書:斉嘉 三津秋




かつて私が少年時代に有った頃、
今は亡き義の父が、私を咎める様に語った言葉が有った。
この日本社会には黒の世界と白の世界があり、
それは表意一体で有ると云う事をだ。
当時、義の父の元には頻繁に男達が来訪していた。
それは男である者、侠である者、
かつて侠で有った者など様々だった。
だが、義の父とは言っても、仁義の父では無い。
黒の世界に片足を入れた義里の父だ。
看板を外した男達の仕事を斡旋したり、
侠達と仕事をしたりと、社会通念上の後見人的立場の様な部分も有った。
因みに黒の世界とはヤクザ社会やその関係者、
そして“裏政財界”や裏警察機関などで構成される、
闇社会と云う意味だったのだろう。
白の世界も市民社会や政財界と言う意味だった筈だ。
少なからず侠道界で度々語られて来た白、黒と云う意味も
引っ掛けていたのかも知れない。





そして歳月を経て、今は私も東京に本部を構える
某某会三次の家紋外し(潜り組員、偽装破門組員)として仕事を打つに到っている。
そんな私が業界入りして以来、一人の侠に模範にも似た複雑な憧れを抱いて来た。
日の入でずる國最大のヤクザ組織、
元六代目山口組直参初代後藤組、後藤 忠政組長だ。 
だが、話の流れで内の会長に後藤 忠政組長の話をしたら、
“流石に”首を傾げていた。
余り妙な影響を受けない様に、と冗談も零していた。
一門の立場を見越して、暗に覚悟を促した部分も有ったのだろう。

後藤         後藤名刺
元五代目山口組若頭補佐           後藤 忠政組長の名刺
後藤組 後藤忠政組長           

後藤 忠政組長も自身に対して、延いては後藤組に対して、
徹して真摯だったと云うのが六代目山口組反主流派の評判でも有った。
組織の為なら如何なる仕事をも辞さなかったのだ。
池田大作を神輿の先生に祭り上げた
創価学会との癒着は特に有名だった。
昭和五十五年十月に完成予定だった、
創価学会員の霊園、藤桜自然墓地公園に纏わる
反対運動の潰しはその象徴だろう。
昭和五十二年、十一月二十一日。
墓園建設反対派の首領宅玄関に、
後藤組々員が十二トンの大型ブルドーザーに因る
突撃攻撃を敢行した。
そして制止を試みた首領の左腕を
別の後藤組々員が日本刀で切断したとされる。
直接的な依頼者は元創価学会顧問弁護士、山崎 正友だ。
因みに私の親族御尊家御一統様も創価学会員だ。
実の親父は昭和六十一年に理不尽極まりない理由で脱会させられたが、
私もこの時に脱会している。
詳しい経緯は話せないが、有る意味で創価学会は討つべき親の仇だ。
少年期の私は家庭崩壊に至らしめた創価学会を心の底から憎んでいた。
だが、討つべきは私を含めた人の権威強欲に有ると今は悟った積もりだ。
そう肝に銘じなければ、余りにも実父が救われない。
だが、お袋は未だに創価学会員だ。
又、平成二十一年に執り行われた国会総選挙の際、
私に公明党票を投じる事を創価学会男子部員から促された事も有った。
しかも明らかに威嚇する気配を感じたのだ。
立場上、相手が相手でも筋は通さねば成らなかった。
この様な応対した憶えが有る。
  票ですか、、二千万でどうですか?
  選挙違反で逮捕させたいんでしょう?
  自分、時給十五(万)は有りますからね。
  、、俺の素性も聞いてるだろう?
  それ位は用意して来たんだろうな?
  いいか?今度、来たら、、(割愛)
以降、創価学会男子部の連中は来ていないが、
我乍ら、陳腐なカマシ文句だった。
因みに自給十五万と云うのは“個人”としての
月の抜けが0円の時も有れば、
一日で七千万以上の抜けを得た事も有ると云う意味だ。
少なからず“ハッタリ”を打った部分も有った。
当然、この会話を音声盗撮した事は語るまでも無い。
事前に家へ来る日時も解かっていた。
だが、録音テープを何処に隠したか“は”記憶に御座いませんだ。
因みに幼少の時分、嘗ての創価学会総本山、大石寺正本堂にも、
親に引かれて何度か行った事が有る。
通俗社会とは隔絶された白源郷の様な世界だった。





白の世界に生ける企業が、ヤクザ組織に壊し、潰しを頼んだ場合、
頼まれたヤクザ組織はそれ以上の凄惨なる壊しに打って出る。
そして頼んで来た企業に対する脅しネタにする。
それがヤクザの常套手段と言えば、言えるだろう。
そして企業組織とヤクザ組織の間に
切りたくても、切れない“絆”が生まれる事に成る。
そして今度は“逆に”ヤクザ側が様々な依頼を企業に促す。
競合他社の椅子を贈物にする合法的な投資“交換”、
企業側の経営状況に適した国内外の下請け仲介、
敵対買収を視野に入れ“させた”投資ハガシなど様々だ。
規模にも依るが、買収交渉を成功させて“やれば”、
確実に一本五千万から三億はコンサル名目で抜ける。
関連の元証券屋や司法屋が弁護士資格を持っているのは当然の事だ。
基本は“私ら”に任せて下さいと“やる”。
だが威張っても、やはり企業側は身分と足元を見ている物だ。
過去に企業側の不正経理が外部に漏れた際、
代行で飛ばした者が用途は知らされず、
「宜しくお願いします」で、に関する数枚の写真付き書類、
そして五千万の切手が入った封筒を差し出されたのだ。
仕事は経理担当の口止めだ。
某順大手ゼネコン二次のT社としておくが、
あの会社は当時、親族派と外資派で割れ、役員会は派閥対立に揉まれていた。
そして外資派が刑事訴訟を起こす前に、先手を打った事は明白だった。
始末代は経理担当や中堅企業役員で一人、平均七千万程度、
大企業役員なら一人、平均一億三千万程度だろう。
東京の黒世界なら、“出張先”で口を塞いで絞殺する手が多い“様だ”。
そして昔は、荷物を組織関連や貸付先の鉄鋼産廃“など”へ持ち込んだらしい。
後は溶鉱炉に投げ込めば荷物も完全に消える。
当然、処分の手口も人の数だけ存在するだろう。
鉄鋼産廃も今は嗅ぎ付けられている。
何れにせよ、は永遠の失踪者と成る事は間違い無い。
日本の年間殺人被害者数は、
実際の七割に過ぎないとも云われている。
だが、これは第三者から聴いた過去の一例だ。
私の場合はマネキンを手配し、絵の具をブッ掛けて
役員にデッチ上げの写真まで見せ“させて”いる。
も地方の別企業で本役員に就いたと聞く。
当然、五千万の切手も有り難く金庫行きだ。
合法な取引名目で筆跡署名させた受領書を出させ、
法人税もキメさせている。
神隠しも警視犬機関に把握されているが、
荷物が消えているのだから後の祭りだ。
殺人・死体損壊罪で逮捕された奴など聴いた事も無い。
を攫う所を監視カメラに撮影されたら微妙だが、
「俺がった」と供述しても、荷物が消えているのだから、
証拠不十分で釈放される場合が殆どだろう。
数年以内に死体なき殺人の恣意的立証化と云う名目で
新法を打つと云う話も聴いているが、
警察機関の奴等は、迷宮入りの公算が高い案件は敬遠したがる物だ。
だが、嫌疑を元に攫う現場をサツに張られ、車に荷物を積んでいる所を
押さえられたら確実にわりだが。
又、企業側が見せしめを望むなら、
首吊り自殺にデッチ上げる場合も多い。
朝倉育英会の様に、稀に投身自殺にデッチ上げる場合も有る。
黒と白は共に利潤を得る。
そして黒の世界に取って最高の依頼主は此の日本国家なのだ。
 日の入出ずる國、此國ならん政の和、此れ乱さんとする者々、
 血の掟、此れ闇に沈まんとも這い憑かんが如し
 掟破られん葬去されたし者々よ、
 石井鉱基、伊藤一長、野口秀昭、数え足らんが如し、

 魔國なりし銃弾、其刻にて鳴り響かんが如し、
 其刻、魔白と魔黒、交わらんが如し
 日の入出ずる國、和之尊厳、此処に守われたり
日本国家の命に依ってヤクザ組織に始末された者は数知れない。
東京の黒世界に対する与党勢力の始末依頼なら
一人二十億の場合が多いらしいが、
その始末代は最早、銭を超えるのだ。
は主に不正疑惑が表沙汰に成った与野党衆参議員の秘書、関連会社の関係者、
それらに絡んだ財界人や芸能・興行関係者、そして左派組織の幹部等だ。
稀に外務省関係者など、官々がにされる事も有る。
国政や与党勢力に取り、生かせばマズい人物が口止めされると言えば解かり易いだろう。
通常は大物議員の後援会関係者からが来る様だ。
“一昔前”の東京黒社会の手口では、ホテルのドアノブで
首吊り自殺にデッチ上げる場合が多かった“らしい”。
手口は先ず、にその関係者から身の危険を知らさせ、
ヤクザ側の指定したホテルなどにを逃げ“させる”。
其処へ3、4人の的取り班が乗り込む。
そして即座に道具を突き付け、
放心状態に成ったの口奥に、
もう一人が拳に握った致死量を超える
某国製の液体眠剤などを、拳ごと口奥に捻じ込む。
そして昏睡状態に成ったの首とドアノブを縄や紐で結び付ける。
後は一人がドアを押さえ付け、
二人掛かりでの両足を15分程度、引っ張り続ける。
そして意図的に首吊り自殺にデッチ上げる“らしい”。
中には看板違いで二班に分けた的取り班が、
同じホテルで、同時刻帯に二人始末した事も有った。
しかもお国仕事なのだから、
一滴程度のを残しても警察機関の連中は黙るしか無い。
仕事が終われば、親は後に一門、看板の新人事で昇格し、
的取り班も上から一人5000万は始末代が出る。
稀に班長役、連絡役が口止めされる事も有るが。
動いた看板や一門は、国家への潜在的介入機会をも得られるだろう。
が左派勢力なら警視犬公安部を筆頭とする、
警察犬機関の秘密も握れる。
秘密は取引“にも”利用出来る。
憂国の大物に、政権へ提言する事も或る程度は赦されるだろう。
内の一門“も”日頃の働きに依り、改正暴力団対策法、
特に暴排条例は寛大な処置を頂いている。
流石に街のカスリは厳しく成ったらしいが、
抱いた会社が大手、順大手の有力な二次下請けなら、
役員席に入れるべき“連中”を入れとけば先ず勧告は飛ばない。
マフィアに拠は与されず、ヤクザは拠を与される。
それがこの日本国家がヤクザ組織の存在を暗に肯定し、
その存在を許す事実核心なのだ。
ヤクザ組織は日本国家にとって最高の利用物だ。
日本国家もヤクザ組織にとって最高の利用物なのだ。
通常は天下り官僚“個人”に、証拠たり得る“爆弾”を見せて抱き込む。
奴等の“遊び場”を割り、女の“色気”で煽てさせて
外秘書類でも吐かせれば抱いたも同然だ。
こっちも某所の賜物で、別の官々名刺も切れる立場だ。
無理強いはせず、儲けさせてやれば色々と使える。
議員など抱いても時間の無駄だ。
若手議員の名刺を切り、元経産省の爺さんが出て来て
危うく強要の罪状を切られそうに成った事も有る。
国会など官々連中や財界の代理的な意思決定機関に過ぎない。
先述の後藤 忠政組長も、政財界や芸能界などに
穏然たる影響力を誇っていが、
当然、日本国家からの依頼も飲んでいた。
創価学会の傀儡政党である公明党は創価学会の分身政党でも有る。
後藤組と創価政党との癒着は先述した通りだ。
そして東京東村山市長、朝木明代は、
創価政党と後藤組の癒着に付いて激しく追及していた。
平成七年九月一日。
標的、東村山市長、朝木明代
手段、其れ高なる頂、自死なる堕転なりき装い、其れ高なる頂
地、叩き堕とさんが如し、血の掟、此れ天に示されたり
傀儡ならん者、其の恐班、傀儡ならん者、
其の極み与し、其の観、天に示されたり

だが、この件で創価公明党側は朝木明代の
始末までは依頼してなかったとされる。
飽くまでも創価学会に対する朝木明代への
批判潰しが創価学会側からの依頼だったと云う。
一方で昭和五十年代後半より創価学会側が
後藤組を切り捨てる算段を立てて居たとも云われる。
其処で後藤組が創価学会との依り根深いを作る為に、
敢えて飛び降りにデッチ上げたのだろう。
だが、始末役が仲介役の学会役員に、
「落とす真似して脅したら、落ちてしまった」と報告を入れたと云う説も有る。
「オモチャかと思って(人)撃ったら、本物だった」と云う、
ボカシ文句だったのかも知れない。
何れにせよ、これから隠し自殺仕立てに長けた人材は確実に増えるだろう。
年々、法案の締め付けも厳しく成り、
道具を使った殺人でも打たれれば軽く25年、
公衆の場なら確実に無期だ。
組織情勢や経済情勢が目紛るしく変わる時代の中で、
30過ぎで殺人で持ってかれたら、ヤクザとしては殆ど終わりだ。





嘗て創価政党と後藤組の関係を示唆する、
映画製作を企画した男がいた。
それが伊丹十三だ。
伊丹十三はミンボー(民暴)の女と云う映画を、
白の世界に示標した男としても知られる。
平成四年、五月十六日。
伊丹十三はミンボーの女を世に示標した。
その事実に対する後藤組の行動は迅速だった。
平成四年、五月二十二日。
伊丹十三は自宅玄関前で三人の後藤組々員により、
刃物で十数か所を切られて重症を負った。
白の世界の報道ではミンボーの女を示標した事に対する、
後藤組の脅迫襲撃事件とされた。
黒の世界ではミンボーの女の出資金に絡む、
脅迫襲撃事件とされた。
出資金提供元は後藤組傘下の金融業者だった。
だが、ミンボーの女も、所詮は娯楽映画で終始している。
劇中で高級ホテルから侠達が追い出だされる場面が有る。
だが、歴代山口組の複数の直参は、
首都東京一等地にて、高級ホテルを実質経営して来たのだ。
東京駅八重洲口付近にて高級ホテルを、
実質経営している直参も有る。
当然、内の看板も代行を立てて、
東京都内に複数の高級ホテルを実質経営している。
義理事は警察機関へ“配慮”しているが、
主に地方に本部を構える傘下一門の御用達だ。
仕事の用事で泊まる諸先輩方も多い。
“逆に”一般市民も宿泊出来る様に成っている。

菱
山口組、山菱の代紋

先述の通り、伊丹十三は創価政党と後藤組の癒着を示唆する、
映画製作を画策していた。
そして伊丹十三は画策を決行に移す。
後藤組も潰しを打つ。
平成九年、十二月二十日。
標的、映画監督、伊丹十三
手段、伊丹なる者、此れ高なる頂、自死なる堕転なりき装い、
    其れ高なる頂、
地、叩き堕とさんが如し、
    血の掟、此れ天に示されたり

    傀儡ならん者、其の恐斑、傀儡ならん者、
    其れ至上なりし極み与えし、此れ天に示されたり

白の世界の報道では飛び降り自殺と伝えられた。
黒の世界では後藤組に因る、
飛び降り自殺に見せ掛けた転落殺害とされる。
此の時、伊丹十三は未だに後藤組傘下の
金融会社と問題を抱えていたのだ。
其処で創価学会の意向も絡め、他の債務を抱える芸能人へ、
見せしめとして転落殺害したと云われている。
同時に他の様々な問題を抱えていた伊丹十三も、
何時、自殺しても驚かない程の状況が整っていた事は周知だろう。
他にもタレント、尾崎豊も創価学会の依頼で
後藤組関係者に暴行殺害されている。
創価学会員で有り、覚醒剤中毒でも有った、
尾崎豊に依る創価学会の暴露阻止が目的だ。
若し尾崎豊が内実を暴露すれば、
創価学会への若年層入会者は確実に減少する。
それが創価学会側の懸念で有った事は語るまでも無いだろう。
だが、創価学会側は後藤組に対して“一連”の収め代や
始末代を値切って来たのだ。
他の様々な関係疎通不和や
創価学会側の裏切り行為も有ったと云う。
辿る昭和57年3月には後藤 忠政組長が、
創価学会側へ抗議文書を突付けた事も有った。
以下が内容証明郵便で送付された後藤 忠政組長の抗議文書だ。
  昭和55年12月、富士宮市議会における百条問題は
  学会にとって大変な出来事でした。
  斉藤滋与史氏(静岡県選出の自民党代議士)にしろ、
  杉 山憲夫氏(自民党静岡県議)にしろ、
  百条問題調査打ち切りに関しては多少なりの力添えはあったにしろ、
  現実はそのような甘いものではなかった。
  四方八方に手を尽くしてもどうにもならなかった学会側は、
  以前の富士桜墓地霊園(公園)造成の時と同じ様に、
  今度は百条委員会調査打切り、
  池田大作先生の名誉市民剥奪を叫ぶ、
  市民会議解散、山崎正友元弁護士の証人喚問阻止を、
  土橋(昌訓)公明党富士宮支部長、公明党元代議士・高橋繁、
  公明党稲田(圭佑)市議の三氏が、
  学会側の代理人として私の元に依頼してきたのです。
  私はこの問題解決のため全力を尽くし解決いたしました。 
  百条委員会に関しては中心人物、河原崎(澄雄)市議を自宅に呼び、
  説得に説得を重ねました。
  私は常に物事に対処する時は、自分の生命を賭け、
  明日を考えずにその一事、一事、に
  全力をぶつけて力一杯生きています。
  ですからこの件にしても、若しこれが刑法223条に於ける
  処の強要罪になったとしても、信念を持ち行動して来ました。
  また、市民会議の代表者である
  川村、黒田の両氏を喫茶店ミミに呼び、
  市民会議を解散するよう得々と説得いたしましたし、
  山崎弁護士に対しては、私自身かなり強い態度で
  接して私の真意を伝えました。
  この件に関して私と学会は一心同体のはずです。
  先にも書いた様に、富士桜自然墓地霊園造成問題に関係して、
  私の若い者が学会のために6年もの刑を受け今だに受刑中です。
  それを知り、あえて私に百条委調査打切り、市民会議解散、
  山崎正友の証人喚問阻止(亀井静香の始末)を依頼して来た
  事実は拭う事の出来ない事実であり、
  私の信念五分、学会側の依頼五分を言うのも
  判って頂けると思います。
  しかるに学会側は、そんな私の心を踏みにじる
  問題を投げつけてきたのです。
  私は地位も名誉もないが仁義は守り、その上での意地があります。
  学会の指導者はおのれだけの権力志向を欲望に生き、
  口先きだけの勤行を唱えているにすぎない。
  私は池田大作氏の真の声が聞きたい(池田犬作殺害示唆)。
百条委員会とは地方議会が立ち上げた、
“地方議会”に対する特別捜査部署の様な存在だ。
後藤忠政組長も所詮、創価学会の利用物に過ぎなかったのだろう。
因みに内の会は創価学会とは一切関係無い。
看板レベルでは過去に一時的に敵対関係に陥った事も有ったが、
今は極一部の一門に関わりが有る程度だ。
昨今で創価学会の旨みと言えば、
関連会社頼みの税“飛ばし”や動産、資産飛ばし、
仕事では会館建設の為の動産整理、
日蓮正宗や顕正会の抑えくらいが良い所だ。
内は創価学会との付き合いは無いが、
仕事は私を事実上の統括長とした関係者部隊が“独断”で打っている。
刑法上でも私を含めた数人が準構成員、暴力団関係者だ。
今は仕事の絵図も全て私が立てる。
当然、仕事の胴も私に他成らない。
仕事も企業買収仲介、日系も出張る中央アジア某国のインフラ開発、
原油銘柄などの投資・投機関係を主としている。
口座の金も誰が使うか解りやしない。
元組対一課、某機構の親父さんが、
クラブの女との“じゃれ代”で使うかも知れない。
現職からの潰しを抑える保険掛け、
デッチ上げの罪状を狙った証拠掛けだろうが、
律儀にも“足”まで付けてくれるのだから有り難い物だ。





かつてのヤクザ社会には“強きを挫き、弱きを助け”と云う理想意識が有った。
後藤組に対する私の印象は“弱きを挫き、強きを助け”だ。
これはヤクザ世界に生ける侠達の理想意識では邪道と見做される。
だが、後藤組に限らず、基本的に今のヤクザは看板、組織の為なら何でもする、
或いはしなくては成らないのが実情だ。
抗争で市民社会を恐れさせて金に変える、では法案の餌食にされるだけだ。
今は直接、市民にを掛けて恐れさせるのが本当だ。
大概はデッチ上げの自殺で対象の業界、関係者に対する脅しにするが、
これに依り、それらの界隈で仕事を打つヤクザは看板に限らず、
その“脅しの相場”を共有出来るのだ。
五代目工藤會に依る一連の襲撃も、繁華街のカスリや
公共事業への食い込みに頼った同業からは、
一時的にその恩恵に肖れたとも聴いている。
極一部の大御所は別だが、法案で雁字搦めにされたヤクザは、
最早、脅しの相場を操る事で、仕事の打てる範囲を維持せざる負えないのだ。
それが嫌なら、国外で仕事を打つ他無い。
此処からは評論家、木村 勝美氏の
著書も“参考”に交えながら、事の経緯に触れるが、
そんな現代のヤクザの姿を一番最初に実践したのも後藤組だった様に想える。
平成に入り、後藤組もその実例が伴った脅しを武器に、
関連企業を次々と首都東京に進出させて行った。
そして他の山口組直参組織の関連企業も
雪崩込むかの様に首都東京へ本格的に進出した。
関連企業と云えども事実上、五代目山口組の拠点だった。
その先兵となった後藤組が、五代目山口組の
首都東京への道を開いたとも云われる。
山口組の首都進出は八十年代後半から有ったとされるが、
資産飛ばし、担保ハガシなどの地上げを以って、
本格的に五代目山口組の事務所を出張らせて行ったのだろう。
首都東京が山口組全国制覇の最後の砦だった。 
そして関東が孕む諸般の件が手伝い、
平成十五年、五代目山口組は首都東京の黒の世界を事実上、制覇した形と成った。
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