関東抗争が勃発する。
同日午前5時頃、その返しに田野七代目本部事務所へ、
初代弘道会傘下組員が拳銃を十数発発砲する。
更に田野七代目関係の建設会社、麻雀店、
田野七代目傘下組員宅に対しても銃撃する。
この迅速且つその動員力を駆使した返しからも、
初代弘道会が全面的な本抗争に打って出る為の“計画性”が窺える。
又、事の兆しはこの約2週間前から有ったと云う。
初代弘道会本部の有る中部地方より、東京都内の初代弘道会関係先へ
組員の補充が図られたと云う話も聴いている。
全てはこの本抗争を立てる為に“計画”された活動だったのだろう。
又、相手代紋の事務所へ車両を
突撃させるのは歴代山口組の御家芸だが、
この北関東抗争では逆に住吉会側が先手で保冷車を突撃させた形に成る。
既に初代弘道会側の算段を二代目親和会側も読んでいたと想える。
住吉会東京勢の情報力は圧倒的だ。
先手を打って保冷車を突撃させたのも
初代弘道会の挑発を揺ぎ無い覚悟で叩き返す意図が有ったのだろう。
抗争時に於ける手口には常に暗黙の言葉が込められている物だ。
4月21日午前3時頃、大栗組本部事務所に対し、
田野七代目傘下組員が、今度は10tダンプを突撃させる。
張り付け中の機動隊員数人も巻き込まれて軽傷を負う。
同日午前11時頃、栃木県氏家町の県営住宅駐車場にて、
二代目親和会田野七代目傘下組員を初代弘道会傘下組員が射殺する。
此処に北関東抗争初の抗争没故者が出る。
4月23日、抗争激化の兆しを見せる北関東抗争に対し、
栃木県警も直ちに対抗策に打って出る。
同日付けで大栗組本部事務所と田野七代目本部事務所、
そして宮城県仙台市に本部を構える
初代弘道会東海興業本部事務所に対し、
暴力団対策法に基く組事務所使用制限の仮執行処分下す。
だが、既に襲撃班は各所に潜伏しているのだ。
当時も携帯が普及していたのだから、
指揮役や連絡役も事務所に留まる必要性は無い。
暴力団対策法15条の組事務所使用制限には有る狙いが有ると云う。
抗争を事前抑止出来なかった警察機関には、
市民社会からその失態に対する非難が出る筈だ。
そして法案を適用する事で抗争抑止を“演出”するのだと云う。
某機構の親父さんに“挨拶”した際、そんな様な話しを溢したのだ。
私も仕事で事務所の必要性など感じた事も無い。
密会場所なら幾らでも有る。
仕事の方もその“絵図”の元に数人の専門職種を持つ者が動く事に成る。
その連絡も外部共有不能のノートパソコンや携帯が有ればどうにでも成る。
仕事を打つのは都内を中心とした首都圏だが、
携帯さえ有れば鬼怒川温泉からでも連絡を飛ばせる。
寧ろ居場所を知らせてやった方が“奴等”にとっても都合が良いだろう。
そして二代目親和会も初代弘道会に返しを付ける形で、
その懐に飛び込んだ襲撃を決行する。
5月5日午前1時頃、愛知県名古屋市に本部を構える
初代弘道会本部事務所の路上付近にて、
二代目親和会光京睦会二代目(現光京家一家三代目)傘下組員が立つ。
そして初代弘道会司龍興業組員が乗る車を銃撃する。
司龍興業組員は1ヵ月の重傷負う。
又、東京ではこの襲撃に有る一説が発っていたと聴いている。
銃撃されたのは司龍興業組員だが、
眞のが初代弘道会執行部の超大物だったと云う一説が有るのだ。
住吉会は十三代目幸平一家を中心に
山健勢力との繋がりが強く成って来ているが、
弘道会勢力との繋がりは微妙だと云う。
私が抱き込んだ会社にも、四代目山健組三次(濁す)の家紋外しが食い付いて来た事が有る。
そして立場上の理由から、別の企業のケツ持ちを回している。
今では事有るごとに連絡を取り合う仲だ。
同じ家紋外し同士、“惹き合う”物が有るのかも知れない。
苛烈な武闘派で通る“お隣さん”など、
内の看板が当事と成った襲撃が起こる度に携帯を入れて来る。
だが、訳有ってケツ持ちを回すのはお隣さんの一門が最優先だが、
私も立場上、山健勢力と繋がりを持った方が都合の良い部分も有る。
同時に一門には、六代目山口組と共存する為の戦略的な指針も有るのだ。
山口組分裂を睨んだ戦略的指針だった事は確かだが、
一門としては山口組支持で通している。
この件に関しても早速、四代目山健組某有力三次傘下の家紋外しから、
「お宅(一門)も割れる云うネタが入っとる。本当かいな?」と“誘導尋問”も受けている。
だが、明白に「●にしても●●にしても元々船乗りなんだから、
上手く流れに乗っとるよ」と適当に交わした。
実際に一門の執行部でも僅かに意見交換が交わされた程度で、
直ぐに家名に関する議題に移ったと聴いている。





初代弘道会本部前の銃撃事件に話を戻す。
そして本部事務所前で執行部員を銃撃された初代弘道会は、
即座に二代目親和会光京睦会二代目に熾烈な返しを決行する。
同日5月5日午後3時頃、栃木県佐野市に本部を構える
光京睦会二代目本部事務所にて、
野沢 昇平特別相談役と傘下の鈴木組々員が射殺される。
正面玄関より侵入した、
初代弘道会司龍興業傘下組員に因って射殺されたと有る。
同日午後9時頃、栃木県宇都宮市に本部を構える、
二代目親和会下馬木七代目本部事務所前の路上にて、
守りに駆り出されていた二代目親和会勘助十二代目組員が、
近付いて来た車から降りた初代弘道会傘下組員に因って銃撃される。
勘助十二代目組員は重症を負う。
5月6日午前1時頃、群馬県桐生市に本部を構える、
二代目親和会須永十二代目本部事務所に対し、
初代弘道会傘下組員が銃撃する。
同日午後10時頃、その返しとして茨城県土浦市の
初代弘道会傘下組長宅に対し、
二代目親和会須永十二代目組員が銃撃する。
5月8日午後11時頃、群馬県大泉町にて、
二代目親和会光京睦会二代目傘下事務所に対し、
初代弘道会傘下組員が10tダンプカーを突撃させる。
同時にこの前日、29歳で一家名乗りした
光京睦会二代目傘下組長も射殺される。
5月9日、熾烈なる返しを決行する初代弘道会に、
愛知県警も対抗的処置を“演じる”。
そして初代弘道会本部事務所に暴力団対策法に基く、
組事務所使用制限の仮執行処分を下す。
5月13日、愛知県警に呼応する形で栃木県警も
二代目親和会本部事務所、光京睦会二代目本部事務所に対して
暴力団対策法に基く、組事務所使用制限の仮執行処分を下す。
5月14日午後4時頃、栃木県栃木市の県立女子高校正門前の
郵便局駐車場にて、二代目親和会樺山組々員が
初代弘道会傘下組員二人に因って射殺される。
5月15日、既に暴力団対策法に基づく組事務所使用制限の
仮執行処分が下された二代目親和会田野七代目本部事務所、
東海興業本部事務所、大栗組事務所に対して
栃木県警が本執行処分を下す。
同日、この事態を鑑みた初代弘道会執行部が抗争中止命令を下す。
5月16日午前1時頃、山形市の路上にて初代弘道会高橋興業関係者が、
二代目親和会傘下組員に銃撃される。
高橋興業関係者は重傷を負う。
5月19日午後11時頃、福島市のコンビニ・ストアー駐車場にて、
初代弘道会高橋興業傘下組員を
二代目親和会光京睦会二代目傘下組員が銃撃する。
5月20日午前2時頃、山形市のマンション内に本部を構える、
初代弘道会高橋興業本部事務所を
二代目親和会光京睦会傘下組員が銃撃する。
5月23日午後11時頃、宮城県仙台市の初代弘道会東海興業傘下組長宅に、
二代目親和会傘下組員が鉄パイプ爆弾を炸裂させる。
6月12日、初代弘道会と二代目親和会が再度、
抗争終結に向けた和解交渉の為に面談する。
始めは二代目親和会側が抗争終結の話を蹴ったとされるが、
この本抗争に因る双方の疲弊状態を鑑み、
本抗争中止で話が付いたと“される”。
此処に約2ヵ月に及ぶ北関東抗争は“一時中止”と云う形で現在に至る。

当時は二代目親和会も傘下約1200~1500人を誇る、
住吉会最大の武闘派一門だった。
だが、代紋の執行部と云う物は常に突出した有力傘下一門を危険視する物だ。
2005年の住吉会新執行部人事から特にその痕跡が窺える。
そして北関東抗争を“経た”今、二代目親和会も
傘下約500人~700人まで減少している。
仕事絡みで“友達”に成った某順大手ゼネコン役員と
住吉会に関する話に成った際、二代目親和会を会中会と勘違いしていた程だ。
私から明白に誤解を解いておいたが、
結果的に傘下約1500人を誇る住吉会十三代目幸平一家が、
“図らずして”住吉会最大傘下一門と成ったのだ。
一方で2001年の四ツ木斎場事件で、
当時の住吉会六代目住吉一家向後四代目、熊川 邦男総長と、
滝野川七代目、遠藤 甲司総長が
三代目稲川会某一家(解散)傘下の二人に射殺されている。
的取りした某一家傘下組員は、
住吉会の代紋を付けた上で住吉会葬に紛れ込んでいた。
その代紋や住吉会会葬のネクタイ入手元にも、
根強い“疑念”が発っていたと聴いている。
そして向後四代目、熊川 邦男総長と
滝野川七代目、遠藤 甲司総長が射殺された。
だが、“何故か”本格的な返しは幸平一家が打っている。
住吉会では十三代目幸平一家が
戦闘部隊の役目を果たすと黙されるが、理由はそれだけでは無い。
其処には別の重大な理由が有ったのだ。
このでは内の看板、一門も無縁では無い。





一方で5人の抗争没故者を出した北関東抗争は、
関東の代紋が何時かは起こると懸念していた
山口組との本抗争が現実に到る形と成った。
だが先述した通り、この北関東抗争が勃発した
最大要因は五代目山口組若頭、
延いては山口組六代目を懸けた
初代弘道会の算段に有ったと云われているのだ。
その行動力、戦闘力を五代目山口組内に
知らしめるのもその狙いだったのだろう。
遡る1997年、五代目山口組、宅見 勝若頭が直参中野会を“利用”した、
暗殺事件”に晒された為に、五代目山口組若頭は空席と成っていた。
その因果“も”相俟って五代目山口組、渡辺 芳則組長に対して、
直参傘下から非難が相次いでいたとされる。
同時に山口組跡目継承権は若頭に有ると云うのが
山口組の定道では有った。
その最有力候補が初代弘道会、司 忍会長と
三代目山健組、桑田 兼吉組長だった。

桑田三代目
元五代目山口組若頭補佐
三代目山健組 桑田 兼吉組長

2004年2月には、三代目山健組も東京都台東区に本部を構える、
名門神農組織、八代目飯島会と抗争を勃発させている。
この件も私の中で不穏な記憶として残っている。
あれは昼過ぎの報道だったと思うが、
埼玉県や東京都内で複数の露天商が刺殺体で発見されたのだ。
しかもその内の一人は両腿を刺された刺殺体で有ると報道されていた。
既に両腿を刺す手口がヤクザ独特の物で有る事も知っていたのだ。
更に一日の内に数人を刺殺する手口から、
直ぐに五代目山口組関西勢を疑ったのを憶えている。
当然、その行動力、組織力から三代目山健組を疑った事は語るまでも無い。
三代目山健組が“(抗争で)道具は一切使うな”と
全傘下に通達した云う話を聴いた事が有ったからだ。
その八代目飯島会との抗争でも四班から成る抜刀隊を班分けし、
一日の内に八代目飯島会傘下組員2人を刺殺したとされる。
道具を使った殺人罪なら20年以上は塀の中だが、
日本刀で刺した殺人罪なら、行儀次第では18年程度で済むだろう。
今は公衆の面前でをブッ放してを取れば確実に無期だ。
優れた殺傷術に長けた者が何人も塀の中では、代紋の戦闘力にも差し障る。
だが、一部指揮系統に無い三代目山健組傘下組員が、
独断で八代目飯島会傘下事務所や組員を銃撃した。
そして日本最大の神農組織、極東会極東五代目傘下組員を、
誤射殺する重大な事態も招いた。
そして一時、東日本有数の武闘派組織でも有った、
極東会極東五代目執行部が傘下に待機を下す事態をも招いている。
此処で言う待機とは抗争準備と云う意味だ。
又、三代目山健組は1994年にも極東会極東五代目と
“山極抗争”を勃発させた事も有った。
実弾44発を炸裂し合った結果、3人の抗争没故者を出したと有る。
一方で五代目山口組には“血のバランスシート”と云う掟が有った。
「山口の者が一人がられたら、
(った代紋の)相手を四人殺れ!」と云う掟だ。
結果的に三代目山健組と初代弘道会がその抗争戦訓に依り、
次期若頭、延いては山口組六代目候補を
主張する算段が有った事は確実視されている。
初代弘道会は暴力団対策法施行以降、
関東では不可能とも云われた長期本抗争を成し遂げた。
一方の三代目山健組は北海道での発端から僅か二日で、
迅速且つ圧倒的な組織力を以って八代目飯島会を圧倒した。
歴代山口組の強みは結束性に優れた戦闘力に有ると言えるだろう。
だが、宅見若頭暗殺事件の際、桑田 兼吉組長と司 忍会長は、
銃刀法違反で“国策”逮捕されたのだ。
当時でも両者の懲役刑は十分に想定されていたとされる。
特に桑田 兼吉組長の懲役は最早避けられない状況だったとも云われていた。
その収監時期も桑田 兼吉組長の方が早まる事も想定されていた様だ。
そして結局、当時の五代目山口組反主流派筆頭格だった司 忍会長が、
五代目山口組若頭に就任する事と成った。
そして司 忍若頭を筆頭とした反主流派の若頭補佐達は、
様々な“要因”を突き付けて五代目山口組、渡辺 芳則組長を引退させるに到る。
此処に司 忍若頭を組長とする山口組六代目体制が発足する。

弘道           司六代目
六代目山口組三代目弘道会本部     六代目山口組 司 忍組長
                            
又、北関東抗争勃発には避け難たい必然性も有った。
それは1992年の暴力団対策法施行以来、五代目山口組直参が仕事を求め、
大挙して首都東京へ進出した事に端を発する。
暴力団対策法施行後の西日本では、
仕事に困窮するは必至と見越したのだろう。
そして高利や登記飛ばし、株屋などに偽装して首都東京へ進出を遂げる。
同時にその事実は関東の代紋に
五代目山口組との本抗争を覚悟させるに至った。
今は亡き東京都台東区に本部を構えた
二代目義人党、高橋 信義会長も執行部を前に、
代紋が壊滅するまで五代目山口組に対抗する覚悟を伝えたと云われる。
だが結局、1992年1月に関東の某代紋執行部員から、
“有る条件”を飲んだ事で二代目義人党を
解散させるに到ったと云われていた。
そして現在は住吉会武蔵屋一家十代目として活動している。
此処からは少し関東の代紋に於ける特筆点に触れる。
その武蔵屋一家創始者で有る武蔵屋 新蔵初代にも
特筆すべき由縁が有るのだ。
娯楽で度々登場する“遠山の金さん”のモデルと成った
遠山影元は、武蔵屋 新蔵初代の兄貴分に当たる。
幕末の頃は関八州の博徒親分の多くが、
領地の代官所から十手を任されていた。
現在でも関東の代紋は警察機関下請けの側面が有る。
内の看板もその典型だ。
主にOBの“親父さん”連中が相手だが、その内訳も業界流れの捜査協力や
足の世話、“空手柄”など様々だ。
そのネタで上手く現職を動かして、足場固めてるのも良く解かる。
当然、関東の代紋なら政財界の頼みも聞いている。
政界をも巻き込む重大な不正事件が表沙汰と成った際、
妙な首吊り自殺飛び降り自殺を遂げる
関連人物が多いが、それは“気の所為”だろう。
関東の代紋は国家社会の為、粉骨砕身、任侠道に精進している“筈”だ。
大物議員の後援会関係者から50億でお国仕事など滅相も無い。






又、関東では代目が十代に達す老舗名門一門が多い事も特筆点だ。
先述した住吉会武蔵屋一家十代目、
そして現代に於ける武功で、名門一門の誉を更に高めた、
住吉会十三代目幸平一家など、
江戸時代に結成された一門の多くが今も現存している。
特に象徴的なのは六代目松葉会八代目上州国定一家だろう。
19世紀前半に幕末の大侠客、国定 忠治こと、
長岡 忠冶朗が結成した一門とされる。
一時は衰退が著しく、北関東抗争で触れた
光京睦会二代目預かりの身と成ったが、
松葉会、牧野 國奉先代の尽力で、
現在は群馬県みどり市に本部を構えるに到っている。
又、私の地元埼玉県本庄市は日本最大の河川、
利根川を隔てて群馬県と隣接する。
商業都市の高崎市や県庁所在地の前橋市では、
国定 忠治も地護神と化している程の扱いだ。
通り沿いに土産物屋が沢山有る。
散発的な抗争は有るが、昔からヤクザ社会が
市民社会に或る程度は溶け込んで来たのが群馬県の気風だろう。
仕事も公共事業に土建屋で堅く打っている所が多いと聴いている。
そして群馬県高崎市には、
六代目松葉会十二代目北関東大久保一家も本部を構える。
18世紀前半に結成されたとされる、
日本最古の元祖博徒一門としてその知名度を誇る。
荒くれ者を束ねて盆を開く事で生きる糧を得る、
博徒らしい姿を初めて実践した一門とされている。
同時に結成後に上州渋川代官と対立した為、
約100年以上の潜伏期に晒されたと云う話も有名だろう。
国定 忠治が赤城山へ潜伏した際にも、
身の回りの世話を看ていたとされる。
又、松葉会、牧野 國泰先代に依れば、
その潜伏時代に少なくとも七代は代替わりしたと云う。
それが事実なら、北関東大久保一家の代目は少なくとも十九代目に成る。
同時に牧野 國泰先代は北関東大久保一家十代目総長を歴任した。
そして六代目松葉会、荻野 義朗会長も
北関東大久保一家十一代目総長を歴任したのだ。
(立場上、現在の松葉会に触れる事は避ける)
“上州博徒”と云う称号が示す通り、博徒発祥の地とされる群馬県には、
江戸時代に結成された老舗名門一門の多くが現存する。
内の看板にも国定 忠治を扱う娯楽で、
度々登場する名門老舗一門が現存している。
群馬県に限らず、関東の代紋に老舗名門一門が多いのは、
厳然たる島割りが守られて来た歴史が有るからだろう。
お上の御前で勢力争いも最小限に留意した事も挙げられる。
更に戦後、悪戯に警察機関へ
敵対姿勢を取らなかった事も挙げられるだろう。
首都圏では警察機関や政財界との癒着度も圧倒的だ。
でなければ私の様な仕事など打てる訳が無い。
迂闊に奴等へ“挨拶”すれば、その場にて“おとり”現行犯逮捕だ。
当然、老舗名門一門は関東以外にも現存する。
代表的なのは静岡市に本部を構える
六代目山口組六代目清水一家だろう。
家名が黙す通り、幕末大侠客で有る、
清水ノ次郎長が結成した老舗名門一門とされる。
同時に2003年に大規模闇金融事件で摘発された、
五代目山口組初代五菱会が家名直しで現存させた一門でも有るのだ。


高木六代目
六代目山口組若頭補佐
六代目清水一家 高木 康男総長   

当然、地元住民が初代五菱会の
清水一家六代目名乗りに反発したのは語るまでも無い。
地元住民は清水ノ次郎長を観光資源にして来たのだ。
だが、初代五菱会、高木 康夫会長と
その前身だった初代美尾組、美尾 尚利組長は、
昭和41年まで存在した五代目清水一家の若衆だったのだ。
五代目清水一家の為にを賭けたのだから、
実力の有る高木 康夫会長に清水一家六代目継承権は
十分に有ると私には想える。
地元住民は「指定暴力団は清水一家を名乗るな」と叩いたが、
現代のヤクザ組織は内実に関係なく全て暴力団扱いだ。
実際に田辺 金吾先代が清水一家を解散させたのも、
家名が暴力団呼ばわりされる事を嫌った為とされる。
六代目清水一家前身の初代五菱会も大規模闇金融事件で摘発されたが、
現代では権力社会が悪辣な金権体質なのだ。
その金権社会に食い込む為には、
ヤクザ社会にも依り“変則的”な金権体質が求められる側面も有る。
暴排条例だ何だ言っても、役員席を回したOBの親父さんを
暴力団関係者に認定出来るなら、やってみろ、だ。
認定して役員会から追い出せば、
組対連中も内の情報を得られなく成るだけだ。
だが、基本的には法令遵守で通しているが、
それも元の種金がデカかっただけだ。
内の一門も金庫が苦しければ何れ執行部から切られる体質が有る。
市民社会が不景気なのだから、詰め指や全身に墨を彫った者に
就職先など有る訳が無い。
手に職も持たず、40を過ぎていれば尚更だ。
暴力団対策法の規約に有った就職斡旋などまるで機能していない。
生きる為にはヤクザとして市民を食うしか無いのだ。
私は抱き込んだ会社にも“二人三脚”で儲けさせて来た積もりだが、
それが出来るのも、やはり元の金庫がデカかったからだ。
同時に看板の威光は暗黙の脅しに成る。
だが、幕末大侠客にも、常に“悪役”として語り継がれて来た侠客も居るのだ。
それが清水ノ次郎長の敵役と黙された甲州博徒、黒駒ノ勝三だ。
黒駒ノ勝三は私が最も共感出来る幕末代侠客でも有る。
親分、竹居ノ安五郎の為に自らを犠牲にした部分へ
特に強い共感を持てるのだろう。
独断で仕事を打つ自身の立場からも
共感出来るのかも知れない。
仕事で内偵食らうとしたら真っ先に私からだ。
その仕事には歌舞伎町から叩き出された幇連中や
香港三合会傘下の奴等からわれ兼ねない物も有る。
知人の看板持ちに回す事も有るが、掛け合いも月二、三本は来る。
何れにせよ、静岡県民が清水ノ次郎長を
“善役”として観光資源にする為には、
黒駒ノ勝三を永遠に“悪役”にしなくては成らないのだろう。
だが、元より清水一家は“高利”もやる博徒一家だ。
幕末風情の任侠劇団では無い。
博徒一家なのだから盆では“貸し賭け”もやっていた筈だ。
負け金詰めで“登記ハガシ”もやっただろう。
六代目山口組六代目清水一家も時代気風に順応した、
現代の清水一家で有ると私には想えるのだ。
法案で抗争も出来ないのでは、“金”で抗争するしか無い。
だが、そんな時代の中で“ヤクザの本質”が体現された
歴史的本抗争が勃発するのだ。





2006年5月22日、此処からは訳有って、少し私の実像にボカシを入れる。
あれは翌朝の報道だっただろう。
何処かで“解かっていた”が、私はその報道に触れた瞬間、
時代認識が捻じ曲がる様な感覚を憶えたのだ。
報道は大体こんな感じだった筈だ。
   昨夜午前11時頃、福岡県を中心に
   暴力団抗争と見られる事件が相次ぎ、
   福岡県警によりますと久留米市に本部を置く
    指定暴力団、道仁会関係先事務所、     
   数ヶ所に爆発物が投げ込まれ、
    また、道仁会本部にも機関銃と思われる、、
C4などの爆発物なら解かるが、代紋の本部事務所に
機関銃ではまるで昭和30年代の話だ。
一方で内の看板も歴代道仁会とは“複雑な”繋がりが有る。
私には“何処か”で解かっていたのだ。
時期から見ればこの10日程前からだろう。
新宿で有る話が聴こえていた。
  九州の道仁が(二つに)割れる、跡目(問題)から音が鳴る。
  割った方に山健(組)が付く。
その日は事実上、二代目道仁会とその分裂勢力、
三代目村上一家に因る“九州戦争”が勃発した日だった。
二代目道仁会傘下事務所に爆発物を投げ込んだのが、
三代目村上一家勢力で有る事も、直ぐに見当が付いたのを憶えている。
この数ヶ月前に勃発した六代目山口組二代目浅川一家と、
二代目道仁会三代目村上一家,神闘総業を中心とした抗争の際にも、
二代目道仁会側が手榴弾を使用していた事“も”有ったからだ。
同時に「跡目から音が鳴る」を思い出しながら、
「やりやがった」と心の中で呟いたのも憶えている。

道仁本部
元三代目道仁会本部

又、“音が鳴る”と云うのは、主に関西ヤクザ社会で
使われる“抗争に成る”の隠語だ。
関東ヤクザ社会でも使われるが、
他に“ガラスが割れる”と云う隠語も有る。
何もせんと(他所から)舐められるから「だけでもブチ込んでおこう」と云う、
関東ヤクザならではの発想なのだろう。
後述で本格的にこの本抗争の概要に触れるが、ここで触りを先述する。
5月22日午後11時丁度、三代目村上一家側の
先手襲撃が同時刻に決行される。
福岡県久留米市に本部を構える二代目道仁会本部事務所に対しては、
ロシア製AK47アサルト・ライフルが掃射される。
更に4ヶ所の二代目道仁会傘下事務所に対しては
アメリカ製手榴弾が炸裂した。
別説も有るが、全ての襲撃決行時刻は
午後11時丁度の同時刻とされている。
関東ではこの抗争手段を“時計合わせ”と言う者も居る。
通常の抗争では自ずと時間差が置かれつつ一つ、
又一つと襲撃する事に成る。
だが、この手口では初襲撃決行の連絡を受けた警察機関に因って、
次の襲撃が阻止される可能性が出て来る。
だが、同時刻襲撃で行けば、警察機関が事態を認識しても後の祭りだ。
同時刻襲撃なのだから、警察機関が動き出した頃には
第一波は終わっているのだ。
本抗争としては1986年に勃発した“新大阪戦争”にて
史上初、この同時刻襲撃が決行されたと云われる。
史上例の無い画期的な抗争手段は、
直ぐに他所代紋も“応用”する物だ。
抗争には少なからず“知能戦”の側面も有るだろう。
関東の某代紋では抗争中に、内部の一派が他所代紋を招き入れ、
組織再編の邪魔者を始末させようと狙った物まで有る。
“沈黙を流れる風”も全てがフィクションでは無い。





此処で二代目道仁会と三代目村上一家に因る、
“九州戦争”の本抗争概要に触れる。
事の経緯に“云われる”や“聴こえた”と云う表現を用いるが、
別に自ずと聴こえて来た訳では無い。
私の方から最悪の事態に備えて自主的に情報を拾っていたのだ。
依って私の周囲の反応を交えながら九州戦争の経緯を辿る事とする。

今世紀初頭以降、二代目道仁会は破竹の勢いで
九州の勢力圏を拡大させていた。
特に大きな働きをしたのが二代目道仁会の
最大傘下一門、三代目村上一家だったと云われる。
当時の二代目道仁会は、修行中の若衆や関係者も含めて
約900~1300人の大所帯だった。
その最大傘下一門で有る三代目村上一家も
約400人前後の大所帯を誇った。
特に三代目村上一家、浪川 政浩理事長は二代目道仁会に在って、
突出した資金力と人望を誇っていたとされる。
その三代目村上一家も、浪川 政浩理事長の提唱で
早くから関東や東北地方にまで進出していたのだ。
同時に典型的な九州気質と云われた
三代目村上一家、村神 長二郎総長は、
三代目村上一家に関わらず、
血気盛んな若衆から多大なる人望を得ていたと云う。
だが、代紋と云う物は常に傘下の勢力均衡を図る物だ。
それは先述の北関東抗争で露呈した算段も自ずと語っている。
基本的に代紋と云う物は代紋頭や
その意を受けた懐刀に力の配分を集中させる物だ。
そして最終的に代紋頭が治め易い組織体制が作られる。
二代目道仁会の代紋頭たる松尾 誠次郎会長は、
大中 義久理事長を懐刀に選んでいた。
同時に松尾 誠次郎会長はその意に反して
勢力を拡大する三代目村上一家を、
次第に危険視する様に成ったとも云われている。
特に危険視されたのが、関東の不動産業界にまで進出した、
三代目村上一家、浪川 政浩理事長だった。
浪川 政浩理事長の行動力は二代目道仁会執行部が
その進出範囲すら把握出来ない程の迅速さが有ったとも云われている。
関東でも確実に名が売れていた。
そして二代目道仁会執行部はその対処として、
三代目村上一家やその同盟に有る永石組などの仕事を、
二代目道仁会執行部で一括したのだと云う。
狙いは松尾 誠次郎会長の意に反して突出する、
三代目村上一家の弱体化だろう。
だが、その一方的対処が次第に三代目村上一家と
永石組に不満を募らせたとされる。
特に拡大路線で通していた三代目村上一家は
仕事に困窮する傘下を多く抱えていた。
この勢力均衡に因り、シノギの厳しい傘下の仕事まで
儘成らなく成れば、その傘下は更なる死活問題に陥るのだ。
結果的に末端から潰れて組織力にも支障を来たすだろう。
この様な勢力均衡が図られる事は
関東の代紋でも決して珍しい事では無い。
関東の某代紋でも一時は反主流派と言える勢力が存在したが、
その二番手と黙された老舗名門一門が
覚醒剤の大規模密輸で“何故か”摘発されたのだ。
そしてその老舗名門一門傘下の大部分が、
反主流派だった某大規模武闘派一門に移籍している。
そして勢力均衡を図った一派に“匹敵”する勢力を、
その某大規模武闘派一門“も”得たのだ。
結果的に“自ずと”肉薄する二つの勢力が対峙する形で、
逆に勢力均衡が図られてしまったと云う本末転倒な結果に到っている。
今ではその勢力均衡を図った一派に、
多くの傘下一門から非難が相次いでいるとも聴いている。
だが、九州ヤクザ社会ではこの様な勢力均衡など到底、
受け入れ難たい気風が有ったのだろう。
そしてその様な中で二代目道仁会執行部が、
後の道筋を決定付ける重大なる局面に到達した。
2006年5月10日、緊急に催された二代目道仁会執行部会合の場で
突如、松尾 誠次郎会長が引退を表明する。
同時に松尾 誠次郎会長は、
二代目道仁会、大中 義久理事長に跡目を指名する。
引退の理由は“主に”心の問題と、先述した勢力均衡の結果を
見定めたからだとも云われる。
だが、何の相談も無く下された決定事項に、
執行部会では即座に意見対立が表面化したとされる。
又、道仁会三代目に指名された
大中 義久理事長の戸席上本名は松尾 義久だ。
その名が黙す通り、松尾 誠次郎会長の養子分に当たる。
ヤクザ社会で養子分に跡目を譲るのは一つの柵では有るが、
それが派閥対立の源に成って来た歴史もまた事実だ。
関東も都内は少ないが、代紋の三次、
四次ではこの傾向が特に顕著だろう。 
一方で反発勢力筆頭格の三代目村上一家にも
数え切れぬ程の抗争戦勲が有った。
道仁会は昭和58年にも四代目山口組初代稲葉一家、
伊豆組と“山道抗争”を勃発させている。
山道抗争も抗争没故者9人を出す程の歴史的本抗争と成った。
三代目村上一家も山道抗争では多大なる働きをしている。
だが、その本抗争手打ち後、初代道仁会の金庫に
底が見えてしまったとも云われる。
その金庫を大規模な覚醒剤卸しで持ち直せたのは、
三代目村上一家、浪川 政浩理事長の尽力が
有ったからだと黙されているのだ。
そして西日本の某代紋に卸されて、
最終的に関東の代紋にも覚醒剤が卸されていた。
市民社会からは赦し難き所業だろうが、
代紋を守る為なら何でもすると云うのが、
私も含めたヤクザ社会に生ける者の宿命だろう。
代紋有ってこそのヤクザだ。
浪川 政浩理事長の人柄も、
関東の多くの代紋持ちから高い評価を得ている。
弱い者いじめを嫌う反面、強い者の言い分も
聞き入れる器を併せ持つと云うのが関東での評判だろう。
強き者には強き者としての自尊心が有る。
その自尊心を踏み躙られれば、強き者が耐え難い屈辱を舐める事も有る。
そして強き者を叩き伏せた“任侠気取り”の存ぜぬ所で、
弱き者が仕返しに遭ったと云うのも良く有る話だ。
その不始末を打たない為には両者への繊細な配慮が必要と成るのだ。
そんな浪川 政浩理事長が弱き者を破滅に導き兼ねない程の
汚れ仕事を“敢えて”買って出たのだ。
その汚れ仕事も決して大規模覚醒剤卸しだけでは無い。
そして見事に初代道仁会の金庫を立て直したと云われている。
三代目村上一家勢力にも抗争戦訓や
代紋を立て直したと云う頑な自負が有ったのだろう。
又、道仁会三代目に三代目村上一家、
村神 長次郎総長を推す声も一部では有ったと云う。
だが、此処で噴出した主な異論が、
村神 長次郎総長と浪川 政浩理事長の
“出自”に関する懸念だったと云う説も俄かに囁かれていた。
二代目道仁会執行部が浪川 政浩理事長の
“人脈”を危険視していたと云うのだ。
大規模覚醒剤卸しの経緯を想像すれば、自ずと解かるだろう。
同時に先述で示唆したが、この前後に三代目村上一家勢力が
六代目山口組四代目山健組の某執行部本役へ、
事の相談を持ち掛けていたとされている。
その内実は諸説入り乱れているが、
後に“或る程度”は表面化する事に成る。
三代目村上一家勢力が、二代目道仁会と
袂を分かつ為の先手一片だったのだろう。
更に浪川 政浩理事長と永石 秀三組長は、
既にこの時点で有る算段を秘めていたとされる。
そして5月16日、三代目村上一家勢力は、
村神 長次郎総長を筆頭とする連名で、
二代目道仁会からの脱会書状を関係各所へ送付する。

  今般、私儀、村神 長次郎、及び永石 秀三はこれまで、
  松尾 誠次郎親分を日本一の侠客と仰ぎ、
  その心根に微塵の邪なく、松尾親分の御指導の元、
  道仁会の組織発展をひたすら考えると同時に、
  道仁会の代紋を金看板として研いて来たつもりで御座います。
  その道仁会の会長引退、またそれに伴う跡目継承の問題は
  重大な問題であるにも関わらず、執行部会に打診及び何の承諾も無く、
  先の五月十日におきまして突如、松尾誠次郎親分の引退声明後、
  何の相談もなく、三代目決定の言い渡しを受け、
  会員一同の心中は如何なるものかと察するあまりであります。
  この度の発表で松尾誠次郎親分が引退されるのであれば、
  私たち両名は道仁会から脱会し、独立組織として渡世を歩む決断を、
  止むに止まれぬ断腸の思いで余儀なく強いられた訳であります。
  私達のとった行動に対し疑問を投げかけられ、
  非難を浴び、賛否両論である事と存じます。
  どうか、御尊家御一統様におかれましては、
   今後ともご理解ある御指導の程、
  宜しくお願い申し上げます。
  
  敬具
  三代目村上一家総長
  村神 長次郎
  永石組組長
  永石 秀三

この脱会書状を受けた二代目道仁会執行部は、
同日16日付けで三代目村上一家、村神 長次郎総長と
永石組、永石 秀三組長に対して“絶縁九州所払い”の処分を下す。
5月19日、此処に三代目村上一家勢力、二代目道仁会より脱会に至る。
同時にこの前後、三代目村上一家勢力が二代目道仁会執行部に対し、
“ここから先は何でも有り”云う本抗争も厭わない、
事実上の宣戦布告を明言したと云われている。
同時に脱会した三代目村上一家勢力と合流する為、
共に大中 義久三代目体制に異を唱えた、
鶴丸 善治組長率いる鶴丸組も脱会する。
更に三代目村上一家、浪川 政浩理事長と強い繋がりの有った、
高柳組、高柳 弘之組長も二代目道仁会より脱会に至る。





そしてついに三代目村上一家勢力が戦慄の同時刻襲撃を決行する。
5月21日午後11時丁度、以下の同時刻襲撃が決行される。
二代目道仁会本部に対してはロシア製AK47アサルトライフルが掃射される。
そして二代目道仁会小林組事務所、福田組事務所、
堤組事務所、松永組事務所に対してはアメリカ製手榴弾が炸裂した。
此処に事実上、“九州戦争”が勃発する。
又、四ヶ所の傘下事務所への手榴弾炸裂は、
二代目道仁会本部事務所へAK47が掃射された
前後5分の間に決行されたと云う説も有る。
5月22日、当日付けで二代目道仁会執行部は、
三代目村上一家、浪川 政浩理事長にも絶縁・九州所払いの処分を下す。
理由は想像に任せる。
だが、この同時刻襲撃に対して二代目道仁会側は、
三代目継承式典挙行の為、延いては三代目村上一家への
返し仕度の為に敢えて黙然の禁を保つ。
5月23日、此処に道仁会三代目継承式典が挙行される。
道仁会三代目は松尾 誠次郎先代が指名した大中 義久理事長が継承する。

道仁

道仁会の代紋

三代目道仁会理事長には服役中で有る
小林組、小林 哲司組長が就任した。
大中 義久理事長が道仁会三代目を継承すると、
松尾 誠次郎二代目は“一応は”引退したとされる。
だが、実際はこの事態を受けて三代目道仁会に留まる事に成る。
事の収集が図られるまで、引くに引けなく成った事も理由に挙げられている。
5月24日午前1時頃、三代目継承式典を無事に挙行した
三代目道仁会、ついに黙然の禁を破る。
福岡県筑後市に本部を構える三代目村上一家仁政会事務所に対し、
三代目道仁会傘下組員が火炎瓶を投げ込み、仁政会事務所を全焼させる。
事務所が古い木造建築なら話は別だが、
火炎瓶で鉄筋コンクリートの事務所を全焼させるのは至難の技だろう。
抗争時なのだから監視役の当番組員も増やしていた筈だ。
仁政会事務所が鉄筋コンクリートだとしたら、
敢えて全焼させ易い場所を事前に熟知した上で火炎瓶を投げ込んだ筈だ。
何れにせよ、三代目道仁会側に
当番組員数人のを取る事も辞さない激大なる決意表明が伺える。
5月28日午後4時頃、その返しとしてか、佐賀県唐津市の路上にて、
原付バイクに分乗する三代目村上一家傘下組員二人が、
三代目道仁会道志会組員を銃撃する。
道志会組員は重症を負うもは取り留める。
この襲撃は道志会組員の的取りを狙ったと思われる。
同日午後4時頃、福岡市博多区に本部を構える三代目道仁会松永組事務所を、
三代目村上一家傘下組員が銃撃する。
松永組々員一人が軽症を負う。
5月29日午前4時頃、三代目村上一家傘下組員が、
第一波攻撃で手榴弾を炸裂させた福岡県久留米市の
三代目道仁会堤組事務所と大平組事務所の二ヶ所を銃撃する。
一方でこの九州戦争には強大な“第三勢力”が存在したのだ。
その第三勢力で有る福岡県警も
報道機関を利用した暴力団弱体化作戦を開始する。
この頃、福岡市や三代目道仁会が本部を構える
久留米市の商工会と、福岡県警関係者が
念密な計画を練っていたとされる。
そして報道を介して福岡県民に九州戦争の恐怖心を煽り立てる事で、
ついに暴力団追放運動を決起“させる”に至ったのだ。
暴力団追放運動と云う物は少なからず、
警察機関の働き掛けで実行される物だ。
当事にデッチ上げの罪状を打ち捲くり、
その功績を元に、組対の“存在価値”を市民社会に思い知らせる。
そして高級クラブなどで「何か有ったら、何時でも言ってくれ」と、
飲代を踏み倒して“カスリ”を取る。
関東では所轄署とヤクザの“挨拶関係”を市民に悟らせぬ為、
所轄署が“両者総意”の元で暴力団追放運動を展開“させた”例も多い。
だが、三代目道仁会と三代目村上一家は
この事態を黙して受け止めたとされる。
そしてこの事態を鑑み、此処に本抗争一時休戦の意を決す。
当然、この一時休戦も表向きには市民の暴力団追放運動に、
配慮を“装う”側面も有ったのだろう。
疲弊した金庫や武器弾薬を補充する時間も稼げるのだ。
同時にこの隙を縫う形で九州のヤクザ連盟、九州四社会が
九州戦争の和解交渉を三代目道仁会側に促したとされる。
九州四社会の加盟代紋は四代目工藤會を筆頭とし、
三代目道仁会、四代目大州会、初代熊本會で構成されていた。
だが、九州四社会の本音はこの九州戦争に
出来る限り関わらないと云う物だったとされる。
調停の方向性を誤る事で、結果的に三代目道仁会との
関係が悪化する結果“も”嫌ったのだろう。
代紋破りを決行した三代目村上一家勢力は
既に九州四社会の敵対勢力だ。
三代目村上一家が脱会した頃には三代目道仁会側に
四代目工藤會と四代目大州会が付くと云う話も東京では流れたが、
そんな物など体面作りの“デッチ上げ”だと切り捨てる向きも多かった。
関東二十日会の“体質”を知る者ならではの受け止め方だったのだろう。
又、九州四社会には更なる懸念が有ったのだ。
この九州戦争を注視する六代目山口組の動向だ。
関東では“西のお客さん”とも云われている。
この件も含めた様々な懸念を抱えた九州四社会は、
九州戦争よりも六代目山口組の動向を特に注視したのだろう。
既に六代目山口組の算段を読んでいたのかも知れない。
6月11日、そして三代目村上一家勢力も、
依り一層の決意表明を示す為、
此処に“九州誠道会”を結成する。

誠道
九州誠道会 誠の代紋
 
九州誠道会初代に就任したのは三代目村上一家、村神 長次郎総長だった。
九州誠道会理事長には三代目村上一家、浪川 政浩理事長が就任する。
本部事務所は三代目村上一家の本拠で有る福岡県大牟田市に置かれる。
だが、この執行部人事にも有る算段が有ったと云われている。
九州誠道会にはそれ程の時期を置かず、
浪川 政浩理事長に九州誠道会二代目を継承させると云う話が有ったのだ。
村神 長次郎会長は有る“重大な問題”を抱えていると云われていた。
有る意味で村神 長次郎初代体制は福岡県警に対する囮の新体制に成る。
後にその重大な問題も“不明瞭”な形で表面化する事に成るのだ。
同時に中核傘下と成った村上一家の新人事も決定した。
村上一家四代目には九州誠道会、浪川 政浩理事長が就任する。
一概には言えないが、会制の場合は次首領たる
理事長が跡目継承権を得る場合が多い。
先の説に照らせば四代目村上一家、
浪川 政浩総長が眞の九州誠道会々長と云う形に成る。
何れにせよ、九州誠道会が結成された事で、
道仁会分裂は此処に決定的事実と成る。
そしてその決定的事実に三代目道仁会もついに行動を起す。
此処に約二週間の黙然の禁を破る形で“九州戦争”が再激化する。
 
6月16日午前11時頃、佐賀県久保田町の九州誠道会、
鶴丸 善治相談役の自宅兼事務所に対し、
三代目道仁会傘下組員が火炎瓶を投げ込むも大事には到らず。
7月3日午後2時頃、長崎県佐世保市にて三代目道仁会傘下組員が乗る車を、
オートバイを駆る九州誠道会傘下組員が追い抜き様に銃撃する。
だが、は外れて三代目道仁会傘下組員は難を逃れる。
7月8日、熊本県玉名市にてこの九州戦争や道仁会分裂を
赦したと云う自責の念に駆られてか、
三代目道仁会二代目古賀一家、上田 幸秀総長が自決を決す。
三代目道仁会に籍を置きつつも、過去の経緯から九州誠道会、
村神 長二郎会長や鶴丸 善治相談役への恩を貫いた結果だとも云われている。
7月16日午後10時頃、熊本県合志市にて九州誠道会四代目村上一家忠真会、
中村 文治会長が三代目道仁会道志会組員に銃撃される。
中村 文治会長は重症を負うもは取り留める。
7月17日午後11時頃、佐賀県唐津市の三代目道仁会道志会事務所へ、
九州誠道会傘下組員が手榴弾を炸裂させる。
7月22日午後10時頃、長崎県佐々町のアパート駐車場にて、
九州誠道会傘下組員が三代目道仁会傘下組員に銃撃される。
だが、は外れて九州誠道会傘下組員は難を逃れる。
8月13日午後9時頃、佐賀県伊万里市の飲食店前にて
九州誠道会傘下組員3人を、三代目道仁会石政組々員十数人が
ゴルフクラブなどで襲撃する。
9月25日午前5時頃、佐賀県唐津市の三代目道仁会道志会事務所に対し、
九州誠道会四代目村上一家傘下組員が火炎瓶を投げ込む。
事務所は大事に至らなかったが、車二台が焼ける。

この九州戦争再激化に、九州四社会も有らゆる方面に奔走していたと云う。
その奔走劇が功を奏したのか、九州戦争は再び一時的に沈静化する。
又、この時点までの抗争手段も一部には的取りが疑われるが、
何処か和解の道をも模索する様な遠慮が有ったと云われる。
既に九州戦争の水面下では六代目山口組も躍動していたのだ。
先述した北関東抗争と同様に、抗争には内外共に
様々な勢力の意向が作用している事が多い。
敵も定かでない抗争に晒されない為には、
内外共にその動向を注視しなければ成らない。
全ては抗争時の混乱の中で妙な奴等にハメさせない為だ。
九州も決して三代目道仁会だけが力を持っていた訳では無い。





この頃、四代目工藤會を中心とする九州四社会の奔走に依り、
様々な和解交渉が水面下で展開されたと云われている。
だが最早、事態は収集不能なまでに悪化していた。
九州四社会が妥協案を出しても、
三代目道仁会側は「誠道が解散して詫びを入れない限り、
一切、受け入れられない」と頑なに譲らなかったとされる。
(三代目道仁会が九州誠道会発足を承認しなかった以上、
実際は村上と名差ししたと思われる。)
一方の九州誠道会側も“一度出た者が戻る事ほど、
恥ずべき事は無い”と一歩も譲らなかった云われている。

工藤本家

五代目工藤會本家

その両代紋の頑な対決姿勢が、
九州戦争を最悪の事態へ導く事に成るのだ。
だが、私にはこの頃、三代目道仁会側が
九州誠道会の存在を“一旦は”認め、
後に様々な手段にて傘下組員のみを三代目道仁会に復帰させる。
そして九州誠道会を弱体化させて解散に追い込むと云う楽観が有った。
だが約一年後、ついに九州戦争は相手代紋の
的取りに絞った再激化を遂げるのだ。
今に想えば、此処までの九州戦争は
本抗争への序曲でしか無かったのだ。
 
2007年6月11日、この頃、九州四社会に対して三代目道仁会側が、
強い不信感を募らせていたと云われている。
理由は九州四社会に加盟する某代紋の背後関係に有ったとされる。
この頃、三代目道仁会や九州誠道会には秘密裏に、
その某代紋が関東の某代紋とも接触していたのだ。 
九州誠道会側が、六代目山口組四代目山健組,有力執行部員と
接触していた事にも不信感を募らせたのだろう。
九州四社会の加盟組織にも其々が秘めた
競争意識が有った事は語るまでも無い。
そして九州四社会への不信感に、
三代目道仁会側も一つの答えを出したのだろうか?
一説では急遽、数ヶ月に渡り、
別の九州誠道会有力執行部員を狙っていた潜伏部隊に、
の変更が伝えられたとされる。
6月13日午後6時頃、佐賀県久保田町にて
九州誠道会、鶴丸 善治相談役が三代目道仁会傘下組員二人に因り、
日本刀で15箇所以上を刺されて刺殺される。
此処に九州戦争初の抗争没故者を出す。
相談役は多くの場合、代紋頭や執行部員の実質先輩格に当たり、
執行部内からも人柄の面で慕われている場合が多い。
鶴丸 善治相談役も例に漏れず、昔気質の気さくな人柄から
九州誠道会は勿論、地元市民からも高い人望を得ていたとされる。
そして葬儀には民主党佐賀県連代表、大串 博志衆院議員や
古賀 善行佐賀県議、武藤 恭博佐賀市議など地元政界人も参列している。
又、葬儀の際に六代目山口組四代目山健組傘下組長が
弔辞を唱題したと云われている。
6月19日午後5時頃、熊本市にて九州誠道会忠真会、
入江 秀則会長宅に三代目道仁会傘下組員三人が侵入する。
そして家内に居た入江 秀則会長をその場にて射殺する。
更に刃物で数ヶ所をされていた。
銃弾は頭部蟀谷を貫通していたとされる。
この頭部蟀谷にを打ち込む殺傷法
九州ヤクザ特有の物と云われている。
ついに九州戦争の抗争戦術も本格的な的取りに移行する。
7月6日、九州誠道会、浪川 政浩理事長と傘下組員3人が、
福岡県警に詐欺容疑で逮捕される。
九州戦争に対する“国策”逮捕と思われる。
だが、浪川 政浩理事長は頑として口を割らず、20日後に釈放される。
7月16日午前3時頃、九州誠道会永石組、田口 耕治相談役の
事務所兼自宅に対し、三代目道仁会傘下組員二人が
手榴弾又はC4と思われる爆発物を炸裂させる。
又、爆発が起こったのは田口 耕治相談役の二階寝室横だったと有る。
三代目道仁会傘下組員二人が脚立で
二階ベランダに登ると云う周到な侵入手段からも、
田口 耕治相談役の的取りを狙った可能性が疑われる。
所で九州誠道会、鶴丸 善治相談役が刺殺されて以来、
九州誠道会側の本格的な返しが無い。
鶴丸 善治相談役と入江 秀則会長の没故で喪に服していたと
見る向きが大勢を占めたらしいが、
東京では一部で有る一説も流れていたのだ。
その一説とは、二人の幹部を的取りしたのが
三代目道仁会では無いと云う物だった。
私も周到な的取りに抗争戦術が変わった部分“にも”不審な気配を感じていた。
疑惑を持たれたのは西日本の某代紋と“何故か”内の看板だった。
内の看板の疑惑は、過去の覚醒剤取引に関する物や
過去の怨恨からドサクサに紛れる形で、
香港三合会傘下の者に的取りさせたと云う、
如何にも有り触れた物も有った。
理由は先述した示唆からの想像に任せる。
西日本の某代紋に掛けられた疑惑は九州戦争の和解交渉に関する物だ。
この説にも内の看板が関わったと“されて”いた。
内の看板も過去の経緯から歴代道仁会とは“複雑な”繋がりが有る。
その際に道仁会執行部が、内の看板に強く反発したと云う経緯も有った。
九州誠道会“にも”その経緯が継がれた物と
思わざる負えない状況も有ったのだ。
この時点では襲撃犯も逮捕されていなかった。
だが、内の看板執行部や一門執行部から待機は一度も掛かっていない。
早期の疑惑払拭が図られたのだろうが、
私は警戒を怠らなかったのを憶えている。
実際はこの頃、鶴丸 善治相談役と入江 秀則会長が的取りされた件で、
九州誠道会執行部では有る憶測が発っていたと云う。
同時にその憶測が九州誠道会に赦し難き恚激心を漲らせたのだと聴いている。
そしてその漲る恚激心を汲んだ傘下組員数人が、
ついに究極の算段を秘めて潜伏したとされている。
又、この究極の算段を九州誠道会執行部は承認していなかったとされるが、
九州誠道会、村神 長二郎会長は承認していたと云う一説が有る。
だが、如何にも胡散臭い“気配”が漂う一説だった。
そしてその理由も後に或る程度は表面化する事に成る。
 





2007年8月18日、ついに傘下組員が秘めた究極の算段が決行される。
その日、三代目道仁会、大中 義久会長は
海外旅行からの帰路に着いていた。
そして迎えに来た愛人の車で福岡市中央区黒門に差し掛かった時、
突如として九州誠道会三代目村上一家傘下組員の乗る
車に進路妨害されたと有る。
大中 義久会長は即座に車外へ逃亡を図ったが、
運悪く対向車に当たってしまう。
そして身動きが取れなく成った大中 義久会長の頭部蟀谷に、
車から飛び出した三代目村上一家傘下組員が三発の銃弾を放つ。
此処に三代目道仁会、大中 義久会長、
三代目村上一家傘下組員に因って射殺される。
報道で事件の一報に触れた時、私は直ぐに会へ連絡を入れている。
先述の疑惑劇でも垣間見れた筈だが、
基本的に私は些細な事でも、常に最悪の事態を想定する性だ。
生意気を百も承知で、それが私の役割だと自認してもいる。
その源に有る物は語るまでも無いだろう。
報道から射殺した者が九州誠道会傘下組員と云う見当も“一応は”付いたが、
大中 義久会長が射殺された事態が、
内の看板にまで波及する可能性も想定したのだ。
ヤクザ社会に生ける者で報道など信ずる者など誰も居ない。
この時点では先述した疑念払拭の確認も付いていなかった。
そして携帯から引退した代行が私を宥める様に指示したのだ。
大体、こんな感じだっただろう。

私:●●です。
  聴かれましたか?道仁のですが。

代行:(声を押し殺す様に)何か有ったのか?俺は“何も”聴いてないぞ。

私:●●は触れてないと思いますが、今から新宿に向かいます。

代行:いや、こっちは●●と●●がいるから来なくていい。
    解かった事が有ったら連絡するから、お前はもう“寝てろ”。
    それから、新宿はガセが多いから、一々付き合ったらやってられんぞ。

私は代行の言葉を「コソコソしたら“本当”に疑われるから、
静かにしてろ」と独善的に解釈したのだ。
そして代行の注意に従い、“自宅待機”で情報収集を始めている。
続け様に同じ看板の知人にも連絡を入れている。
だが、知人は内の看板“にも”掛けられた疑惑を全く知らなかった様だった。
結局、内の看板に掛けられた疑惑を教えてくれた人物に説明を求めたが、
やはり情報元が情報元で有る以上、
ガセと即断するには“時期尚早”な理由も有ったのだ。
今に想えば、何だか私と知人数人だけが
“不明瞭”な情報に踊らされている様な感覚も有った。
今は某機構の親父さんにも“挨拶”が利くが、
当時は“安全性”の高い情報入手先は知人数人しか居なかったのだ。
だが、某機構の連中も流石に抗争時には口が堅く成る。
しかし他所看板同士の抗争では、更に“挨拶”して何とか成った事も有った。





大仲義久会長射殺事件に話を戻す。
代紋頭が的取りされた事態はヤクザ史上最大の本抗争、山一抗争時に
四代目山口組、竹中 正久組長が“暗殺”されて以来の大事だった。
そして私は最早、この九州戦争が和解交渉では決着が付かない程の
歴史的本抗争に成る事も予見したのだ。
又、人と云う生物が孕む闘争本能へ、
何か得も知れない寂しさを感じた事も憶えている。
私は看板外しだが、それでも看板の威光で仕事を打っているのだから、
看板には自ずと恩を感じてしまう。
“代紋”と云う恐れ大きい物では無く、
“看板”と言える程に心身の一部と化している感も有る。
微力なのは解かり切っているが、
看板と家紋を強くしたいと云う想いだって当然だ。
法的な意味で、この業界には家紋外しにしか打てない、
出来ない仕事が沢山有る。
強さの“解釈”も其々だろうが、その想いは何処の代紋も同じ筈だ。
その為に政界や経済など、
様々な分野での“競争”が起こるのも必然だろう。
強い代紋がヤクザ社会の主導権を握り、
弱い代紋は政治的賭け引きを強いられる。
ヤクザは自身の代紋を強くする為、
常にを掛けて代紋を磨いて来たのだ。
三代目道仁会はその象徴たる代紋頭を的取りされたのだ。
その恚激心はあの当時の私でも想像に難くなかった。
九州ヤクザの筋の通し方を想えば尚更だ。
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黙秘権行使




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書:斉嘉 光政
 
  




私の親族御尊家御一統様はヤクザ業界とは切々無い絆が有る様だ。
亡き義父は少年時代に愚連隊の会長だったと豪語していた。
叔父の話では安藤さんと良く“騙って”いたらしい。
そして後にその叔父と共に東京都内に本部を構える、
初代稲川会某有力一門傘下で修行した事も有ったと云う。
又、叔父は群馬県某市に本部を構える、
五代目稲川会某一家傘下の先輩方とも深い関係を築いている。
だが、私は少年期の頃から、業界入りするまでは、
“知らない”ヤクザは嫌いだった。
義父の元に遊びに来ていた人らは皆良い人だったが、
地元ヤクザの行儀の悪さが赦せなかったのだ。
だが、今はそれも致し方ない部分も有る事は理解した。
私家の有る北関東地域で活動する“ヤクザ”組織も、
その多くが仕事に喘いで荒んでいると聴いている。
暴排条例が施行された今では、余程の“裏”も熟なさない限り、
組を維持するのは至難の技だろう。
土建や運送などで細々と食いつつ、親と子の関係で成り立って来た組も、
今は暴排条例でその食う術すら奪われている。
東京に本部を構える一門ですら、その力次第で、
傘下の月抜けが軽く一桁変わって来る時代だ。
心情的に振り込め、取り込みは認められないが、
助成金詐欺くらいなら仕方ないと想っている。
内は法令順守で通しているが、それが通るのも一門の力と
元の種金がデカかったからだ。
結局の所、市民社会の厄に成るか否かは金次第だ。
ヤクザらしい後輩から任侠肌と言われた事も有るが、
その時は「内は金が有るから。侠義の沙汰も金次第ってな」と、
先輩からの受売り文句で皮肉った事も有った。
因みにヤクザと云う言語には大きく三つの由来が有る。
“厄”を齎す者が鎮“座”する。
“役”目を背負う者が鎮“座”すると云う意味だ。
当然、原初とされる由来も知ってはいる。
だが、私は博打(バカラ、時事賭け)には一切興味は無い。
負けの有り得るの博打など時間の無駄だ。
だが、“経済”の必ず勝つ博打なら打つ事も“有った”。
当然、「必ず勝ちますよ」とは聴いていない。
又、私の実感ではヤクザの呼称も地域に依って異なる。
東京ヤクザ業界では業界の者、業界モン、
東京のヤクザ“らしい”所や、地元の北関東では稼業モンと名乗る者も多い。
亡き義父は渡世モンと呼んでいた。
そして中部地方以西では殆どの同業が極道と名乗る。
最近は東京でも、20代を中心に極道と名乗る若い同業を良く見掛ける。
肩書きも状況に依って使い分ける。
相手が同じヤクザなら同業、市民が相手なら“私らの様な者”と上手く流している。
私の場合は代紋外し、家紋外しと言える立場でも有るからだ。
因みに内の会、、と云う事にしておくが、
会長や理事長補佐(共に仮職)もヤクザと云う表現を嫌っている。
事務所は新宿歌舞伎町に構えるが、
新宿でヤクザでは薬座なんだか厄座なんだか良く解からない。
会の諸先輩も業界の者と云う表現を良く使う。
経済の様々な“業界”に食い込む
ヤクザモンなんだから、“業界モン”と云う事だ。
業界モンと云う表現も事情を知らない市民からは、
運送業界の者なんだか畜産業界の者なんだか良く解らないだろう。
内の会では、ヤクザ業界で広く使われる稼業モンと云う表現を、
内実が伴わない連中の方便と人蹴りする空気も有る。
仕事も“シノギ”と云う表現は使わず、常に“仕事”と云う表現を使っている。
細事は避けるが、一門の経済力、政治力の恩恵を受ける分際で、
「雨露をしのぐ」程度しか抜けないのでは、「立場に甘っ垂れている」と云うのが理由だ。
カタギと云う表現も、市民と云う表現で通している。
少なからず時代に沿わない伝統、慣例的な気風を捨て去り、
表に溶け込もうとするのも会のやり方だろう。
引退された代行は、若い時分から
この業界で修行されて来られた人だったが、
会の諸先輩は、元は別の職種から
この業界に足を踏み入れた人らが殆どだ。
若い時分に覚醒剤などの薬物に触れ、
女に貢がせて日々の糧を得ると云う、
チンピラ染みた生き方をして来たのは私くらいしか居ない。
又、私が出入りに成った頃は、
「●●、●●の●●代行に面倒看て貰っとる者です」と、
同業相手に良く名乗っていた。
市民との話の流れでは出入り、解からない人には関係者だ。
だが、会長から「関係者では情けないから、
家紋外しとかで良いんじゃないのか?話は通して有るから」と提言を頂いた次第だ。
今は通じる相手には名刺を切って家紋外し、
通じない相手には「●●の●●の元で仕事打っとる者です」と名乗っている。
仕事絡みで、他所看板の知人を内の看板に移籍させたり、
他所との掛け合いも月2、3本はやるのだから、
並みの若い者以上に、看板の為に働いていると云う自負も有る。
因みに私が最初に出入り、関係を持った某会系末端組織は、
先述の叔父から紹介された末端組織でも有る。
出入りに成って2年くらいまでの接触手段は、
外部共有が出来ないデスク・パソコンでの接触も多かった。
やり方は“手作り”の色々、IPアドレスの“所在地”にヒントが有る。
使用サーバーも全て某国の“仮想”モノを手配していた。
少し用語にボカシを入れるが、デスク・パソコンの電磁経路は、
末端組織共に露国経由(虚偽)で六重以上だった。
サーバーを解析しても、最終的には
海王星人(ボカシ、ステルス)の電磁名義に到達した筈だ。
因みに担当の先輩との接触目的は、
主に不正背任中・大企業の内部記録書類に関する物だった。
的は全て背任や粉飾などの不正を行う企業に他成らない。
だが、今は私が独断で絵図書いて仕事を打っている。
昔は法的に微妙な部分も有ったが、今は某機構の親父さんに“挨拶”はする。
“記憶に御座いません”は一切無しだ。
洗いでは不正背任企業の背後やその競合他社、
そして未公開株等の所在も対象とした。
持ち株が有ればその株式保有比率を洗うのは語るまでも無いだろう。
その“電磁的内部記録”も綿密に精査する。
そしてその電磁的内部記録を書類化させる。
企業側の記録は電磁記録として潜在的に残る事を“仮定”としていた。
だが、書類なら丸めて焼没させれば隠滅完了だ。
又、ネタ代は不正背任企業側の他所看板、他所一門のケツの是非、
そして国内外の政治経済情勢に因って変動したのだろう。
ネタ代の幅因は其処に理由が有ったと想っている。
だが、今は代紋持ちの先輩らは一切、仕事には触れていない。
当時の担当だった先輩の幹事も今はもう居ない。
又、狙いの不正背任企業側に経済産業省や
国土交通省官僚等の背後定然が判明した場合は、
その時点で内部書類精査から再検討する。
そして司法屋など専門職種の関係者に依る高度な内部書類再精査を以ち、
仕事の計画変更や“懐柔・連絡手段”を綿密に模索する事に成る。
当然だが、不正背任企業から潜取した電磁的内部記録も
最高精度の“削除存在”で削除させている。
その削除結果も最高精度の探知機能で確認する。
だが、例え電磁的内部記録が潜在的な残存状態に有っても、
最終的には海王星人の電磁的所有物と成るのだ。
又、企業側電磁空間への電磁的侵入手段も有る偽装工作を用いる。
だが一応、その偽装工作を用いた状態で、
“企業側電磁空間”の電磁的侵入記録も消去する。
この手順も私が独断で行った事だ。
海王星も遥か彼方に輝いている。
警視犬が私を逮捕するには、
N.A.S.Aに超法規的処置を嘆願するしか無い。
それは“銭形警部”以上の過酷な執拗追跡劇と相成ろう。





此処で私が過去に絵図を書いた仕事を挙げる。
時期は私が業界入りして約半年後の物、
参考にしたのは“本で読んだ”総会屋の抜き方だ。
当然、許可された範囲内での仕事内容に他成らない。
この仕事を明かすのは重大な理由が有るのだ(現、回避)。
先ず中・大企業総務課員“等”との交渉では、
代紋持ちの先輩らは一切動いていない。
内部書類を掴んでも一応、警視犬へ通報される可能性も想定した。
そして此処で通称、憂国証券の“代理”の出番と成る。
憂国証券の代理も表面上は“善良な市民”だ。
当時はこの状況下で、善良な市民に
暴力団対策法が適用される可能性は極めて低かったのだ。
仮に憂国証券の代理が強要罪で持ってかれても手筈は整えていた。
  借金が有ったのです。
  暴力団に脅されたのです、、
  死体にされるで、と言われたのですよ、、
  私は被害者ですよ?
実際は逮捕されていないが、
一応、デッチ上げの借用書を用意した事も有った。
利息も法定金利の範囲内だ。
いざと云う時の為に強力なヤメ検も背後定然している。
田中 森一の舎弟と呼んでも良い程の実力者だ。
そして内の看板や一門は、警視犬と戦後以来の癒着を維持している。
警視犬組織犯罪対策一種、四種(四課)とも
或る程度は癒着関係を維持しているだろう。
警視犬組織犯罪対策一、四種なら
一口300万前後で抑えが利かない事も無いが、最強の助っ人も居るのだ。
天下り“集団”の方が現職以上の力持っているのは政界も“奴等”も同じだ。
同業が絡んでいない事件ネタで挨拶する事も有る。
仕事では一応、飛ばす者には貸借乗用車を用意した。
その貸借会社も同じ看板の関連会社だ。
仕事で飛ばす者に自車で移動されては速度監視モニターや
治安監視カメラから、警視犬にその行動過程が察知される可能性が有る。
その憂いを断った積もりだった。
又、私の新宿への移動もレンタカーだが、
センチュリー、レクサスLSなど高級モノを使う事が多い。
私の愛車は約70万で一括購入したトヨタの軽乗用車と、
有る“経緯”で安く買った高級に“見える”クラウンだ。
マジェスタの特注とホラ吹いた事も有った。
当然、担保流れでは無い。
末席の先輩が乗る車からすれば妥当なクラスだ。
そして仕事で動く者が集まる。
“御仕事”は此処からが本番だ。
憂国証券“代理”が不正背任企業の総務課員等を追求する。
  さる投資家から頼まれて来たのですが、
  お宅からこんな資料が出ているんですよ。
  この捺印はお宅の●●経理副課長の捺印ですからね。
  ここに記載して有る支出金額“も”使途不明と見て宜しいですね?
  書類を見る限り、やはり国民の血税が流用されてる様に思えますね、、
  では、さる方の親書を読み上げますよ。
  宜しいですね?
  「我が日本政心会義(偽名)は、
  貴社の国粋精神に挑戦するかの如く、
  その売国非道たる経営方針に対し、
  此処に殉国の志を胸に、貴社に誠意ある説明を求める所存で有る.
  万が一、貴社の誠意ある説明が得られぬ場合、
  我が日本政心会議総本部の要たる國粹審議会(偽名)にて、
  貴社を審議に挙げる趣旨を此処に宣告する.
       一、平成十六年度に於ける貴社への概算、、(割愛)」
  詳しくはこの親書で御確認して下さい。
  国税局の某某さんともコネクション(コネ)が有る方ですよ。
  東証の某某さんともね。
  くれぐれも投資家を裏切る様な“真似”だけはしないで頂きたい。
  お宅の信用に差し障りますよ?
憂国は出来る限り、“右翼”を彷彿とさせない団体名に改名して頂いた。
政治結社と云うヤツだ。
同時に成るべくなら、弁護士資格を持つ代理にも株付け“させた”方が良い。
無理難題は禁物だが、それ成りの株主や信託から“質疑状”も出させた上で、
信託名義の質疑状を切らせれば更に裏が付くだろう。
今は法的にも商取引で通る、この手が基本中の基本だ。
役員の株持ちでも、相手次第では“挨拶”も効く。
企業役員会も少なからず、派閥対立を孕み、
互いに不正を探り合っている物だ。
憂国組織の審議委員会も“結社活動の自由”として合法だったのだ。
親書文面は販売台数の多いワープロで記述を刻んだ。
筆跡鑑定から仕事関連人物を警視犬に割らせない為の処置だ。
又、絶対に金品は要求しないのが鉄則だ。
看板など一切名乗らせない。
不正背任企業側が金品解決を図らざる負えぬ、
環境を作って囲めば良かったのだ。
抱き込みも狙ってるんだから、総会屋崩れの様な真似して、
抱いた直後に、会社へ勧告が飛んだら話に成らない。
やはり社の存続に関わる粉飾や贈賄の証拠、
そして此方の背後関係で暗に脅しを入れるのが常道だ。
あんな書類が証券業界に出回ればその企業は確実に上場廃止に成るだろう。
一般投資家もこの手の書類には過剰な反応を起こす物だ。
特別背任や贈賄で逮捕者も出兼ねない。
要約すれば、投資信託とか買収屋などを動かした、
飽くまでも合法的な商取引で通すと云う事だ。
又、憂国証券とは憂国組織構成員で有ると共に、
証券業界にも影響力を及ぼす人物と云う意味だ。
“愛国屋”と皮肉って呼ぶ奴もいる。
通常は憂国組織と繋がりの在る“個人”憂国活動家を出向させた。
憂国組織“構成員”を出向させれば暴力団対策法に抵触する可能性が有ったからだ。
当然、証券業界に対しても影響力を持する人物で無くては成らない。
又、この仕事の際は個人憂国証券の代理に“親書”を持たせて出向させている。
代理の専門職種は司法書士だ。
司法書士を出向させた“理由”は想像に任せる。
そして殆どの場合は中・大企業側より2億5000万~4億程度の
価値の有る不動産登記簿や、大規模な開発事業介入権などを頂く事と成る。
上場廃止へ追い込み掛けられるのに比べれば、安上がりだったのだろう。
不動産は瑕疵担保を回して来やがった事も有ったが、
取引経路は双方の関連企業を媒介としての通常取引だ。
その取引も3回程度に分散させる。
一括では取引監視委員会に睨まれる憂いが有るからだ。
そしてその不動産登記簿や開発事業介入権等を、
別の順ゼネコンや不動産会社に売り飛ばす事に成る。
だが、不正背任企業側が保証小切手を差し出せば、
此の手順を踏む必要は無い。
そして其処から出た抜けの半分を
有る手段で更に2倍~3倍に“分散”増額させた(当時)。
その抜けや“色々”から人件費と有る“手口”での納税分を差し引けば、
最終的に3億2000万前後の抜けが有った筈だ。
勿論、既にその時点で追加御頂戴額は電子マネーに変貌している。
分散させた金庫も海王星だ。
又、抜けは不正背任企業に
収益損害を齎さない範囲内で留意する。
下請けを巻き込みたくは無かったのだ。
信用付けて別の有力な取引先も抱く狙いも有ったが、
下請けに持ち株で食い込んだ、事実上の代表取締役が潜っている事も有るからだ。
一応、事前に疑わしい下請け、子会社の背後関係や取引記録も洗った。
借り入れ元や持ち株は当然だ。
当然の様に不法な株式保有も横行しているが、
そのネタを持たせて元司法屋を会社役員へ飛ばした事も有る。
役員会の対立派閥にネタを漏らせば、
持ち株を刑事告発する手筈を整えさせる事も出来る。
そう成れば持ち株も保有株を手放さざる負えない。
これは例えだが、この様に良心道化を演出して収益損害を回避させれば、
逆に不正背任企業側から頼みが来る可能性も視野に入れたのだ。
収益損害を齎さなければ警視犬に告発される可能性も殆ど無い。
不景気も有ってか、儲けが増えれば倫理など気にしない企業も増えている。
だが、不正背任企業側が六代目山口組、三次以上の役付きを
面会させた場合は取引交渉一時休止だ。
そして企業側総務課員等を会談室より一時退去させる。
又、仕事で動いた者と六代目山口組の役付きが会談室より一時退去する事も有る。
そして六代目山口組の役付きと推定される御頂戴額、三分の一程度で取引するのだ。
場合に依っては内部書類(写し)を約束御頂戴額と共に無償譲渡する事も有る。
直参派閥にも依るが、無駄な軋轢を生む依りも“お友達”として抱き込む。
内の一門にも六代目山口組と共存する為の戦略的な指針が有るのだ。
同時にこれは、同業同士の取引交渉の際に行われる常套手段でも有るだろう。
相手企業のケツを抑えれば、総務課員等に対する脅しの必要も皆無だ。
司法書士にも不正背任企業側へ名刺を置いて行かせるのだ。
そして不正背任企業側が他所看板、
他所一門と“金銭的”な問題に陥った時は、
逆に私や仕事部隊がその不正背任業側の庇護者と成るのだ。
単に“謝礼金”が出る場合が多いが、掛け合い相手が
“ボロい”情報を持って来た時は、その情報で新しい絵図を書く事も有る。
だが、企業側を追い込まない範囲で憂慮する事も大切だ。
結果的に企業側にも利益に成る絵図で有る事は語るまでも無い。
元より企業を抱き込むのは金庫の為だ。
その為の良き協力者なのだから、こっちも誠意の一つや二つは見せて来た積もりだ。
ボロい“代物”が有れば、“用途”は知らせずに回す事も有る。
大概は別の抱いてる会社から、用途は聞かされずに回して貰った物だ。
又、先述で示唆したが、国税局員の氏名は上級役員の“秘書氏名”等を挙げる。
役員秘書の懐柔手段は組織関連企業(フロント)に
或る程度の期間、納税を滞納させる。
当然、事前に国税局役員秘書の背後関係や趣味・嗜好性も洗う。
この調査は認可申請を受けた探偵業者(ブラック)に依頼する(当時)。
そして組織関連の企業役員等に、
国税局の上級役員秘書との秘密交渉を展開させるのだ。
そして後の国税局からの滞納勧告に対して、
先の上級役員秘書を捜索査察長に指名打診する。
ここはヤメ検弁護士などの代理に指名打診させる。
捜索査察団と共に来訪した国税局上級役員秘書は“別室”に呼び出す。
そして別室で通常倍額以上の追徴課税額を保障小切手等で手渡すのだ。
他の捜索査察団員に悟らせずに保証小切手を手渡す。
別室で上級役員秘書に姓名を“名乗らせれば”占めた物だ。
上級役員秘書に因る査察書類への“署名記述”を、
掌に隠された小型高精度撮影機で盗撮する手も有る。
今は筆跡鑑定も進歩しているだろう。
当然、その取引現場も警視犬対策の為に音声盗撮する。
証拠は保険“にも”成る。
そして上級役員秘書との関係が結ばれたのだ。
だが、この手段も“過去”の一例に過ぎない。
又、東京証券取引所の抱き込みは、基本は元証券屋からだろう。
“前”が元でクビに成った元東証関係者も多い。
大概はそう云う連中も仲間作って、
如何わしい勧誘会社などを立ててる場合が多い物だ。
そして株屋などから奴等のネタを仕入れてスカウトする。
紳士を装って近付いて、月額3倍程度の“給料”、
銘柄流れのコネなど、名刺を切れば簡単に抱き込める。
既に警視犬側も先述の仕事を察知して検証しているが、
当時はあの仕事を裁く法案は“事実上”存在しなかったのだ。
何故、国税局の上級役員“秘書”を敢えて利用したのか?
此処“にも”秘密が在るのだ。
これが私の絵図から打った過去の仕事の一例だ。
この仕事の首謀者は私なのだ。
先輩らも一切動いていない。
私の資金源調達の資質を試したのだろう。
元は話の流れから“お前ならどうする?”と、
冗談混じり訊かれて始まった事だ。
先輩(引退)は口には出さなかったが、
一度、言ったからには「じゃ、やってみせろ」と云う、
追い込みも有ったのだろう。
切っ掛けを作り、実戦から学ばせるのが内の会のやり方だ。
及第点は80点。
減点理由は仕事から抜けが出るまでの時間や人件費、手数が掛かり過ぎる事、
不慮への対峙局面に対応した臨機応変的な想定手段が
曖昧だったと云う4点を指摘された。
更に憂国証券代理の逮捕を想定した部分にも、
重大なる欠陥が有ったと私は思っている。
本物なら逮捕者を出さない絵図で仕事を打つ。
仕事で動いた者に賃貸乗用車を用意した部分など、
変な部分で慎重に成り過ぎた嫌いも有る。
仕事で動いた者など、会社側に聴取が入れば簡単に割れる。
だが、昨今ではこの手の仕事も浦島 太郎の発案だ。
今時、憂国証券は無いだろう。
的は不正背任企業なのだから、某機構へ“挨拶”すれば保険には成るが、
投資家や信託が“コピー”を不審がり、
警視犬に相談されたら確実に持ってかれる。
最悪の場合、詐欺の罪状まで打たれ兼ねない。
だが、これも今と成っては過去の話だ。
今は抱き込んだ会社も順大手から中堅、
頼みで入れてやった下請けも含めれば60社“未満”に達している。
私が面倒を看ている“要点”の会社だけでも20数社だ。
もう“企業ガジリ”を打つ必要性は感じていない。
何れにせよ、闇社会の時代速度は表社会の時代速度と連動している。
闇社会も時代変動に呼応した臨機応変的な絵図が必要と成るのだ。
そしてその絵図を裁く法安が制定される頃には、
別の絵図を“変則的”に立てる事に成る。
日本の法律には数多くの隙が存在するのだ。
新た成る新法制定が更なる隙を生み出す。
だが、そんな事くらいは企業側の顧問弁護士も見抜いている筈だ。
既に企業側の総務課やその顧問弁護士も
獄道対策に対応した情報共有網を構築している。
何時までも同じ絵図は通用しない。
昨今では秘密資金流動書類を敢えて電磁記録化させない
不正背任企業も増加している。
改正暴力団対策法(改正法)も制定された。
そして今は抱き込んだ企業を中心とした“仲介屋”が主な仕事に成っている。
同時に規模としては微々たる物だが、仕事部隊も
米国や中央アジアなど、他国の仕事に移りつつ有る。
最近は中央アジア某国のインフラ開発の食い込み、
その為の華僑を狙った人材派遣、
アメリカでは日本国内への投機銘柄の売り抜けがボロい。
原油相場などが下がると、別の投機銘柄に投機していた奴等が、
保険的に金を逃がして来る投機銘柄だ。
BARACK OBAMAも米国進出を遂げたヤクザ勢力に
金融制裁を下したが、内の金庫も米国では無い。





平成2年2月15日。
東京都八王子市内にて五代目山口組直参初代宅見組(当事)と
五代目二率会(にびき)に因る“八王子抗争”が勃発した。
そして五代目二率会は直参初代宅見組に事実上敗北を喫したのだ。
そしてこの抗争敗北が五代目二率会瓦解への道を開いた。
歌舞伎町は五代目二率会の島内(島)だった。
そして2001年に疲弊辛酸に“陥れられた”
五代目二率会は無念なる解散劇を遂げた。
だが、五代目二率会は関東獄道組織の連盟議会で在る、
関東二十日会に相談交渉も無い状況下で、
歌舞伎町の島内継承を挙行しなかった。
そしてその情報を察知した五代目山口組勢力が、
瞬時に歌舞伎町へと雪崩れ込んだのだ。
島を司る獄道組織が存在しないのだ。
そして歌舞伎町から島と云う独断定然は消滅した。
これは住吉会六代目住吉一家と三代目稲川会(当時)に因る、
歌舞伎町奪取を狙った絵図の結果だったが、
五代目山口組勢力に一手先を越されたのだ。
この件では二率会解散前に、内情を知る某看板の執行部本役が
五代目山口組総本部に情報を売ったと云う話も疑われていた。
そして後に自身の看板を混乱させた事を理由に絶縁されている。
又当初、五代目二率会側には歌舞伎町の
島内継承の用意が成されたとも聴いている。
だが、此処では明かせない事情に依って、
五代目二率会は即刻的に二分割化解散に追い込まれたのだ。
そして五代目二率会は三代目稲川会八代目京浜小金井一家(当事)と
住吉会六代目住吉一家預り代不詳東京小金井一家(当事)として二分割化吸収された。
だが一応、歌舞伎町は住吉会向後睦会五代目(実質六代目)勢力
の島と云う事に成っている。
だが、此れは便宜上の話だ。
歌舞伎町は事実上闇社会に於ける治外法権街と化しているのだ。
歌舞伎町には全国各地に本部を構える多くの看板が進出している。
だが、向後睦会五代目勢力(こうご)と
十三代目幸平一家勢力(こうへい)が抜きん出ている事は確かだ。

加藤総長  加藤会長
住吉会総本部長                    住吉会幹事長
十三代目幸平一家  加藤 英幸総長               向後五代目  加藤 孝次郎会長
                                                                 
“西のお客さん”も賑やかだ。                          
因みに“元一課”、某機構役員が把握した、
歌舞伎町の獄道組織の事務所数は約190団体、
高利や株屋などの関連事務所を含めれば700団体は軽いと云う。
少し遅れがちだが、デスクに“来る”データとも或る程度は合っている。
とは云え、この辺は出入りが激しいだろう。
昨日有った所が今日は引き払ってたりする。
又、歌舞伎町以外の新宿区の島割りは、
北新宿、西新宿と百人町の一部が
住吉会十二社一家(じゅうにそう)二代目、
新宿区一丁目から三丁目、更に大久保と百人町の大部分は向後睦会五代目勢力だ。
四谷は六代目山口組直参五代目國粹会、
新宿区二丁目は極東会松山連合会(庭)だ。
だが、新宿の島割りは丁目単位で、少し入り組んでいる部分も有る。
一門内や他所看板への島貸しも多い。
又、私が最初に出入りに成った末端組織は、
五代目愛宕会四代目枡木一家,國政会(偽名、解散)、
そして現在は六代目愛宕会五代目枡木一家,三和会(偽名)だ。
五代目愛宕会(偽名)の構成員は約4千700人(虚偽)。
本部は東京都内だ。
刑法上の指定では広域指定暴力団。
その直系一門で有る六代目枡木一家(偽名)の
盃持ちは約300人前後で推移している。
準構扱いや関係者、フロントなども含めれば500人は居る筈だ。
体質は洗練された経済派と旧来のヤクザらしいヤクザが、
或る程度のバランスで共存している。
抗争は警察犬機関との関係を保つ為に、表向き“は”避ける体質が有る。
その反面で揉めた他所看板やその若い者が不思議と良くえる。
“神様のイタズラ”と受け流した先輩も居たが、大体は想像が付くだろう。
荷物も完全に消えているのだから、逮捕者が出たと云う話も聴いた事が無い。
捜査も一課の親父さんにお茶を御馳走に成る程度で終わるらしい。
又、三和会の島は、テナントの本部事務所内だけだ。
街には触れず、経済界で仕事を打つのだから、島の必要性は殆ど無い。
因みに三和会は最初の関係組織で有る二代目國政会の再編組織だ。
構成員は会長以下7人(虚偽)。
準構扱いの関係者は私を含めて2人、通常の関係者(出入り)は12人未満だ。
更に仕事の関係者は直属、掛け持ちの合計70人以上だろう。
有る意味ではマフィアの組織形態に近い。
又、出入りの一人は慶応大学法学部卒の秀才少年だ。
その友人で有る一人は早稲田大学卒の元学生企業家だ。
特に現行の経済派獄道組織に於いて早稲田大学卒は金筋なのだ。
流石に頭脳明晰な彼等だが、
物事を論理だけに頼って導出する癖が有る。
論理など殆ど通用しないのが闇社会だ。
黒いカラスを白だと言う者がいれば、
ではたき落とすから“赤”だとボカす奴も居る。
当然だが、法学部卒の彼の法律認識度は私以上だ。
訳有りで暴対法関連も詳しい。
だが、法律を逆手に利用する術までは教わっていない。
そんな彼等に礼儀作法、情報収集の手段を仕込むのが私の役目だ。
だが、私は彼等を部下とは見做していない。
私に意見する事を彼等に許している。
度胸が足りない部分も有るが、基本的には度胸よりも
責任感を与えて行動力を鍛えると云うのが会のやり方だ。
真面目な企業社会の連中も普段は穏やかだが、
社を守る為の重責なら1億3000万程度で経理の口止めを頼んで来る。
これを度胸などで決断すれば、形骸化した倫理に囚われ、
躊躇している間に競合他社に食われるだろう。
重責に裏付けられた行動力に限界は無い。
やるべき事をやるべき時に、確実にやり遂げる人材を育てる。
だが、その行動の意味だけは常に悟らせる。
私情を禁じて「心を育てる」のも会のやり方だろう。
時に非情に徹し、時に心情を重んずる。
過去は違えど私も意味の無い私情は看過しない。
或る程度の冷静さを保つ術も身に付けただろう。
任された若い者も私の器を見極めている。
彼等を有能な人材に育てれば、組織側への御奉功と成るのだ。
組織側の私に対する利用是非など問題では無い。
私の目的は既に達成されている。
勿論、三和会側にも関係が始まった時にその腹を伝えている。
引退した代行の返答は“やれる所までやってみろ”だった。
当時は幹事だった会長は、一言「良く言った!」と相槌を入れていた。
侠道上の礼儀作法も特に指摘された事は無い。
そんな物は「笑われる前に見て憶えろ」と云う事だったのだろう。
又、歌舞伎町の街中では、会長や諸先輩への
挨拶作法で有る“押忍”は実質、禁止だ。
無言で目を合わせず、頭部を直下に約20度下げるのが
歌舞伎町の街中に於ける三和会の作法だ。
歌舞伎町には数多の獄道組織事務所が存在するのだ。
街中至る所で同業が甲高く“押忍”と叫ぶ様な状況では、
お客さんが物騒に想うだろう。
その懸念に配慮した結果なのだ。
このお客さんに対する配慮は六代目山口組や
六代目極東会、五代目稲川会などの主要組織間でも
勉強会の場に於いて執り決められている。
“或る程度”は守られている様だが、
流石に一門総長が傘下に来訪した時は無理が有る。
だが、三和会では通常は徹底厳守されている。
事務所内も代紋と看板頭の額縁が存在する以外はIT企業の様な概観だ。
応接間は玄関付近の別室に有る。
本部事務所は歌舞伎町の雑居ビル二階(虚偽)だ。
又、本部事務所に入る際はインターホンに姓名を名乗った上で
“失礼します”と中声で伝える。
三和会も紳士的且つ圧倒的な資金力を誇る経済派末端獄道組織なのだ。
当然、嘗ての仕事が唯のタカリだった事は理解している積もりだ。
嘗ては権威者に因って不条理に搾取された金銭を
100倍額の利子で報復搾取すると云う私情も有った。
だが、国内に存在する中・大企業の九割五分は不正背任企業なのだ。
コンサル代一つにしても、代行に釘を刺させないと源泉税すら納めやしない。
知らないのは市民だけだ。
その金も決して闇社会だけがガメる訳では無い。
世俗社会の云う“いざなぎ景気”の源泉は何処に在るのか?
闇社会が関わる証券市場の実態を黙認するは如何なる存在か?
経済産業省と公正取引委員会だ。
闇社会こそ日本経済界の資金流動を活性化させた最大の功労社会なのだ。
そして国土交通省は東日本大震災復興事業を
闇社会に委託管理させて国家予算配分を抑制している。
結果的に市民にもその恩恵は行き届いている。
三和会の上部一門で有る五代目枡木一家や
看板の経済派一門の多くが、経済産業省や
国土交通省“とも”挨拶関係を築いて来たのだ。

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信義の血統





s7sk5sh
書(受託):斉嘉 光政






有る幼い少年の話をしたい。
少年は一方的な管理教育の裡で小学五年生に進級していた。
少年はサッカークラブに所属していたが、
徹底的なる苛めっ子だった。
だが、眼影は何時も霞に包まれていた。
父親は末席とは云え、元某有力宗教団体の幹部だった。
だが、身内の有力者の口添えで得た立場だったからか、
有りもしない濡れ衣を着せられ、左遷されるのも早かった。
左遷された父親は酒乱の限りを尽くしていた。
そしてその暴虐振りに耐え兼ねた母親と共に、
幼い少年は親族も暮らす群馬県某町に逃げ出していた。
その街は同様の複雑な事情を抱えた人々に依る、
流浪街の概観をも呈していた。
結局、少年はこの10歳の時に、父親は昭和60年代初頭に
某有力宗教団体を脱会している。
母親も女手一つで必死に少年の為に会社労働に励んでいた。
少年はそんな母親の真摯観を見てしてか、
自然と食欲や玩具などの物欲を捨て去っていた。
体操着が襤褸に成っても全く気に成らなかった。
当然の様にそんな少年を揶揄う同級生もいた。
だが、体格に恵まれた少年は、揶揄う同級生が居れば、
暴力で答える事しか出来なかった。
其処に性の隔ても無かった。
弱い子ばかり苛めていた。
友と受け入れても良い仲間も荒んだ家庭で育っていた様だった。
少年の心裡も、家庭崩壊を経験した事で
何か得も知れない寂想感に包まれていた。
そんな時間の中で、少年に食欲は余り無かった。
サッカークラブの練習試合の際にも弁当は持参していなかった。
そして昼食での出来事だった。
昼食の弁当を持たない少年の様子を観てしてか、
サッカークラブの友人の母親が肉を分けてくれたのだ。
その肉を分けてくれた友人の母親は、
何処までも優しさを携えた眼差しだった。
だが、その母親の気配とその眼差しは、
何処か得も知れない優しい影を放っていた。
そして少年は後に知る事に成るのだ。
その友人と母親は在日朝鮮民族だった。
それ所か、他の友人達の殆どが在日朝鮮民族だったのだ。
流浪街なら良く有る出来事なのだろう。
だが、悪辣振りでは少年の方が遙か成る醜態を晒していた。
友人達には気さくな情けが有った。
私にはその情けが無かった。
両親が居て平穏に暮らしてると想える同級生が羨ましかった。
今でも振と想い出してしまう。
あの何処までも優しい影を携えた、友人の母親の眼差しを、
幼少期に時を共にした、群馬県某町に存在したあの棄民街の様な町並みを、
町内全域が同和地区に指定されていたあの流浪街を、
私は接して来た在日朝鮮民族から多大なる恩恵を受けて来た。
それが嘘偽りの無い物で有る事は明らかだった。
恩恵はを懸けて返す物だ。
私も倭民族として、寛容さを欠いた差別者のを背負っている積もりだ。
後術するが、あんな光景を見せられれば誰でもそう成るだろう。
倭の起源も諸説有るが、私は“敢えて”大和民族蔑視説を支持する。
それ以前に私の様な生き方をする者など倭民族で結構だ。
その代わり漢国共産党を売り飛ばすのも倭民族だと云う事だ。
一方で私は“在日”と云う表現にも違和感を持っている。
彼等は戦後日本復興の要だった建設労働に多大なる貢献を果たし、
食肉産業や屎尿処理業など、此国民族が
顔を背ける職種を熟して来た事は周知だろう。
結果的に此国の土台を築いて来た功労民族でも有るのだ。
闇社会勢力の諸先輩方なら、戦後から今に到る芸能娯楽産業でも、
多大なる貢献を果たした事も周知だろう。
帰化の是非とは別の次元で、共に戦後日本を築いた功労民族として、
私には朝鮮系日本(国)人と云う表現の方が正確に想えるのだ。
政財界、特に官々連中より“大和系”日本国民と共に管理される、
朝鮮系日本国民と言っても良いだろう。
奴等の言う日本国民とは、“表”の富裕層だけだ。
裏だと高額納税者で有っても、その“出所”まで一々洗って来る。
ちゃんと合法で抜いた金を納めるんだから、
コンサル名目だろうが何だろうが文句言わずに持ってけだ。





一方で闇社会の情報網(業界流れ)に頼った私の血統洗いでは、
日本国の闇社会に生ける侠の全国平均二割が在日朝鮮民族だ。
そして同二割強が同和地区出身者である事が割れている。
内の看板では2016年某月1日当時、確認された限りで、
看板持ちで有る構成員3729人の内、日本人が3190人、在日朝鮮人は474人、
他は残留孤児などの在日中国人、台湾人などだ。
準構成員、関係者では日本人が8割強を占める。
同和地区出身者は上記の各民族も含めて815人だ。
内の一門の執行部でも在日朝鮮人の先輩は1人しか居ない。
最高幹部たる本役も含め、他の26役は全て日本人だ。
情報提供元は文中で示唆しているが、公的な白書でもほぼ同様の比率だ。
本部は東京都内、東日本一帯を中心に勢力を張る広域指定だ。
一方で元公安捜査長第二部長、菅沼 光弘が唱えた
在日三割、同和地区出身者六割と云う発表は、
後述する日本経済団体連合会の意向で謳われた虚偽の可能性が極めて高い。
“自説”する民族比率も、昭和50年代の五代目酒梅組の民族構成を無断で使用した物だ。
現八代目酒梅組本部が有る西成区は、釜ヵ崎やあいりん地区を抱える
日本国有数の流浪街でも有るのだ。
菅沼 光弘の“金ヅル”とも言える関係企業の親会社は、
持ち株比率から事実上の日本経済団体連合会の関連企業だ。
この繋がりが、後述する重大な因果を孕んでいる疑いも極めて高い。
一方で菅沼 光弘が自説を説いた際、六代目山口組、高山 清司若頭が
この推測を溢した様にも“騙って”いるが、
都内に出張る二代目宅見組某有力傘下の代紋外しからは、
“頭はそんな事、一言も言っとらん”と聴いている。
組内でも話題に成ったそうだ。
当時、大阪市中央区に本部を構える二代目宅見組は、
三代目弘道会に次ぐ、六代目山口組主流派に連なっていた。
内の一門にも三代目弘道会の役付と縁組している、
先輩方が何人か居るが、その諸先輩にも“頭を下げて”
三代目弘道会側に裏を取って頂いた。
全くの事実無根だそうだ。

淀川
淀川 大阪市此花区付近

元某二課天下りも、不法在日朝鮮民族に対する捜査力に
権威的限界を感じたと溢していた。
そしてその捜査力不振を此国民に察知させぬ為の
釈明で有るとも推察していた。
因みに内の会の先輩に在日朝鮮民族は居ない。
私が預かる若い者では2人だ。
(2014年4月23日、部落開放同盟の定義では、
“現住所”から、私も同和地区出身者に該当する)
会長や理事長補佐(共に仮職)は資質が有れば
特に拒む理由は無いと言っている。
私の元なら在日台湾、在日ベトナムなども含め、後3人は欲しい所だ。
在日朝鮮民族なら“知恵”を仕込めば韓国経済に飛ばせる。
経済情勢を睨めば、韓国は此れから膨大な不良債権が発生するだろう。
製造会社絡みの動産担保や整理も興味深い。
物価や外為相場など、短期で計れば大した仕事には成らないが、
“代行”を飛ばして債権、動産担保などを押さえれば、
此方の会社に下請けとして入れられる。
日系企業と取引実績の有る“製造”会社なら、
欲しがる国内企業など幾らでも有る。
取引会社と下請けでは法的拘束力も違って来るのだ。
本店所在地のみを日本国内で登記し直して、
韓国を拠点とした日系企業に仕立て上げる。
後は代行に大手家電会社などの下請け、孫請けに入れ“させれば”お終いだ。
役員会も別の抱いている会社の役員を回すのだから“ヤクザ会社”では無い。
そして後々にそれらの実績を手土産に韓国にも出張れる。
保険の為に“現地の奴”にも挨拶するのだから、お友達にも成れるだろう。
今に始まった事では無いが、闇社会に於ける“日韓友好”と云うヤツだ。
其処から北朝鮮のネタも引っ張れる。
物価や外為でインドなど、中央アジア程は期待出来ないが、
やはり政治経済情勢を睨めば、対“中国共産党”を視野に入れた日韓連携は必須だ。
安倍内閣も労働不順に晒された若年層や、
“過去の栄光”に酔い痴れる高齢層からの支持獲得に躍起と成っているが、
その為に韓国との対立を演じても、裏では“権益に色気”で馴れ合っているのが実情だ。
その仲介役に業界の諸先輩方も大きく貢献している。
又、数年前には北朝鮮の武器開発に繋がり兼ねない
物品を密輸する、不法在日朝鮮企業も洗った事が有る。
そのネタを某二課へ売り飛ばしたのも闇社会勢力なのだ。
漢国共産党工作員が忍び込む“日本支店”も後を絶たないが、
その日本支店が内包した資金流動書類も押さえた事が有る。
そして合法的手段で事実上撤退へ追い込んだのだ。
今は漢国共産党工作員が、不法な株式保有で役員に潜り込む日系も多い。
又、此処で言う工作員とは、漢国共産党の政策・経済的意向を
直接、間接的に受けた漢民族役員の事だ。
極めて愛国的、体制従事的な漢民族役員も含まれる。
日本国内に潜る工作員を、国際情報局員に限定するのは危険だ。
米国資本企業と取引関係の有る会社に潜り込んだ漢民族役員も、
漢国共産党の工作員で有る可能性が高い。
他の役員も知ってて黙認している場合が殆どだ。
工作員の洗い方は“基本的”には短期の入国歴が多い者、
不自然に本国企業への送金が多い下請け等を、
元某二課天下りなどに“挨拶”して押さえる。
当然、写しの“挨拶状”を出させるのは絶対条件だ。
又、漢国資本企業が株式買収・保有して役員会に送り込んだ工作員は、
証券業界や“株屋”から情報を買うのが基本だろう。
細事は明かせないが、奴等の食い込み方には独特の物が有る。
経済活動だけが目的では無いのだから、
市場の動向などお構い無しなのだろう。
企業の性質としては漢国資本は当然だが、
母国の漢国資本企業と不自然に強い取引関係が有る企業だ。
その取引値が不自然に低い企業も臭う。
大概は本国企業との取引の間にフィリピンや
シンガポール資本企業を経由している場合が多い。
職種は観光業、食品などの輸出入業、不動産業が中心だろう。
仕事の仕込み方は此の様な一例が有る。
先ず、元証券会社役員等の代行を立てる。
代行は弁護士資格を持つ経営コンサルタントが一番だ。
コンサル代の領収書に“筆跡”を落とさせれば証拠も残せる上、
領収書がコンサル名目だと“解釈”も大きく広がる。
そして企業側の出資者へ別企業の優良銘柄を“コンサル”させる。
企業側から投資金、出資金を“意図的”に引き抜かせる。
筆跡署名入りの損失“保障”で信用付けるのも重要だ。
出来るなら奴等の“挨拶状”を切った上で、
企業側に対する“質疑状”も出させる。
それ成りの株持ちも加名する信託名義なら、その“威光”は絶大だ。
持ち株から食い込む手も有るが、私らの身分では刑法上の懸念が有る。
何れにせよ、後は挨拶状、質疑状を持たせてヤメ検弁護士や
司法屋などを企業側へ飛ばすのが常道だ。
取引に対して役員連中が文句の一つでも抜かせば
犯人隠匿が成立し兼ねない。
製造会社では漢国への技術漏洩を黙認する役員も居るのだから、
買い落とされた役員も唯では済まない。
既に此方は某二課に“挨拶”しているのだ。
そしてその過程で工作員の身柄を某二課にくれてやる。
米国の情報を洗ってる工作員が多いのだから、
奴等に取っても悪い話では無いだろう。
一応、数人の役員にも去って貰うが、
企業は職種の対応した別企業に買収させる。
この買収交渉の“お膳立て”で出た
契約金一割、二割の“コンサル代”がデカい抜けに成る。
だが、基本的には仲介するだけだ。
そして此の時点で先の出資者に再び投資金を戻させる。
不履行が発生した場合の補償額を提示“させる”事も極めて重要だ。
非上場でもマザーズなら“挨拶次第”で簡単に上場出来てしまう。
社名も変更させるのだから問題は無いだろう。
“紐付き”の下請けも入れる。
当然、再び工作員が付け入る隙も敢えて残してやる。
北朝鮮も東京オリンピックに賛成票を入れた。
そして再び株価が上昇すれば出資者への条件も果たせる。
一つ重大な仕込みが抜けているが、それは企業秘密だ。
“時の氏神”を装うと言えば想像は付くだろう。
此の仕事で一番重要なのは絶対に看板を名乗らせない事だ。
何気に警察犬関係者を装わせるのが良い。
因みに此の仕事を打つ最大の“狙い”は国や金の為では無い。
抜けも内だけがガメる訳では無い。
一つだけ言える事は飽くまでも“捜査協力”だと云う事だ。
碌な証拠固めも出来ていない内に“手柄”を得られるのだから当然だ。
最終的に検察連中への“挨拶”にも成るのだから、奴等などどうにでも成る。
何れにせよ、霞ヶ関や“親父さん連中”など、
一門のコネが強いとこんな仕事まで打てる。





一方で某有力憂国組織の複数の有力傘下は、
朝鮮民族への差別扇動政策に晒された、ネット似非右翼を洗っている。
在日朝鮮民族に対する、ネット似非右翼達の未根拠な差別扇動情報が、
自身の憂国活動の意義に、毀損を齎す可能性を危惧しているのだと云う。
在特会も西側諸国に右派勢力と報道されたが、
あんな軟弱集団と同一視されるのは憤懣甚だしいそうだ。
作法が成っていない破廉恥なデモ活動も有ってか、
日本の民族性を貶める“国賊”とも即断していた。
その某有力憂国組織の街宣計画も闇社会情報網に依存している。
最近では自民党の頼みも“再び”増えてるが、
反原デモに“仕事街宣”を打った東北出身の知人もいる。
ネットでの主たる活動はネット似非右翼のホームページや
SNS、YOUTUBEなどの動画作成者や
そのコメント投稿者の記録らしいが、それ以上の詳細は話せない。
ネット似非右翼にも若手IT屋などの“似非”が居る。
因みにネット似非右翼と云う表現は、
決して軽蔑する意味で用いているのでは無い。
本物の憂国ですら、半分は似非なのだから、
その尻尾と云う意味での皮肉だ。
私も複数のSNSでそれ成りの活動をしていた。
若い者2人も登録させている。
私以下3人の方は一応、警視機関への“挨拶”だったが、
私は“与太”な理由で担当と口論に成って止めている。
今は若い者2人に任せている所だ。
著名な在日朝鮮民族達への脅迫行為が相次いでいる事も解かっている。
身に憶えの有る者は即刻止めた方が良いだろう。
在日朝鮮民族に身分詐称するネット似非右翼もだ。
奴等の連絡一つで警察機関の天下り先、某機構がサイバー対策を動かす。
私が見付ければ奴等に携帯を入れる事も有る。
爆破予告をした者が何故、ネットから身元を割られ、逮捕されて来たのか?
その経緯だけは考えた方が良いだろう。
匿名ネットの安全神話など、ネット消費者を獲得する為の方便に過ぎない。
実際にネットのブログが元で、行方不明に成った評論家気取りもいた。
その気に成れば身元など誰でも割れるからだ。
基本的にIPアドレスは無視した方が良い。
アドレスの所在地が北極では話に成らない。
だが、プロキシを用いてもホスト、使用サーバーの記憶域と言える部分に
その変更履歴ごと残っている。
SNSなら“通常は”最低3TB以上、2台以上の“外付け”を用いつつ、
400万前後で取引される某国製併用解析ソフト(合法)と
セキュリティー解析ソフトを使う。
一連の作業もサーバーの関連付けの有る記憶域“のみ”を外付けの仮想領域に
個別に復元した各サーバーの記憶域で行う事に成る。
其処で先ず、サイトにログインした状態で、
対象人物に関連したURL英数文字の生成過程を解析する。
コメントURLやアカウント末尾の数字が長ければ、
その数字だけで解析出来るサイトも多いだろう。
そしてその解析結果に依り、接続記録からアカウント保持者のホスト、使用サーバー、
プロキシ・経由サーバーやネットカフェの使用サーバー、
SNSの個別サーバーがその所在地と共に割れる。
同時にこの過程で、解析した領域から各サーバーの記憶域も数値化されて割れる。
又、この作業の過程で“有る現象”が起こる事も多いが、
その時は上記で示唆した“モノ”を用い、その概要を解析すれば“対処法”も解かる。
(この手段ではサイト側サーバーに
ダイレクト・アクセスする以上、不正アクセスに抵触する)
そして此処で各サーバーをWINDOWSなどにも実装されている“端末”を用い、
外付けに記憶域のみを個別に復元する事に成る。
次に登録者の使用サーバーから先のURL生成過程の英数文字で識別解析する。
その解析結果から記憶域に残る登録者の該当IDに関連付けられた
ホスト、IPアドレス、契約プロパイダーなどを始め、膨大な履歴が表記される。 
履歴欄を、再びURL生成過程の英数文字で照合解析する。
そして符号した登録履歴に信憑性を得る為、
其処に関連付けられた履歴欄の英数文字で記憶域を識別解析する。
国内サイトの登録情報から割るなら、事前に都道府県とその主要都市名を漢字で、
そしてその郵便番号を、解析ソフトに記録させておけば作業は早いだろう。
後は符合した膨大な履歴欄から、大手通販サイト名などで検索し、
符合した履歴欄から登録情報を割り出せば終わりだ。
偽名登録のアカウントでも、上記の方法で個人情報も割れる事に成る。
実用性を考慮すればアカウント保持者の勤務先が割れれば一番だが、
住所、氏名、携帯などの登録履歴さえ割れば十分だ。
買い物で住所までデッチ上げれば荷物が届かない。
2000万人が登録するサーバーでも、 対象人物の個人情報が割れるまで一瞬だ。
例え10サーバーを経由しても、必ずその中に通常の使用サーバー が有る。
因みに某所の人物同伴の元で、“許可”を得て確認した限りでは、
TWITTERやFACEBOOKなど、主要SNSはアカウントに関連するコメントIDから、
YOUTUBEもアカウント名部分から“要素を検証”で某所を解析すれば身元が割れる。
だが、“無断”で身元を割ったのが発覚すれば、
個人情報保護法、不正アクセス禁止法違反などで持ってかれるだろう。
担当の親父さんからも「外に漏らしたら庇えんぞ」と釘を刺されている。
看板持ちなら別件も掘られて確実に2年は塀の中だ。
私も余程の事が無い限りは“国外の友達”に任せる。
何れにせよ、確実性の有る手順を踏むなら、
やはり使用サーバーを直接解析した方が良い。
最近では個人情報特定に特化した、
自動解析ソフトなんてのも取引されている。
だが、警視庁のサイバー対策なら、
依り高度な特定手段を用いているかも知れない。
奴等も地方の県警じゃないんだから、
悠長にIPアドレスの開示請求など持ったりやしない。
最終的に警視犬機関への“挨拶”にも成るのだから、
私に取っても一石二鳥だ。
仕事が打ちやすく成る。
朝鮮人絶滅”や“朝鮮人撲滅”などと云う言葉を吐いた者も、
既に警視庁一、二課などの捜査対象に成っていると思った方が良い。
当該部署が悪質と判断した場合、
勤務先や家族に厳重注意が行く手筈に成っている。
脅迫、名誉棄損、職業・身分詐称を対象とする厳重注意だろう。
子供では無いのだから、自分の言動には責任を持つべきだ。
戦後以来、内の看板は警視犬機関の下請けと化してる側面も有る。
私の様な“看板外し”には打って付けの仕事だ。
諸先輩から失笑を買う事も覚悟している。
何れにせよ、現在の日本国は東京オリンピックに向けた体面作りの最中だそうだ。
その体面作りの障害は政財界の懸案に成っている。
そんな風潮も有ってか、日本国の“体面”を貶める在特会やその同義勢力、
ネット似非右翼に対する捜査案件の株が上がっていると云う事らしい。
核心的に言えば捜査案件の“統計数”で点数稼ぎする腹だろうが、
国に都合の悪い時期の本抗争で、銃刀法の株が上がるのと同じ理屈だ。
自民党に取っても東京オリンピックの時“だけは”平和で、
品格の有る日本国で有ればそれで良いのだろう。
因みにネット似非右翼を捜査対象とするのは、
主に警視庁一、二課各係り、デモ活動が疑われる者は、
公警総務各係り、公警三課各係りなど様々な専門部署だ。
縦割り社会とは云え、サイバー対策との連携も出来てる“筈”だ。
流石に具体性の有る殺害予告でもしない限り、逮捕までは行かないそうだが、
二度目の厳重注意に該当する案件で、事情聴取が有り得ると聴いている。
だが、一方的な対処では不満だろう。
其処で幾つか資料を開示する。
当然、“ここでは”資料原本を示せない以上、信じるか否かは其々の自由だ。
業界流れで有る以上、市民の立場では立証不能な事も理解している。
信否に関わらず、心の何処かに留めておいて貰えばそれで良いだろう。
先ずは従軍慰安婦の是非だ。
従軍慰安婦が存在したのは事実だ。
某機関などに極秘保管されていた記録書類(写し)から確認している。
某憂国組織傘下経由で抜いた物だ。
保管元の某機関も想像に難くないだろう。
先ずは社会党政権崩壊以降、民主党政権発足以前に作成された統計記録だ。
概要は在日朝鮮民族の女性618人、此国民族女性107人だ。
だが、強制連行と志願連行の判別記述は存在しない。
元々は大日本帝国陸軍に関する、
別の主旨記録に参考として載せられていた物だ。
次に社会党政権時代の従軍慰安婦記録も開示する。
概要は在日朝鮮民族の強制連行5202人(確認)、
強制徴用8177人(確認)、報酬雇用1万2594人(確認)、
報酬雇用とは、貧困層などからの人身売買の事だ。
強制徴用は通常の人員募集から、
計略的に慰安婦にさせられた朝鮮民族女性と説明を受けている。
強制連行以外は朝鮮半島での現地徴用・雇用と有る。
日本国内から人身売買も有った筈だが、
此の統計に含まれているのかは判然としないと云う。
だが、此の社会党側の統計数は飽くまでも“確認”された限りの人数だ。
年齢層の統計は両政権の資料共に記述が無い。
説明では某衛省や“呆務省”に外秘保管されていた大日本帝国軍資料や、
陸軍帰還兵の証言記録などを“参考”に作成された物だと云う。
“確認”の根拠も、それらの参考資料で有ると云う説明を受けている。
一方で植民地時代に大日本帝国の命令を受け、
東京の一家一門も“人夫出し”と云う仕事で、
在日貧困層の娘さんを朝鮮半島に飛ばしていた。
だが、その実数は記録には残っていないだろう。
島内の在日貧困層へ植民地に渡り、
陸軍を労う“歌”を歌えば国から金が出るなどと謳い、
娘さんを報酬半額の前払いで売り飛ばさせる手が流行ったと、
東京に本部を構える某有力一門の二代目総長も手記に残している。
手記を残したのも、万が一の敗戦を睨み、
後に成ってから「従軍慰安婦は博徒の蛮行」と、
博徒だけに罪を着せられる事を避ける狙いだった事も読み取れた。
その某老舗有力一門も、今は広域指定の看板と成り、
9000人を超える大所帯を堅持している。
次に朝鮮戦争時に於ける大韓民国陸軍の記録も開示する。
概要は朝鮮民族女性の強制連行1351人、
強制収用2692人、志願徴用424人だ。
同時に追加記述では志願徴用424人の殆どが人身売買の可能性と有る。
此方は某有力韓国製造企業経由で国防部の漏洩書類を買収した。
某韓国有力製造企業は朴 槿恵の有力支持母体でも有る。
失政を隠蔽する為に外敵を作る点ではセヌリと韓国民主も大差は無い。
又、朝鮮戦争の規模から推定すれば、
此の統計数も大きく改竄されている可能性が極めて高い。
韓国では慰安隊、特殊慰安隊の筈だが、
訳された表現では韓国従軍慰安婦と成っていた。
此方に合わせて従軍慰安婦と表現したのか?と説明を求めたが、
原文を文字通りに訳したのだと云う。
米国進駐軍との判別統計も含まれていない。
一方で国に限らず、戦争には現地で女性を捕らえ、
無理やり強姦する者が必ず出るが、その人数は不明と云う返答を頂いている。
だが、本質的には統計の“数”など大した意味は無い。
陸軍兵士との比率で従軍慰安婦の比率が圧倒数で下回れば、
同じ従軍慰安婦が何度も慰み物にされた事が示唆される。
逆に比率が上がれば、それだけ心的外傷を患う女性も増加するだろう。
一応、日韓両国の統計数にも十数人程度の手心を加えた。
理由は此処では明かせない。
だが、韓国側の漏洩書類は韓国軍事政権時代に作成された物だ。
追加記述は軍事政権崩壊後の記述だ。
一つだけ言える事は、韓国側主張の従軍慰安婦問題も
一種の権益獲得政策と言える。
漏洩書類買収元で有る某韓国有力製造企業役員の推定論でも、
アジア経済界で自国権益を有利に獲得する為だと云う。
此の点に於いては韓国政府と日本国政府は一蓮托生だ。
だが、国策は政財官の意向で有り、
庶民はその管理対象に過ぎない事だけは忘れないで欲しい。
元より従軍慰安婦の存在しない戦争など皆無と言っても良いだろう。
例え管理売春でも、人は極度の貧困に晒されると大金には従う物だ。
闇社会も常時戦時的有事体制だ。
死地に生ける者は必然的に子を残す本能が働く。
内の一門でも九家族を養っている先輩もいる。
又、日本国に留まらず、韓国の従軍慰安婦資料も開示したのは、
提供人物の条件を飲んだからだ。
日本国だけが“戦犯国”と受け取られ兼ねない印象を嫌ったのだろう。
だが、奴は非は非として認め、
是は徹底的に糾弾すると云う意思の持ち主だ。
此国民族として朝鮮民族に対する罪悪感を抱いている反面で、
それを政治の道具に利用する韓国政財界には激しい恚怒を露にしていた。
奴も“愛国者”を自認しているが、
だからこそ自国が孕む過去を直視しているのだ。
私に言わせれば、奴は愛国者では無く“清国者”だろう。
過去を黙して認め、自国を清める事を
何よりも重んずる姿勢が滲み出ている。
それは思想・理念などとは次元の違う、
奴の人間性が滲み出た結果なのだろう。
私はそんな奴の人間性を高く買っている。
論理や知識だけで熱意の感じない小僧など私は一切信じない。
一方で日本国内で潜伏活動を実行する北朝鮮工作員名簿で、
外事二課へ“挨拶”した他所看板の先輩も居る。
然もその先輩は在日朝鮮民族だ。
闇社会では中堅だが、その先輩も実力や人間性で高く買われている。
それに比すれば私など唯の青二才だ。
そんな陰口を叩く奴等も居る。
本当の事なのだから返す言葉も無いが、
私も倭民族として安目を売った憶えは無い。
市民社会の汚れを一身に請負い、闇社会勢力をその害悪根源に“させる”。
それが闇社会の存在意義だと私は自認している。
そうで無ければ、日本国は本当に人が人を信じれない国に成るだろう。
政策的な不明瞭情報の氾濫に因り、
今は此国民族同士で疑心暗鬼に陥っている。
その受け皿として闇社会勢力が本物の鬼に成れば良い。
実際に自ずとそう成っている部分も有る。
闇社会勢力も目的意識を失えば唯の“極潰し”に成ってしまう。
だが、目的意識を持ってその存在意義を肝に銘じれば、
市民社会の“浄化機能”も果たせると云う物だ。





一方で謂われ無き差別に晒された在日朝鮮民族も
結果的にその対抗手段としての逞しさを手にした者も多い。
日本国最大の的屋組織(的屋)で有る、
極東会々長、松山 眞一極東五代目(朝鮮名、曺圭化)、
そして日本国最古の博徒一門、十二代目北関東大久保一家を傘下に持つ、
松葉会、牧野 國泰先代(朝鮮名、李春星)など、
闇社会へ数多の優良人材を輩出する結果にも繋がっている。

松山五代目     牧野五代目       
極東会                       五代目松葉会
松山 眞一極東五代目             牧野 國泰会長

又、牧野 國泰先代は、大日本帝国軍の陸軍兵士時代に、
皇居敷地内へ米国陸軍の進入を阻止する為の塹壕掘削任務を熟したとされる。
元々は松葉会自体が民族団体で有り、その長たる牧野 國泰先代も、
欧米化し続ける日本国を此国民以上に憂いでいたと云う話も有名だ。
他にも在日の大御所、逸材は数多く居る。
昭和から平成に掛けての大侠客、
会津小鉄会四代目、高山 登久太郎会長(朝鮮名:姜 外秀)を初め、
腕っぷし一本で大物実業家にまで昇り詰めた東声会、町井 久之(鄭 建永)会長、
現代に於いては九州戦争で鮮烈な印象を残した浪川会、浪川 政浩(朴 政浩)会長、
山口組分裂問題で脚光を浴びる任侠山口組、織田 絆誠(金 禎紀)代表、
会の本部が有る新宿では、住吉会十三代目幸平一家義勇会、金 亨東会長や、
十三代目幸平一家堺組、堺 俊二(陳 俊二)組長の存在感も圧倒的だ。
特に内の会長は浪川会、浪川 政浩会長を高く買っている。
今の在日朝鮮民族の大先輩では“内実”共に一番の力を持っている。
私に取っても人としての側面で模範とすべき人だ。
だが、その血路は正に修羅の血路だったのだろう。
過去に大阪市西成区に生けた同年代の同業も語っていた。
  ワシら在日がな、銭蓄えて、
  ええ生活するにはカタギでは無理なんや。
  ワシらその道行こう思うたら、極道なるしか有らへん。
  せやけど、ワシら極道なればカタギさん遠去かる訳やろ?
  結局、何をやりおっても同じ云うのがホンマやがな。
  親父も銭に色気やから、やってられへん(笑)。
そして今は私が仲介した同じ看板の武闘派一門傘下で頑張っている。
体質も内の会と似た経済派の有力傘下だ。
市民を食い物にする様な有力傘下では無い。
金庫に余裕が有るのだから当然だろう。
奴も元六代目山口組の看板持ちでは無いのだから問題は無い。





だが、在日朝鮮民族の強制移住起源を解析するのは困難を極める。
豊臣秀吉の従属下武将達に因り、
数多の朝鮮民族が此国に拉致されて来た推測論は支持出来る。
だが、19世紀後半から20世紀前半に掛けて、
再び朝鮮民族が強制移住されられた事は周知だろう。
そしてその植民地時代に炭鉱労働などの過酷な労働人員を補う為、
大規模な朝鮮民族の日本国移住政策も“算段”された。
その日本国移住政策も戦時体制が強まるに連れ、
“算段”通りに強制徴用政策へと繋がる事に成る。
だが、既に大正12年の時点で、朝鮮民族の日本国移住政策に
大日本帝国の算段以上の結果が齎されていたと有るのだ。
そしてそんな最中の大正12年9月1日に関東地震が発生した。
私の地元で有る、当時の埼玉県本庄町では2度に渡る大きな揺れを境に、
翌2日夜まで絶えず強い余震を感じたと有る。
気象庁などの記録から、規模の大きい物を挙げても
その熾烈さが想像出来る。

9月1日午前11時58分 現小田原市付近  M7.9~8.1 推定最大震度7
同午後12時01分  現東京都大田区付近  M7.2  推定最大震度6強
同午後12時03分  山梨県東部 M7.3  推定最大震度7
同午後12時25分  東京浦賀水道付近  M6.5  推定最大震度6弱
同午後12時40分  相模湾 M6.6  推定最大震度6弱
同午後12時46分  山梨県東部  M6.8  推定最大震度7
同午後12時49分  千葉県木更津付近  M7.1  推定最大震度6強
同午後1時13分  千葉県東方沖  M6.4  推定最大震度6弱
同午後1時31分  神奈川県西部  M6.4  推定最大震度6弱
同午後2時23分 静岡県伊豆地方  M6.6  推定最大震度6強
同午後3時19分  千葉県木更津付近  M6.5  推定最大震度6弱
同午後4時37分  静岡県東部 M6.7  推定最大震度6強
9月2日午前11時46分  千葉県野島崎沖  M7.3  推定最大震度7
同18時27分 千葉県野島崎沖  M7.2  推定最大震度6強
同18時48分  千葉県東方沖  M6.5  推定最大震度6弱
同22時09分 三浦半島付近 M6.7  推定最大震度6強
同23時16分  三浦半島付近 M6.4  推定最大震度6弱

更に本庄町で震度2から3程度の揺れが来る余震も含めれば、
翌9月2日に掛けて120回前後は発生していた可能性が有る。
本庄町も収まらない余震で、次第に街中は略奪者が出るなど、
混乱状態に陥って行ったとも有った。
同時に駐在所には井戸に毒を入れる
朝鮮人に昼夜交代して警戒せよ、東の空が明るいのは、
東京市に朝鮮人が火を放ったからだ、と云う
真偽不明の張り紙も出されたと有る。
陽が沈むと、東の空が夜明けまで赤く染まっていた光景は、
北関東に在住した多くの人々が目撃したとも云われる。
祖父が残した手記にも有った。
そしてそんな真偽不明の情報とも相俟って、
混乱状態に晒された町民達は次第に理性を失って行ったのだろう。
既に大日本帝国の新たな算段は開始されていたのだ。
そして2日夕から3日朝に掛け、南関東の被災地域から中山道を通り、
軍用車両で本庄町に通り掛った126人が、燐町の神保原町に到った
中山道上で104人の在日朝鮮民族が虐殺されたのだ。
しかも本庄町で虐殺が起こった現場は旧本庄警察署の前だ。
その前後にも散発的な在日朝鮮民族に対する殺害事件が有ったとされる。
本庄を含む当時の埼玉県西部は、国内有数の生糸生産地域で有り、
植民地時代以前から在日朝鮮民族が多く暮している地域だ。
そんな土地柄か、虐殺に加わった者の中には
地元の在日朝鮮民族も居たのだ。
同胞の悪事は同胞が処断すると叫んだ在日朝鮮民族が居れば、
さなければ自分達がされると後に零した在日朝鮮民族も居たと云う。
義父の家系も当時から本庄町では名の知れた地主だ。
祖父が残した当日の手記も叔父に訳して貰っている。
本庄から在日朝鮮民族を載せた軍用車両の退避先で有る、
当時の岩鼻工廠までは、僅か15km程度の距離だった、、
そして現在は群馬の森と呼ばれ、在日朝鮮民族への慰霊碑も建てられている。
信憑性の極めて高い、有らゆる記録資料も総合すれば、
これが大日本帝国に因る策略大虐殺だった事は明白だ。
事実不明の砒素系薬物を井戸に堕毒したと云う虐殺誘導情報、
約2200人の在日朝鮮民族が、
東京市の煉炎世界に更なる煉炎を放ったと云う虐殺誘導情報、
その煉炎世界に紛れて在日朝鮮民族が
天皇陛下を暗殺すると云う虐殺誘導情報、
大日本帝国は様々な虐殺誘導情報を流布させる事で、
増え過ぎた在日朝鮮民族を此国民族の虐手に因って大虐殺させたのだ。 
此の時、大日本帝国が特に警戒したのが、一部の軍部にまで浸透していた、
反帝国主義活動家の破壊工作や暴動で有ったと云う。
そしてその意気の矛先を政策的に
在日朝鮮民族へ逸らせた側面も有ったとされる。
そして戦前に向かうに連れて、
それ等の歴史は新たに徴用移住させられて来る、
在日朝鮮民族には隠蔽されたと有るのだ。
第二次●●内閣に関する公的資料“にも”それ等の証言が記述されていた。
信憑性は微妙だが、●●軍事裁判の資料にも同様の記述が有るのだ。
当然、軍部も直接的に関与したとされる。
在日朝鮮民族を退避させる軍用車両の予定通過地点を、
軍部が事前に各自治体に連絡していたのだ。
某機構に挨拶して手配した資料に依れば、
虐殺に依る死者は約3600人に達したと有る。
多くの軍用車両が北上した埼玉県が特に多い。
だが、実際には在日朝鮮民族が井戸に毒を入れたと云う、
目撃情報は報告されていないと有る。
又、東京市へ火を放った6人前後の在日朝鮮民族が
目撃されたと云う記録が残るが、
目撃者は全員軍部の関係者だったとも有るのだ。
地震当日は北陸地方を台風が通過していると云う経緯も有った。
関東地震が襲った時刻帯には晴れ間が覗いていたものの、
東京市など関東地方は未だ風速15m以上の強風域に有ったのだ。
何れにしても、東京市の大火災は防ぎ切れなかったのだ。
大正天皇陛下の暗殺を企てたは大日本帝国だ。
暗殺部隊も全員軍部の者で編成されたと有る。
大日本帝国の軍事政策に逐一提言を挟む、
大正天皇陛下がその軍事政策の障害に成っていたからだ。
元来、歴史的大災害の隙を縫って邪魔者を暗殺するのは日本国の御家芸だ。
そして大正15年に大日本帝国の謀手に因り、
大正天皇陛下が砒素系薬物で毒殺されたと云う有力説も有るのだ。
この大日本帝国軍の資料も、某有力憂国組織“にも”にも加名する
人物に“頭を下げて”目を通させて頂いた。
その人物も此国民族だ。
元々は先述の某機関で保管されていた詳細記録書類だと云う。
誠の憂国なら、如何なる歴史をも黙して直視する物だ。
それを怠れば、活動の意義とその根幹にまで関わると言っていた。
当然だが、先の日韓両国の従軍慰安婦概要と
此の詳細記録書類も然るべき某捜査機関より本物と鑑定済みだ。
事前に奴等に渡すと云う条件で詳細記録書類の買収が赦されたのだ。
某衛省の秘密を握る事で、奴等への“切り札”に利用する腹も有った筈だ。
沖縄など国内駐留米軍の犯罪事件捜査“でも”物を言うだろう。
だが、その鑑定結果を私は確定的には受け止められない。
曲祷軍事裁判の資料は微妙だが、
関東闇社会側と某捜査機関の脅迫的優劣度から判断すれば、
信憑性は極めて高いとは言える。
関東闇社会勢力は某捜査機関の秘密を握っている。
その某捜査機関と約60年来の情報共有網を維持して来たのだ。
そして複数の有力憂国組織は某機関と情報共有網を構築している。






一方で通信技術・航空兵器の格段なる進歩を持した人に依り、
第二次世界大戦と云う名の悍ましき世界支配国選別戦争が齎された。
そして日本国が米英連合国に敗北を喫した日に、
事実上、強制移住させられた在日朝鮮民族達が歓喜した事も認識している。
だが、彼等は何一つ解放されてはいない。
此処からは闇社会にその名を残した在日朝鮮民族の軌跡に触れる。
嘗て大阪天満の街に有る暴少年達がいた。
筆頭格の暴少年は魔天の黒豹と通称された。
そしてその蛮勇は大阪に生ける侠達からも恐れられていたと云う。
暴少年達は後に柳川組と名乗った。
そしてボクシング興行の揉め事に依り、
大阪市に本部を構えた鬼頭組と抗争に成ったと有る。
そして柳川次郎組長(朝鮮名:梁 元鍚)を筆頭に8人の抜刀部隊で、
総勢120人が待ち受ける、鬼頭組事務所に殴り込みを仕掛けたのだ。
そして策と機転を利かせ、柳川組8人対鬼頭組約120人の
劣勢を覆して見事、柳川組は奇跡的勝利を冠したのだ。
後に柳川 次郎組長は三代目山口組、田岡 一雄組長と
出会った事で三代目山口組直参と成る。
そしてその後の働きから、“殺しの群団”柳川組とも
呼称される様に成って行った。

柳川初代
三代目山口組直参
柳川組   柳川 次郎組長

三代目山口組も、田岡 一雄組長の意を汲んだ、
地道 行雄若頭の音頭に依り、全国制覇への渦中に有った。
そして柳川 次郎組長も腹心の谷川 康太郎(康 東華)副組長に
三代目山口組の中部・東日本制覇の旗手を託したのだ。
そして谷川 康太郎副組長を筆頭とした柳川組は、
瞬く間に奈良、和歌山、滋賀、福井の闇社会を制した。
柳川組が結成された時点では、
柳川組々員は僅か16人だったと云われているが、
福井の闇社会を制圧した時点で、
柳川組々員は約2000人にまで達していたと云う。

谷川二代目 
三代目山口組直参                  
二代目柳川組   谷川 康太郎組長          

その後、新潟、山形、そして秋田では制圧に難航したが、
道だけは開かせたらしい。
その道は谷川 康太郎副組長により、北海道札幌市にまで到達した。
だが、柳川組も三代目山口組の利用物でしか無かった。
同時に此国民族の三代目山口組々員達の間で、
柳川組は朝鮮民族の柳川組と揶揄されて来たのだ。
そして後に谷川 康太郎副組長は、
三代目山口組直参二代目柳川組々長を襲名する。
だが、柳川 次郎先代と同意の元に、
二代目柳川組を三代目山口組総本部に無断で解散させた。
理由は三代目山口組総本部の派閥対立に端を発した、
谷川 康太郎組長の孤立感、
総本部が柳川組に正当な抗争戦勲を与えなかった事、
三代目山口組、田岡 一雄組長の逮捕阻止などが挙げられている。
柳川組の暗躍歴も昭和33年から昭和44年だった。
そして現在は奈良県奈良市に本部を構える、
六代目山口組直参三代目倉本組を中心とした、
多くの直参にその系譜が継承されている。
当時は26歳だった六代目山口組章友会、
石田 章六(朴 泰俊)会長も2016年10月に没故されるまで
総本部の顧問として穏然たる力を誇った。





その後、柳川組を題材とした数多くの実録映画も製作されるに到っている。
東映も在日朝鮮民族の愚連隊、明友会を題材とした“大阪電撃作戦”で、
柳川 次郎組長を悪役として登場させている。
明友会抗争でも大阪市に本部を構えた
柳川組の働きは圧倒的だったと云われる。
だが、同胞で有る在日朝鮮民族を率先して叩き潰した柳川 次郎組長は、
如何様の心境に有ったのだろうか?
後の柳川 次郎組長が辿った道が、自ずと語っている様に想える。
そして現代に至っても“殺しの群団、柳川組” と云う功名は、
西日本に生ける侠達に強烈な印象と共に語り継がれていると云う。
生け足りし者は賞せず、し足りし者を賞す。
何処までも忌わしい理屈だ。
対抗力を持さない在日朝鮮民族も荒み切ってしまった。
謂れの無い差別から貧困に晒されれば誰でも心が荒むだろう。
今も多くの在日朝鮮民族の若い者が、業界の門を叩いている。
私も今は在日の若い者2人を預かっているが、
業界の門を叩いた理由は、ガキの頃から奪われて来た物を取り返す為、
もう一人は在日が成功するには表の社会では無理と云う、
絶望感すら滲み出ている理由からだ。
貧困に晒された反動からか、
他所ではシャブは勿論、詐欺紛いなど無茶な仕事を打つ者も多い。
当然、食われるのは日本人に他成らない。
断じて容認は出来ないが、差別には少なからず仕返しが有ると云う事だ。

無題
洛東江、韓国慶尚道釜山市付近

其処に血統の隔てなど無い。
謂れは有ると言い乍らその決定的根拠を示せる者も居ない。
皇国史観など歴史を超えて政策的処置が施された不明瞭史観だ。
支配層に都合の良い理念だけが強調され、都合の悪い理念は抹消される。
最早、眞なる皇国史観を認識する事は、
旧世紀宗派の眞教を認識する程の困難さを極めるだろう。
事実上、認識不可能と言っても良い。
漢国共産党や韓国政府が謳う歴史史観も同様だ。
そんな真偽不明の産物で、今も日本国の在日朝鮮民族が淘汰されている。
一家心中してしまった在日朝鮮民族の姿も
此の眼差しへに刻み込まれている。
あれが抵抗力を持さない在日朝鮮民族が辿る一つの結路だったのだ。
幼い頃から可愛がってくれた。
真面目に細々と生きてる家族だった、、
この家族の面倒を看ていた亡き義父も、この様な言葉を叫んでいた。
 この人らをしたのは俺達、日本人だ。
 お前が日本人でいたいなら、死ぬまでこの光景を忘れるな!
これが私の漲らせる、分別の付かない差別者共への怒りの原点だ。
韓国の政策は支配層の都合で有り、
真面目な在日朝鮮民族は何の関係も無い。
何故それが解からない奴等が多いのか?
眞に糾弾すべき対象を見誤れば、結果的にその対象に関する、
有らゆる勢力を敵に回し兼ねないのだ。
眞の糾弾すべき対象を見抜くには、
私情を抑える事の出来る冷静さを養う事だ。
例えば言葉一つで大切な彼女を自殺に追い込んだ様な過去が有れば、
自ずと人への繊細なる配慮も養われる筈だ。
当然、そのもだ。
その過去に潜む因果を悟れば、鋭利な洞察力をも養われるだろう。
その鋭利な洞察力こそ、眞の糾弾すべき対象を見抜く
最良の力に成ると私は確信している。
所詮はネット似非右翼も唯の人でしかない。
人は本能的に闘争を好む生物だ。
又、ネット似非右翼は馬鹿、低脳と破廉恥な言葉も吐き捨てるが、
私はネット似非右翼を馬鹿だとは思っていない。
私には一刻の妙な対抗心に駆られて、
自分で自分の才能を貶めている奴等だとしか思えない。
日頃の不甲斐ない自分を省みて冷静に成れば、
優れた洞察力を発揮しそうな奴も居るだけに勿体ない。
身分に関係なく、日頃から尊敬出来ない目上から見下され、
抑圧された鬱屈感に苛まれている者も多い筈だ。
若年層なら学校での教師や人間関係から来る、
劣等感に鬱屈を募らせる者も多いだろう。
無職や非正規雇用なら、社会全体に対する劣等感だ。
その憂さを自分よりも弱い立場に有ると“思える”者に晴らす事で、
精神のバランスを保とうとしている者も多いだろう。
これは実際に都内で酒をおごった、
某反韓市民団体の元幹部“も”零した見方だ。
だが、自分の不甲斐なさや焦燥感を弱いと思える者に当たり散らしても
何一つ、自分の状況は好転しない事だけは憶えておいた方が良いだろう。
弱いと思える者に投影された、自分の弱さへの憎しみが深まるだけだ。
奴とは僅か1時間程度、話を交わした程度だったが、
根は純粋でいて、何処か無垢ですら有る奴だった。
目的意識が見出せず、常に焦りを感じていたと云う。
そして中朝を矛先とする反抗的な情報に感慨を受け、
自分も何かをしたく成ったのだと言っていた。
私はそんな者達を生んだのも、この歪んだ“上下関係”に塗れた
管理社会に有ると想っている。
管理社会は常に個人が秘める異才を否定する。
その淘汰に負けた者は目的意識を見失い、
この管理社会に変わる、逃避社会を常に求め続ける。
愛国宣言などからも垣間見れるが、
ネット似非右翼も人一倍に依存心が強いのだろう。
一応、断っておくが、私に右・左派思想など無い。
当然、愛国心もだ。
有るのは郷国心と郷土心だけだ。
世界も大きく変わろうとしている。
そんな世界に対して必要とされるのは時代即応を成す臨機応変的理念だ。
右派勢力は、形骸化した旧態慣例と独善的な護国心に束縛されている。
内の会に居る“某有力憂国組織”の先輩も認めた私の印象だ。
あの人は右派と云うより、仏教に根差した民族思想家、民族研究家だろう。
街宣車で喚き散らす活動など“チンピラ”の悪戯に過ぎないとも断言している。
私に取っても“右翼”の街頭演説など馬の耳に法華経だ。
闇社会を連想させる特攻服姿の街頭演説が市民の心に届く訳が無い。
革マルや革労解放など、左派勢力に至っては最早、旧世紀の遺物だ。
抑止力としての左派は理解出来るが、米国“より”実行された、
資本主義の支配大計など既に終戦期に確立されている。
反安部自民、反差別などを掲げるリベラル派市民勢力の方が、
遥かに実効性の有る活動を展開している。
自国に篭り、起源も定かで無い不明瞭史観の対決応酬を成す者に、
世界の流れを読み解く力など無い。
人の意思は短絡的に右・左に選別出来る程単純では無いのだ。
右派だけでは国体や伝統風習に閉塞的な形骸化を齎し、
左派だけでは不確実性の高い理想で、
国体に混乱を招く事にも繋がり兼ねない。
保守を望む右と、変革を望む左との均衡が保たれる事で、
初めて両者の存在意義が示されるのだ。
そして両者の有意義な提案だけが、国政の審議で問われる事に成る。
巷で云う任侠右翼だが、少なくとも私の知っている
憂国の諸先輩も右翼とは名乗らない。
国体を憂う身として、状況に依っては革丸派とも連携する事も有る。
対立する左派でも、誠実な気概が有れば
その部分には人として敬意は持てると云う。
左派側から異論が有れば、その異論から自己の理念を確認する機会として、
その異論を尊重するとも言っていた。
一方的に自己の理念を押し付ける様な諸先輩では無く、
唯、「国を憂う」者同士としての接点を重んずる姿勢も垣間見ている。
其処に対立国の政府に対する批判は有っても、
その民族に対する侮辱など一切感じない。

皇民党

政治は政治で有り、庶民はその犠牲者だと云う見識も同感だった。
明白な非は黙して清め続け、明白な是は徹底的に追求し続ける。
何が非で、何が是かを常に明白にする事を心掛ける。
そして自国の生まれ育った風土や伝統に自然と愛着心が抱けるなら、
その源泉と意味を生涯に渡って追求し続ける。
私はその姿勢こそ、眞の愛国者の姿勢だと想っている。
他者との相違が有っても、互いに覚悟が備わっているなら、
自ずとその覚悟だけは尊重し合える物だ。
だが、私が追求するのは“この世”の源泉だけだ。
其処には善も無ければ悪も無い。
唯、摂理と云う名の普遍的な流れが有るだけなのだろう。
その流れの裡で、人と云う名の“生物”も誕生した。
人は“等しく”摂理の流れに有ると私は信じている。
民族区別など、人の猜疑心が産み出した選別観念に過ぎない。
私は全ての民族の血統を尊重出来る。
理屈では無い。
自国民族の庶民風習に興味を唆られれば、
自ずと他民族の庶民風習にも興味を唆られるのだ。
だが、全世界の国家権力は尊重出来ない。
日本国家権力と韓国国家権力もだ。
血統崇拝主義も完全否定する。
私には現代人が掲げる大和が、血統崇拝の象徴の様にさえ映る。
自身の血統や自国文化に旧世紀宗派の様な崇拝意思が芽生えるのは、
その威厳に潜在的喪失感を抱いているからだ。
戦後以来、米国従属日本の欧米化政策が実行されたが、
血統交配政策までは実行されていない。
街々の風景は変わっても此国民族の血統
何一つ失われてはいないのだ。
だが、私に大和へ眞の決意を抱いた者を否定する権利など無い。
此国人が一致団結する時は日本国(にほんこく)を
全世界に掲げるべきと私は臨機想感している。
だが、団結したい者だけで団結すれば十分だ。
団結勢力が暴走した際にそれを阻止する対抗勢力も必要に成るからだ。
戦後、米国を“介して”構築された米露冷戦時代には、
優れた対抗的均衡構造が有った。
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